18_秘密の坑道(本拠地への隠し通路です)
培養肉ケバブ屋で店員ドロイドをブチ切れさせた俺たちは、かなりの距離を歩いていた。
上を見上げると、遥か遠くの天井には換気空調システムである配管がびっしりと根を張り、監獄の生命維持システムへと繋げてあるのが分かる。しかし、大量の換気扇でも吸いきれないのか、製錬炉やら飲み屋街から出る煙が、薄暗い天井付近でぐるぐると蜷局を巻いている。
「なぁ――、あと、どのくらいで着くんだ? 俺もう歩き疲れちゃったよ」
「そうじゃ、そうじゃ。妾も急に最下層に連れてこられて困惑しておる。妹にもまだ会えておらんのに……」
「あっ、そういえば、お前の妹っぽいやつに会ったぞ。写真で見た、ショートヘアで、お前と同じような髪と瞳の色したやつだった。たしか、今は教会の医療ポッドで治療中なはず……」
「なんじゃと⁉ また、あやつ交通事故にでも遭ったのか。こうしちゃおれん。今すぐ教会のある下層まで戻らねば――」
「待ちな」
リンの首根っこを「ぐっ」と掴んだ煙管の妓女が、睨みを利かせる。
「あんたは用があんだろ。前に聞いた話だが、タイタン解放戦線のボスがあんたの両親と話したことがあるんだと。ちょいと、そいつの話を聞いてからでも妹と会うのは遅くはないだろ」
「じゃ、じゃがぁ……」
きっと、リンの脳内では『両親の話』と『妹と会うこと』が天秤にかけられ、ぐらぐらと揺れているのだろう。いまだ渋るリンを、煙管の妓女は凄まじい腕力で脇に担ぐと、そのまま歩きだす。
「迷ってる時間はないよ。生憎あっちも忙しいんでね。悩むのは後でしな」
「う、うぅ……」
いまだに脇に担がれながら迷うリンをよそに、俺は周囲を見渡しながら、煙管のお姉さんにあることを聞いてみることに。
「そういえば、この街には首輪をつけた囚人がいないんだな。てっきり、囚人もいるのかと思ってた」
「ああ、そりゃ、囚人が掘ってる地下鉱山は別のセクターにあんのさ。ちょうど、監獄を挟んで真反対といったところじゃな。まぁ、地下深くの末端で繋がってはいるらしいが、ここは企業に属さない個人の鉱夫たちが掘った街さね。だから、ここに囚人はいないよ」
「へぇ――!」
あの超巨大ビルの監獄が地中まで伸びているのを想像し、俺は興奮で妄想を膨らませる。
最下層の街並みは垂直方向にも不規則に増築され、建物というよりは、全体が巨大な機械のようだった。構造は、錆びた鋼鉄の梁と、不揃いなコンクリートのブロック、そしてどこからか持ち込まれた古い装甲板で構成されている。
住居は互いに密着し、細い通路や、雨風を防ぐためのタープやビニールシートが、迷路のように張り巡らされている。道中、道端で座り込んでいた男たちが会話をする。
「チッ、またメタンの雨漏りだ」
「やだねぇ、ガソリン臭くて……酒がまずくなる」
建物同士を繋ぐのは、滑りやすく、常に水滴が落ちてくる鉄の足場や、頼りないワイヤーで吊り下げられたキャットウォークだ。足元には、廃液や油、生活排水が混ざり合った生温かい水たまりが、不規則に広がっている。
その間を鉱夫の装備に身を包んだ男たちが行き交い、それをもてなす飲食店、死人から剥ぎ取ってきた装備品を売る闇市の露店がずらりと並び、遠くでは鉱石を精錬するための溶鉱炉の煙突が生えている。
「なぁ、なんか怪我人が多くないか? 街中に簡易テントがいっぱい……というか、ところどころ包帯を巻いてるやつがいるし」
「あのテントはぜんぶタイタン解放戦線のやつらの提供さね。いま、蟻の巣状に広がった坑道をさらに広げて、大広間になったところに農場だったり、居住区画だったりを作ってる最中なのさ」
「はぇ――、ぜんぶでどのくらいの大きさなんだ?」
「測量したやつの証言によると、坑道の全長は約二十キロ。ここはその集約点のひとつにしか過ぎないんだと。んで、正確に測ったやつはいないんだが、住人の数はだいたい数千から数万。定期的に人口の流入があるから変わるんじゃと」
「それだけいりゃ、医療品と医者は足りなくなるか……」
「ヤブ医者ならいるんだけどねぇ。とはいえ、医薬品の流通は完全に監獄に絞られてるから、横流しされたものしか降りてこない。ここじゃめったな怪我じゃ、治療なんてできないんだよ」
街の至る所に簡易テントが設けられ、怪我をしたらしい鉱夫たちが包帯を巻いた状態でそこで寝ている。しかし、それも使いまわしているのか、黄ばんで血の滲んだものばかりで、よくこれで感染症が蔓延しないなと思うばかりである。
俺たちは煙管の妓女に連れられるがまま、やがて無数の坑道のうちのひとつの前で立ち止まる。それは闇市のすぐ近くの泥煉瓦でつくられた階段の下にあった。半地下にある坑道の入口には錆びついた鉄格子の扉がはめられており、その両脇にアナモグラの装備をしたふたりの男が見張りとして立っている。
「あいつに会いに来た。こいつらはあっちの連れだよ」
『紅楼の姉御ですかい。はは――、どうぞ、中に入ってくだせぇ――』
『ちょいと、いま崩落の復旧作業中でして、粉塵が舞って視界が悪いので足元にお気をつけください』
銀色の鏡面仕上げの丸いヘルメット越しに、ちらりと視線を向けられながらも、俺たちは開けられた鉄格子の扉の奥へ、どこまでも下へと階段が続く秘密の坑道へと入っていくのだった。
***
俺たちは地下道を歩いていた。
途中、青色のLEDで照らされた大規模なキノコ農園や、墓石が点在する墓地などを経由しながら、さらに奥へ奥へと歩いていく。
やがて、俺たちは崩落寸前の岩盤を装甲板で補強した……ように見せかけた、いくつもの欺瞞に満ちた通路の脇にポツンとはめられた油圧式の強化扉の前で立ち止まった。扉の表面は、何層もの錆と煤で覆われ、注意深く見なければただの廃棄物と見分けがつかない。
「着いたよ。この扉の先に本拠地がある」
そう言いながら、煙管の妓女がコン、コココン――とリズムを刻んで扉をノックする。まだ地下道は奥へと続いているが、そこから先は暗くて何があるのか分からない。
直後、扉の上部に取り付けられたのぞき穴が赤く明滅したかと思えば、『入れ』と低い男の声が奥から聞こえ、ガチャリと扉が解錠される。
煙管の妓女は扉を開けると、細長く、薄暗い廊下が現れる。
人間の手で掘られた通路の天井には、一定間隔ごとに裸電球がぶら下がっており、他には何もない。そんなひと一人がやっと通れるかどうかという廊下を歩いている途中、俺はこそこそと煙管の妓女に聞いてみることに。
「なぁ、こんな簡単に余所者を本拠地になんて連れて行っていいのか? もし、俺が監獄側に情報提供したらどうするんだよ」
「そりゃ、本拠地といっても星の数ほどある隠れ家のひとつだからねぇ。バレたところで、別にたいした損害はないさね。それに――」
「?」
「監獄が最下層の住民の反感を買えば、ここにいるやつらがみんな暴徒と化すからね。ここの鉱夫たちの掘る鉱石の量もバカにならない。そこからいくらか差金をとって買い取ってる監獄にとって、最下層はヘタに手出しできないのさ」
そういうものなのだろうか。
まぁ、囚人が掘削するだけでなく、個人の鉱夫が鉱石を掘り、売り捌く際に利ザヤを徴収する方が儲かるというのもあるのだろうが、いかんせん疑問が残る。
(でも、監獄は爆弾で地盤を崩落させるようなやつららしいしなぁ。ちょっと信用しすぎな気もするが……)
そして、何度か曲がりくねった通路を右へ左へと歩いていくと、一枚の濃い緋色のカーテンが無造作にかけられていた。それは、かつて劇場で使われていたようなベルベット生地の、場違いなほど優雅な布だった。
そんな赤いカーテンで閉ざされた奥から喧騒と光が差し込んでおり、煙管の妓女はそれを盛大に開くと、俺の方を振り返るのだった。
「さぁ、着いたよ。ここがタイタン解放戦線の本拠地さね」




