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第3話「風鈴都市とオルゴールコード」

夜明け前の東京湾は灰色だった。水面の向こうに立つ風鈴都市──高層群を包む二重の鉄骨の森が、十万本の巨大風鈴を吊り下げている。強風が吹くたび、重い鈴どうしがぶつかり、海をわたる低音が腹に響いた。


「頂上まで八百メートル」

ユトリが望遠鏡を下ろす。

「音が大きい今なら監視マイクも役に立たない。急ごう」


私たちは岸壁に据え付けられた保守用の吊り橋を渡った。揺れる足場から見上げると、鈴の筒が夜空を横切り、頬を冷たい金属でかすめる。ひとつ触れるたびにドの音、ミの音……塔そのものが巨大なオルゴールの箱のようだった。


外壁のハッチをこじ開け、地下の整備通路へ降りる。ここは私の母が残した情報にあった裏口だ。生体認証パネルに掌ほどのオルゴールを押し当てる。ぜんまいを一回。小さな『故郷』が二小節流れ、鍵が青く光った。


「親子認証か。君のお母さん、ずいぶん凝った細工を残したんだな」

ユトリが端末をつなぎ、データを走らせる。


制御室は円形のホールだった。中心に据えられた直径四十メートルのシリンダーには、無数のピンが螺旋状に打ち込まれ、ゆっくり回転している。ピンが動くたび電磁パルスが送られ、その信号が都市中の風鈴を鳴らす仕組みだ。


「停止コードは……消されてる。木枯らしシステム、起動まで七時間三十五分」

ユトリの声が低くなる。

「なら書き換える。合い言葉“ΩGIFT”をメロディに差し込めば、システムは命令を受け直すはず」

私は工具を握り、シリンダーを見上げた。


背後で金属音。白い軍服の男が歩み出る。義手の鋼が光り、風鈴の音を遮った。

「初めまして、配達員。私は“木枯らし”ケイ。この塔の指揮官だ」

自動扉が閉まり、警告灯が赤く点滅する。

「暴風で世界を洗う。その後に残る者だけがギフトを受け取る資格を持つ」

「贈り物は選ばれない誰かの手に届くことで意味を持つ。あなたのやり方じゃ、何も届かない」


ケイがシリンダーの出力を最大に上げた。地面が揺れ、風鈴都市全体が唸り声をあげる。

「非常停止ピンは三百メートル上の回転軸!」

ユトリが叫ぶ。

「了解、後は任せて」


私は床に置かれた業務用の保守自転車に飛び乗った。巨大な軸を駆け上がるための簡易昇降機だ。ペダルを踏むと、車体は無重力の縦穴をぐんと滑り出す。


耳元で風鈴の轟音が渦を巻く。母のオルゴールは小さく鼓動を刻む。

届けるまで止まらない──その思いだけを胸に、私は闇の上空へ漕ぎ出した。

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