17_最下層(培養肉ケバブまっず……)
最下層。
採掘トンネルが四方八方へと広がるなか、その中央の集積場として機能しているドーム状の巨大な空間に鉱夫たちの住処と、香辛料や鉄、潤滑油、肉の焼ける臭いが充満した闇市はあった。だいたい、大きさにして東京ドーム十個分といったところか。
「はぁ~、これが噂の培養肉でできたケバブかぁ……」
「ほぉ、うまそうじゃのぅ。妾の腹もぺったんこじゃあ……」
そして、違法建築を重ねに重ねた闇市の一角に、そのケバブ屋はあった。
屋台というよりは、廃材を乱雑に組み立てただけの店舗で、店の表では平たい鉄の串に巻きつけられた謎の肉が「ジュウ、ジュウ」と音を立てて焼かれている。よくある回転タワー式のドネルケバブではなく、これはたしかアダナケバブとかいう名前だったか。
ロースター(焼く機器のこと)も炭ではなく、燃料にメタンを使っているせいか炎が青く、肉の表面が焼けるたびに、強烈な香ばしさが周囲の異臭を打ち消していく。
「これは、クミンとか唐辛子を使ってるのか」
「人造スパイスさね。奥に、肉塊の入ったぽこぽこと泡が出てるカプセルがあるだろう。あれが培養カプセルだよ。ほんとは人間の人工子宮用なんだろうけど」
俺はリンと一緒に、受付にいた煙管の妓女のお姉さんに連れられるがまま、タイタン解放戦線の本拠地へと向かっていた。
ちなみに105歳の教会の婆さんと、その娘である楼主の婆さんはありったけの医薬品を持って、タイタン解放戦線のやつらと一緒に先に行ったところだ。
なぜ、俺だけまだドーム状の広間にいるかというと、ちょうど煙管の妓女に背負われたリンを見つけ、臨時で設置されていた医療テントに寝かせ、リンが気絶している間の子守りを頼まれたのだ。俺はそのときの会話を思い出す――。
『アッ! 受付で煙管吸ってた――!』
『あれま……おぬし、最高の妓女をあてがったのに店から飛び出していきおって。そんなに自分のアソコに自信がなかったのかえ?』
『ふざけんな! 席に着いたのはスネ毛ぼーぼーのオカマ男で、危うくケツを掘られるところだったんだぞ!』
『あ――、あのバカ。……そりゃ、そいつが隣の席の客と間違えたんだろうさね。まいったね。そうか、そんな事故があったのかえ。悪気はなかったんじゃが……』
『くそぅ、俺が好きなのは年上の巨乳お姉さんなのにぃ!』
『何ならあっちが相手してやってもいいんだけどね』
『えっ⁉』
『……ま、あんたに対する不手際は今度倍にして返すよ。今はこいつの面倒見といてくれないかい。ちょいと潜ったことのない深度までいっきに降りてきたから、地底病で気絶しちまってね。頼んだよ~~』
そうして簡易テントでリンを寝かせ、目が覚めたところを回収しにきた煙管の妓女は、どうやら俺たちを連れて、タイタン解放戦線の本拠地へと向かっているようだった。
その道中、俺たちはケバブを眺めながら、じゅるりと涎を啜る。しかし、それを煙管の妓女が制止する。
「なぁ、ちょっと俺、腹が減ってきて……」
「やめな。買わない方がいいよ」
「?」
「こいつは電気とアミノ酸を食べて成長する。本当なら、1キロあたり細胞分裂回数が一億を超えた時点で、タネになる肉を交換しないといけないんだけど、これは培養を開始してから一度も変えてないだろうからね」
「つまり?」
「癌の塊。発がん性マックスってことさね」
俺は内心『うげぇ……』とケバブもどきを見る。
ナルホド、要は培養とは体のいいことを言っているが、実際は癌細胞の塊のようなもので、食べると癌になるのだ。俺が食欲が失せたような顔をしながらそれを見ていると、しかし、隣で「むしゃむしゃ」と何かを食べる音がする。
俺が横を見ると、リンが一本串焼きケバブをすでに買い、頬張っているところだった。
「お前、なに勝手に食べてるんだよ。このお姉さんの話聞いてたか? それに会計は俺がしなくちゃいけないだろ」
「いいじゃろ、別にこのくらい。一本0.1エーテルじゃ。おぬしも食うてみぃ」
「……もぐもぐ。ヴォエ⁉ 培養肉ケバブまっず……羊というか牛っぽい風味はするけど、香辛料が強すぎるし、何より肉が腐ってる感じがする。よく食えるなこれ」
廃材で作られた肉を焼いている店員のドロイド君に金を払いながら、リンに差し出された串をすこし齧ると、ケバブっぽい味はたしかにした。……が、直後、口の中に針金のような何かが歯の間に挟まり、俺は顔を歪めながら指でそれを取ることに。
出てきたのは、黒くて茶色い剛毛の生えた、逆関節で先端に爪があるアレ。
言うなれば、ゴキブリの足が――――
「そうだ、店主。追加で右から三番目と四番目と五番目の串もくれ。金なら払う」
『了解イタシマシタ』
「嘘だよ~~ん! 冗談だ、冗談! ゴキブリ入った肉なんざ買うわけねぇだろバ――カ! か――っ、ぺっ! 二度と来るかこんな店!」
『…………』
俺が店先に痰を吐き捨てると、店員のドロイドの目が赤く光り始める。
『基準値以上のカスハラを検知。デストロイモードを起動。該当する迷惑客の排除に移行します』
「な、なんじゃ、凄まじい殺気がドロイドから溢れてきておるぞ⁉」
「やべやべやべ! 殺されるぞ、走れ走れ――――!!」
「まったく、しょうがないやつらさね……」
そうして、俺たちは最下層の中央街を走り抜けていく。
意外と年いってそうな煙管の妓女が同じ速度でついてきているのにびっくりしたものの、俺たちは人混みの中を颯爽と通り抜けていくのだった。




