07_輸送ポッド(やべ、エンジンに当てちまった)
「本当にこの座標に落ちてくるんで?」
「……ああ、間違いない。話によると土産物まであるらしい」
海洋衛星カリストの赤道付近で、遠泳漁業をしているように見せかけた漁船の上で、中年の魚人男と青年がタバコを吸っていた。海はこれ以上ないほど穏やかで、頭上では今にも落ちてきそうな木星が浮かんでいる。
「地球圏じゃ宇宙海賊の中でも名高い『ヒル一族』のご子息だからな。俺らとしても無事に地球まで送り届けて、恩を売っておこうってわけだ」
「僕らは単なる運び屋ですけど、今回の仕事はすこしリスキーすぎやしませんか。こんなのカリスト沿岸警備隊のやつらに嗅ぎつかれでもすれば……」
「問題ない。念のため、別のチームが小惑星をいくつか砕いてこの座標の近くに落下させているはずだ。最悪、賞金稼ぎどもに張られていたとしても、その囮に釣られて本命の輸送ポッドには気づかないはずだ」
「……そうだといいですけど」
いまだ不安そうな顔をする青年に、中年の男は吸い殻を海に投げ捨てながらニヤリと笑った。
「なに、もしバレたのなら素知らぬ顔で逃げればいいだけの話よ。こちらも命まで賭ける義理はない。前金だけもらってサヨナラってな。……お前も早く、この世界に馴染むんだな」
***
『千個近い数の隕石、これはすべて囮だな』
『でしょうね。大気圏突入時の熱でセンサーも使い物にならない。でも、うちらにはそれを見分けるだけの演算機器がある』
中型輸送船タナトスの操縦室にて、レーダーに映る千個以上の小惑星の破片の反応を見つめながら、ジェンガは各銃座に配置された船員に通信を送っていた。むろん、船内のみの閉じた情報網での通信なので傍受される心配はない。
『ユニ、今しがたカリストの大気圏に突入していった隕石から、軌道と角度を割り出して土星圏から飛来してきたと思われる信号を見つけてくれ』
『はぁ、なんでわたしが……』
『頼む。きみにしかできないことなんだ』
『っ……、わかった。わかったわよ』
ジェンガに絆され、ユニは銃座の椅子に腰かけながら頭上から有線ケーブルをひっぱりだすと、自分のうなじの接続ポートに繋げる。その瞬間、ユニの演算能力に電力を奪われてか、宇宙船がゴウン――と揺れる。
『これは、違う。これも違う。これも、これも、これも――』
ユニが目を閉じながら、瞼の裏で高速で眼球を動かし続ける。
やがて、眼球が右斜め上を見つめるように止まり、ユニの両手が虚空を指さす。
『これは、……見つけたかも』
『よし、メインモニターに送ってくれ』
ジェンガの指示に従い、ユニはここからさらに十キロ南西の地点をモニターに表示させる。周囲では砕かれた小惑星が大気圏に突入していくところで、小さなものから燃え尽きていく。中型輸送船タナトスもまたそれらに混じって降下していき、すぐにモニターに映る何かを捉える。
それは隕石群に混じってヒートシールドを展開する輸送ポッドだった。直径は三十メートルほど。筒形状モデルのカーゴで、灰色の耐熱加工された装甲板に赤い粒子のようなものを滑らせながら、カリストの沖合に向かって降下していく。
『土星圏からの飛来なんだ。いくら隕石で誤魔化そうと、うちの陽電子頭脳なら軌道をすべて割り出せる。問題はあの輸送ポッドに迎撃機能がついてるかどうかだが――』
直後、大気圏を抜けた輸送ポッドが四門のタレットを展開し、こちらに向かって発砲してくる。シールドに実弾が当たり、大気圏突入時に削れていたこともあってか何発かが抜けて装甲板に直撃する。幸い、大気圏は抜けているおかげで装甲板の温度が上がることはなかったが、あたりどころが悪ければ今ので撃墜されていたやもしれない。
ジェンガは魚雷発射スイッチを押しそうになるのを堪えながら、しぶしぶ近くで落下中の隕石の陰に隠れると能面のような顔で首をポキポキと鳴らすのだった。
『依頼はあくまでも囚人の捕縛……殺害じゃない。うまく、タレットだけを潰せればいいんだが……』
***
「うおお――っ⁉」
俺は銃座に腰かけながら、今しがた真横の装甲板に着弾したのを見て焦る。
「いきなり発砲かよ⁉ シールドも飽和状態だし、今のこっちに当たってたら死んでたぞ⁉」
SPACE CITIZENでは大気圏突入時はシールドが常に削られている判定になっていたため、このときに奇襲をかけられるのが一番面倒なのだ。
もっとも、戦闘中に熱が入りすぎてそのまま大気圏突入することも稀にあるが、大抵は互いに距離を取って一時休戦といった状況になることが多い。だが、今回はすこし目を離せばロストする輸送ポッドをレーダーで捉え続ける必要があるため、距離をとるどころか詰める必要があったのだろう。しかし――
「タレットだけ、タレットだけ、間違ってエンジンに当たりませんように……!」
俺は銃座を操作して輸送ポッドめがけてトリガーを引く。狙うはタレットのみ。間違っても、輸送ポッド下部のスラスターにだけは当ててはならない。
というのも、あのタイプの輸送ポッドはパラシュートでゆっくり降下するのではなく、降下強襲用もかねてか地面スレスレで逆噴射して着陸するため、スラスターを破壊されると減速できずにそのまま地面へと墜落するのだ。
(って言っても、狙って撃つのは至難の業なんだけど……)
俺はレーザーキャノン砲を撃ちながら、輸送ポッドのシールドを剥いでいく。幸い、あちらも大気圏突入時にかなり削られていたらしく、すぐに飽和状態になった輸送ポッドが丸裸になる。
直後、俺の撃ったレーザーキャノン砲が寸分たがわずタレットに直撃し、四門すべての兵装を無力化させることに成功する。……が、数発エンジンに当たり、黒煙が出てしまう。
(あ、やっべ……)
海面が近づいてくる。
大気圏で燃え尽きなかった隕石たちが盛大に着水して水柱を上げるなか、輸送ポッドは逆噴射とばかりに海面に向かって炎を吐き出していく。
『いまの射撃……ヘドロか。見事な腕だ』
「いや、数発エンジンに当たった。もしかしたら不時着するかもしれない。気をつけてくれ!」
直後、俺の言った通り、輸送ポッドから黒煙が噴出し、尾を引きながら海面へと着水する。水柱が上がり、衝撃音があたりに響きわたる。充分、減速はできていたと思うが、あの勢いだと搭乗者は気を失っているかもしれない。
すぐさま輸送船タナトスも輸送ポッドの近くに滞空しながら、後部ハッチを開ける。幸い、海は宇宙船の生み出す気流が水面に波紋を広げる程度には穏やかだ。周囲には波のない海面に、それを作り出している巨大な『塔』……浮遊型タワーアレイが一定間隔ごとに屹立している。
『ヘドロ……オレと一緒に船内を探索しにいくぞ。操縦はノルン、タレットはユニに任せる』
『はいはーい』
『仕方ないわね、わかったわよ』
「了解」
俺は銃座から立ち上がると、ヘルメットをかぶりながら腰の荷電粒子砲を構える。ふと、上を見ると木星が首をもたげる空の中を、無数の隕石群が真っ赤に熱せられた状態で流れていく。流れ星にしては遅いものの、その威力は充分らしく着水した轟音と水柱がそう遠くない場所で上がっていく。ときおり『塔』に直撃して、何本か崩壊していくのが見える。
俺は荷電粒子砲を握りしめると、後部ハッチから紐で降下していき、すでにゴムボートを展開していたジェンガの隣に着地する。
『防護扉はユニがハッキングで開けてくれる。すでにカリスト沿岸警備隊にも連絡がいっているはずだ。オレたちは中にいるとされる脱獄囚たちを捕えればいい』
「手錠は?」
『むろん、ここにあるとも。逃げようとすれば電流が走り、解錠しようとすれば電流が走る特別製だ。しかし、ひとによってはその電圧が病みつきになるんだとか』
俺はその言葉に、この宇宙でもそんな業の深い性癖の持ち主がいるんだなと笑いそうになり、寸でのところで気を引き締めた。これから行くのは宙族がいるとされる船内だ。おそらく武装もしているだろうし、銃撃戦になるやもしれない。
そんな俺の緊張を感じとってか、ジェンガは俺の肩にポンと手を置くとゴムボートを発進させた。すぐに輸送ポッドにべた付けすると、ちょうどハッキングが終わったらしい防護扉が重々しい音を立てながら開いていく。
遠くから見る分には何も思わなかったが、ちょっとした雑居ビルのような大きさの輸送ポッドに、俺は荷電粒子砲を再度強く握り締めるのだった。
『では、いこうか――』




