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宇宙放浪者ヘドロ!  作者: 村上さゞれ
第2章 監獄衛星タイタン編

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19_猟犬(監獄の精鋭部隊です)


 タイタン逃亡者特別捜査班、通称「猟犬ハウンド」部隊。

 彼らの外見は、タイタンの無慈悲な管理体制をそのまま体現したような恰好をしていた。


 装着しているのは、ダイヤモンド社が地下鉱山のミスリル採掘権を握るかわりに供与した、マットブラックの『アダマンタイト複合装甲』である。この装甲は、地下での暴動や、採掘ドリルやレーザーによる攻撃にも耐えうる強度を持つ。

 そして、装甲の肩の部分には、部隊の紋章である猟犬のシンボルが刻まれていた。


「ここから出せよ! この飼い犬やろう――!」

「てめー! いつか、ぶっ殺してやっからなぁ――!」

「ウッキー! ウキウキ! ウッキ――!!」


 騒がしい牢屋の前を通り過ぎていく彼らは、一糸乱れぬ足並みで通路を歩いていく。

 特徴的なのは彼らのヘルメットだった。

 感情を読み取らせないように設計された完全密閉型で、視界部分には、無機質な一本の青いセンサーラインが横切っている。このラインは、ターゲットのバイタルサインや脅威レベルを分析するAIの視覚を意味し、彼らにとって囚人はただの処理すべきデータでしかなかった。


「この――!」


 そのとき、囚人のひとりがプラスチック製のスプーンを投げつけ、それが猟犬部隊の先頭を歩いていた隊長に当たる。その瞬間、ぐるん――と首を牢屋の方に向けた猟犬たちが、それと同時に、持っていた噴射口を囚人へと向ける。

 彼らの武器は、対象を即座に火葬するための「高出力火炎放射器」だった。この星でいくらでも採取可能なメタンを燃料に、生命維持システムから吐き出される酸素を消費して、脱獄者の追跡と危険因子の始末をすることが許されている。


『敵性因子を発見、汚物の消毒を開始します』

「や、やめろバカ! ちょっと物投げただけだろ⁉ ……ま、ま、待て――」


 直後、ぎゃあああああ――――! と悲鳴が監獄内に響きわたり、牢屋の中の温度が一瞬で数千度へと上がる。……数十秒後、そこには人型の消し炭と、青い火がちろちろと揺らめくだけで、いつしか監獄内はシーンと静まり返っていた。


『消毒完了』


 猟犬の隊長はそう言うと、再び、所長室へ向かうため歩きだした。

 彼らは常に、タイタンの重力下での活動を最適化した、長身(平均身長180cm)で頑強な体躯を持つ。一糸乱れぬ行軍の際、彼らの足元のマグネティック・ブーツが、コンクリートや金属の床を通過するたびに、ズシッ、ズシッという重い足音を響かせ、それはいつしか囚人たちの恐怖と絶対的権威の象徴となっていた。



    ***



「待っていた、待ってたぞ! 愛すべき猟犬ハウンドたちよ~~!」

『…………』


 所長室に猟犬部隊の隊長が入るなり、ボルガ刑務所長から熱烈な歓迎を受ける。

 赤ワイン片手に、ボルガ所長は猟犬部隊をねぎらうようにして机に乗りだし、そして満足げな表情で灰色の顎髭あごひげをしごきながら、自分の席にドカリと背中から座り直す。


「ああ、そうそう。グランブル隊長以外は外で待っていたまえ。なぁに、変なことはしない。ただ、ちょっと話さなければならないことがあってね」


 そう言うと、他の隊員たちが無言で一礼し、所長室から出ていく。

 最後のひとりが廊下側から扉を閉めたところで、ボルガ所長は片眼鏡をギラリと反射させながら下卑げびた笑みを浮かべる。


「脱走者13名のうち実に12名が捕まった。もっとも、その働きのほとんどがカリスト沿岸警備隊のものではあるが、きみたちが速やかに追跡してくれたおかげで、やつらはカリストに降りざるを得なくなったとも言える。充分だ。素晴らしい功績だ」

『ですが、1名逃しました。私はその処分と相応の罰を受けるべきです』

「……ふむ」


 ボルガ所長は悩むような素振りをしてみる。

 彼にとって罰すべきは囚人やその子どもであって、身内の看守や捜査員ではないのだ。


「ジン・ヒルは行方不明だ。隕石で破損したタワーアレイ群の渦潮うずしおに自ら飛び込んだとも聞いている。それはもう死んだと見るのが普通だろう」

『……もし、生きていたらどうしますか』

「構わんよ。そもそも脱獄は重罪、賞金額がまた上がるだけだ。すぐにそこらの傭兵や賞金稼ぎたちが捕まえてきてくれるよ」


 ぐび、と赤ワインをすすり、ボルガ刑務所長はなおも称賛ムードで拍手喝采の眼差しを向ける。そのとき、猟犬の隊長がもじもじと居心地が悪そうに体を揺らす。


『ボルガ所長、少々、暑苦しいのでヘルメットを脱いでもよろしいですか?』

「……ああ! すまない、配慮が欠けていたようだ。どうぞ、好きなだけ脱いでくれ」


 グランブル隊長は、重々しいヘルメットの両側にあるリリースボタンに、分厚い手袋越しに手をかけた。その瞬間、ぶしゅう――と装備内部との気圧差による空気音が鳴り、ヘルメットを脱いだ彼女はやがてそれを腕に抱えた。


「…………」


 柔らかなアクアマリン色の髪がふわりと解放され、彼女の肩までしなやかに流れ落ちる。

 まず目につくのは、側頭部から生えたつのだった。ボルガ所長のソレが魔族だとすれば、グランブル隊長のソレは龍族にちかしいものだった。


 加えて、その素顔は幼さを残しながらも、驚くほど整った顔立ちをしていた。

 陶器のような白い肌、わずかにピンク色を帯びたほお、大きな瞳は宝石のサファイアのような色をしており――普段はヘルメットのセンサーラインが表現する冷徹さとは裏腹に――コードネーム『豪奢な青(グランド・ブルー)』の名に恥じない、鮮やかな輝きを放っていた。


「……ふぅ……」


 続けて、グランブル隊長は装備を脱いで上半身をはだけると、まるで重いかせを外されたかのように、少しだけ首を左右に傾げ、凝り固まった筋肉をほぐす。その仕草は機械じみた動作とは異なり、ごく普通の、どこにでもいる少女のように人間的で繊細なものだった。……もっとも、黒いタンクトップからはち切れそうな胸のぶるんぶるんと荒ぶる挙動を除けば、の話ではあるが。


「どうかね、暑さはマシになったかね?」

「あ、はい。問題ないです。……げほっ、げほっ……ですが、ここは酸素濃度が高いですね。私のボーちゃんが炎を吐き出したいと言っています」


 グランブル隊長が咳をすると、青い炎がちらちらと口から漏れる。

 また、グランブル隊長が「ボーちゃん」と呼ぶ火炎放射器には、よく見るとサメのようなノーズアートが描かれていた。今もなお、火葬した者たちの油でぬらりと光沢を放つそれは、グランブル隊長の相棒であり獲物を狩るための主要武器メイン・ウェポンだった。


「けっこう。……さて、帰還して早々で申し訳ないんだが、きみたち猟犬にはもうひとつ仕事を頼みたくてね」

「…………」

「我々がこの前の脱獄事件の報復に、監獄の地下にある酸素発生装置の配管をちょっと開いて、そこから時限爆弾を落としたのはきみも知ってるだろう。どこで爆発するかはお楽しみだったんだが、なんと運よく南側の地下鉱山の奥深くで爆発したらしくてね。かなりの数の鉱夫を巻き添えに地盤沈下を起こしたらしい。つくづく、俺は運がいい――」

「……巻き込まれた囚人の救助はいいのですか?」

「ああ、構わんよ。どうせ死んでるから助ける必要もない。監獄に開けられた脱獄用の穴もすでに見つけ、修復作業が開始している。……だが、俺はこの程度の罰じゃ足りないと思っている」


 ボルガ所長の声にだんだんと熱が入り始める。

 対し、グランブル隊長の目は感情のない冷たいものでしかない。


「やつらは、そう、痛みを知らないんだ。寄生虫は寄生虫らしく、宿主やどぬしに逆らうことなく、ただうごめいていればいいのに、あろうことか監獄に穴をあけてしまった。これは良くない傾向だ。ばっしなければならない」

「…………」

「そうだ! 毒ガスをこう! ちょっと、最近、最下層の人口が増えたせいでやつらは調子に乗ってる節がある。それはダメだ。ここで一回、口減くちべらしをしておかないとまずいことになる。……そこでだ!」

「…………」

「きみにはタイタン解放戦線とかいう鉱山ゲリラの親玉を捕まえてきてほしい。『メタルフィスト』とかいうキチガイロボットだ」

「………………」

「おそらく、ドロイドだったり、鉱夫のちゃんとした装備を着けたやつは毒ガスじゃ死なないから、そこはお前らが掃討してくれ。この星のための尊い犠牲だ。……ああ、女・子ども関係なく殺すんだぞ? ワシは性別とか年齢で区別するのが一番嫌いなんだ。虐殺ってのは平等にやらなくちゃな♪」

「……了解しました。ただちに、掃討作戦に移ります」

「ああ、そうしてくれ」


 爪をヤスリで磨いているボルガ所長をよそに、グランブル隊長は脱いだ装備をまた装着しなおし、ヘルメットをかぶり、装備内に空気が満たされたのを確認すると一礼だけして所長室を出た。……すぐに外で待機していた部下たちがグランブル隊長の後ろにつく。


『隊長』

『我々は今から掃討作戦に移る。すぐに最下層に降りるぞ――』

『はっ!』


 マグネティック・ブーツを履いた足を動かし、ズシッ、ズシッという重い足音を響かせながら廊下を歩いていく。その足音は絶対的な恐怖の象徴。彼らが通り過ぎたあと、ガソリンのような残り香があたりを漂い……やがて消えていった。



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