20_メタルフィスト(ここが本拠地で、私がボスだ)
「さぁ、着いたよ。ここがタイタン解放戦線の本拠地さね」
そう言って、煙管の妓女によって赤いカーテンがめくられる。
現れたのは、巨大な半球形の空間だった。
「おお、秘密結社の本拠地っぽいな!」
「ほぅ、遠くではバチバチ溶接してる者もおるのぅ……」
まず中央の高台には、廃棄された採掘リグの制御盤を再構築したらしい作戦司令部があった。
メインモニターには、タイタン全域の監視カメラ映像、電力供給ルート、そして刑吏の巡回パターンのリアルタイム解析データが、乱雑なグラフと警告サインと共に表示されている。オペレーターたちは煤けた作業服を着ているが、その指の動きは驚くほど速い。
そして、空洞の隅には武器・技術開発区らしき、防音壁で仕切られた作業スペースがあり、常に微かな金属加工音が聞こえる。最下層まで横流しされて降りてきた武器やドロイド、廃材から回収した部品を使い、簡易的な電磁パルス兵器や、暗号解読機などの非合法技術が開発されているように見える。……工具と溶接の火花が飛び散るたび、技術者たちの持つ溶接面が照らされる。
射撃訓練場らしき胴長の空間もあり、天井と床には錆びた制御ケーブルと、配線がスパゲッティのように絡み合っている。しかし、それ以上に目を見張るのは通路という通路に寝かせられた重傷者たちだ。患者はアナモグラの装備を着けた者ばかりで、彼らの手当てをすべく非戦闘員らしき者たちが忙しなく行き交っている。
「あっ、さっきの楼主の婆さん! 105歳の婆さんも!」
「かかか、ようやく来たか。若造」
「なんじゃ、おぬし……あっちのお母さま、お婆さまとすでに知り合いかのかい。なら、話は早いね」
どうやら、なけなしの医薬品を使って重病者の手当てをしている最中らしい。
……ってか、この婆さんたち、煙管吸ってる巨乳お姉さんの母親と祖母だったのかよ。通りで顔が似てるというか、面影があるわけだ。
煙管の妓女はすこし驚いたような顔をしたものの、すぐに誰かを呼ぶ。
「メタルフィスト、いるかのぅ――?」
『ボスなら、あの作戦司令部の奥にいますよ』
「ああ、悪いね。本調子じゃないのに」
『いえ……げほっ、げほっ……』
近くで足が折れているらしいアナモグラが簡易ベッドで横になりながら、作戦司令部を指差す。
煙管の妓女が名もなき団員に礼をすると、俺とリンを連れて中央へと歩きだす。
俺たちは床を這うケーブルの束をいくつか跨ぐと、やがて、黒いダスターコートに身を包んだ、錆びついたドロイドの前で立ち止まった。人型ドロイドは腕を組みながらこちらを見ると、煙管の妓女に話しかける。
『お客さんのようだな。良い客か、悪い客か。どちらかな?』
「良い客に決まっておるじゃろ。ついに耄碌したか、ジジイめ」
『ハハハ、冗談だ』
ぷかり、と紫色の煙を吐き出す妓女に、俺は肘で脇腹をつついて紹介してくれと耳打ちする。
「なぁ、紹介してくれないか? 誰なんだ、この……ロボットは?」
「ああ、こいつの名はメタルフィストじゃ。こんなオンボロな見た目だが、これでもタイタン解放戦線のボスだ」
『どうぞよろしく。ついでに格闘技のプロとでも言っておこうか』
しゅっしゅっ、と軽くシャドーボクシングをするメタルフィスト。
あの、膝とか肘の錆びついた関節が悲鳴を上げてますよ。……本当に大丈夫かよ、このロボット。
「はえー、こりゃどうも。俺はヘドロ。しがない傭兵だ」
「……妾はリ・メイリン。妓女見習いじゃ」
『もっと平時であれば歓迎できたんだが、地下鉱山に爆弾が放り込まれて地盤沈下してね。本拠地はいまや怪我人で溢れかえっていてスペースがない。お茶の一杯でも出したいところだが、申し訳ないね』
「なんじゃ、まだ復旧作業が終わってなかったのかえ? もう数日経つというのに、地下深くじゃ水も食料も、空気すらないじゃろうに」
『いま、全力で埋もれた坑道を掘り返しているところだ。幸い、アナモグラの装備の熱源は確認できているから、まだ死んではいない。あと二十人ってところだ』
あと二十人も埋まっているのか。
胸の熱源が生きているのなら、極寒の地下でも温度は大丈夫そうだが、いつまで空気がもつかは未知数といったところか。
『だが、本拠地も爆発の余震でいくつか崩落してこのありさまだ。まさに宇宙猫の手も借りたいってやつだな』
たしかに、よく見ると本拠地のあちこちで機材やら支柱やらが倒れている。
だが、これくらいなら俺の宇宙服の筋力増強機能を使えば、なんとかなりそうだ。……と、そのとき、リンが神妙な面持ちでメタルフィストに話しかける。
「おぬしに、聞きたいことがある」
『ほぅ、なんだい。……ん? その髪と瞳の色は……』
「お、おぬし、妾の両親と会ったことがあるのか?」
『そうか、きみは、彼らの――』
メタルフィストは唸るように首を捻ったあと、あっけらかんとした口調で答えた。
『ああ、あるよ』
「何か聞いてはおらぬか? 妾の両親が、おぬしに……」
『たった一言だけ、伝言を頼まれた』
「…………」
『『きみたちのことを愛している』と――』
「……それだけか?」
『ああ、それと……『待っている』とも言っていたな。それが何を意味するかは分からないが、ただ伝えてくれとだけ頼まれたのを覚えている。なにせ、十年前の脱獄計画は悲惨なものに終わったからな。脱走者のうち約八割が死んだ。『猟犬』の手によってな』
何やら意味深なやりとりだったが、リンは深く考え込むような仕草をすると「プロキシマ・ケンタウリ……」とか「どうやって脱獄して……」とか、ぶつぶつと何かを呟いている。リンの会話が何やら気になるが――それはそうとして俺はこういう空気が嫌いなので、リンの脇腹をくすぐってみることにした。
「こちょこちょこちょ~~」
「ひぇあ――⁉」
「こちょこちょこちょ~~」
「や、やめんか、おぬし⁉ こ、こんなところでぇ――」
うっすらと浮き出た肋骨から手を離すと、涙目のリンに、俺は不敵な笑みを浮かべる。
「なぁに、しみったれた顔してんだよ。要は、お前の両親はプロキシマ・ケンタウリまで逃げ切れたんだから、会いに行けばいいだけの話だろ?」
「じゃ、じゃが……」
「付き合ってやるって言ってんだよ。地球に行った後なら別にいいぜ。他に用事もないしな」
俺がそう言うと、リンは目を丸くする。
「おぬし……」
「それと、この星……タイタンを解放したいんなら手伝うぜ。こんなアイアンランクの傭兵が力になるかは知らないけど、多少は手伝えることもあるだろう」
メタルフィストは俺の言葉を聞いて、深く頷いた。
『おお、そうか。ありがたい。だが、監獄には『ガンダール連邦刑務所局』と『ダイヤモンド社』という強力な味方がついている。囚人を支配し、自分たちの地下鉱山の運営のため、人を道具のようにこき使っているのは刑務所長たちだ。ただ闇雲に戦ってもどうにもならない。戦略的に……気付かれないように戦わなくては。まずは刑務所長たちを飢えさせ、彼らが欲する貴重なミスリルを手に入れられないようにし、血で償わせるのだ!』
「そうするにはどうしたらいい?」
『拳さ! パンチ、パンチ、スマッシュ!』
あ、ダメだこいつ。
長く生き過ぎたせいで頭がバカになってら。……というこちら側の考えを悟ってか、メタルフィストは『ごほん……』とひとつ咳払いをすると、計画を話し始める。
『という冗談はさておき、今は外部からの脱獄要請があれば定期的に穴を開けて脱獄させ、我々の資金源に充てている。なに、いざというときのための内通者もかなりの数を送り込んであるし、そもそも囚人の九割がこちら側だ。あとは電子錠のロックを解除すれば――』
「…………」
『みんなも聞いてくれ! もうじき、『運命の日』は訪れる! そのとき、我らが勝つか、それとも監獄側が我々を排除するか! 決起の時は近いぞ――――!!』
おおおお――――!! と団員たちの雄叫びが合わさり、ここにいる者たちの目に反抗の炎が宿る。希望と反抗の熱は、彼らの装備するアナモグラの胸の熱源炉と呼応するようにして、静かに、されど確かにそこにあるのだった。




