04_傭兵ギルド(殺す気満々です)
【現在、天候維持システムは正常に作動しており、本日も全地域『快晴』となる見込みで――】
【オービタルリングへの軌道エレベーターの発着には三分の遅れが発生しています】
【一部地域で暴動の恐れがあり――、密輸業者の一斉摘発をカリスト政府は――】
「地球行きの便がないだって?」
「誠に申し訳ございません……」
ネオ・サントリーニ宇宙港の案内カウンターで、俺は素っ頓狂な声を上げていた。てっきり、宇宙港に来れば地球行きの便ひとつくらいあると思っていたのだが、予想が外れたらしい。
「現在、地球の八割が核で汚染されているため、立ち入るためには特別なライセンスが必要となります。また、宙族の活動も活発化してまして、最近だと遺跡探検家の方が降り立つくらいで……」
「となると、治安もそれなりに終わってそうだな」
「お力に添えず、申し訳ございません」
「ああ、いえいえ、いいんですよ。こちらこそすみません」
赤い肌を持つタコのような見た目のお姉さんに謝られ、俺は仕方ないとばかりにその場を離れ、ターミナルの長椅子にどかりと座った。
一般的な宇宙旅客機での渡航を目論んだのだが、そもそも冷静に考えてみれば核汚染された惑星に観光にいく客などいるはずもあるまい。
俺は淡い期待も込めて、情報端末からネットで自分が個人所有している船がないか探したが、あるのはNOTHINGの冷たい表示のみ。……くそっ、収集癖こじらせた俺が数年かけてコンプリートした宇宙船どこにいったんだよ⁉
となれば、俺にできるのはどうにか金の工面をし、ライセンスとやらを取得し、自分の宇宙船を買う。これしかあるまい。
「宇宙船って、一番安いのでも数百万エーテル。そこらの缶に入った炭酸飲料が3エーテルとかだから、日本円だと数億円になるんだよな。誰が買えるんだよ、まったく……」
SPACE CITIZENでは宇宙船購入にリアルマネーも使えたため、課金すればすぐに新たな宇宙船に乗り換えられたのだが、ここではそれも封じられているらしい。
「幸い、銀行口座はあるみたいだけど、0エーテルって……ゼロってなんだよ、ゼロって」
情報端末から銀行アプリを開き、無情にも0エーテルとしか書かれていないそれを見て、思わず俺は情報端末をぶん投げそうになる。
俺があれだけやり込んだ金はいったいどこへ行ってしまったのやら。現状、ここにいるのは国籍不明、住所不定のただの不審者である。
ターミナルの窓からは今まさに宇宙船が煙をあげて宇宙へと上がるところで、他にも椅子に座っていた多種多様な宇宙人たちが振動に釣られるようにしてそちらに視線を向ける。魚人の子どもが目をきらきらさせながら、窓に張り付いて宇宙へと昇っていく宇宙船を食い入るように見ている。
「仕方ない、ギルドに行ってみるか」
俺は立ち上がると、情報端末からマップを開き、傭兵ギルドを検索してマークする。幸い、ここから遠くない場所にあるらしく、そこで移民申請をするらしい。蟻のお姉さんの言葉によるとギルドによって就ける職業に制限があるとかなんとか。
審査テストの内容も変わるらしいが、どちらにせよ観念して受けに行くしかないようだ。……体力テストとか無理だぞ、まじで。
***
「おじゃましまーす……」
こそこそと俺は傭兵ギルドの中に足を踏み入れた。
てっきり異世界の冒険者ギルド的な荒くれ者たちで溢れかえっている酒臭い場所を想像していたのだが、傭兵ギルドのロビーはまさしくお役所といったところだった。
受付カウンターが中央に配置してあり、依頼を受けに来た傭兵たちが各々の装備と武器を手に、備え付けのタッチパネルを操作している。中世の異世界だとボードに紙の依頼が貼られてるイメージだが、この時代にもなるとさすがに電子パネルらしい。
「ふむふむ、一応、SPACE CITIZENと似たような内装ではあるな……」
プライベートジェットならぬ宇宙船が当たり前の時代だからか、個人所有の宇宙船の出る専用のターミナルとも繋がっていて、依頼を受けた傭兵はそこから発進する手はずのようだ。
また、ロビーで駄弁っている傭兵たちはみな宇宙服、兼、戦闘服を身に着けていて背中にはそれぞれの銃火器を携帯している。彼らが暴れたときのためか、壁際に配置された警備ロボットたちがいる前を通り過ぎて、案内カウンターに座る羊っぽい見た目のお姉さんに話しかける。
「すみません、移民申請を出したいんですけど……」
「あっ、はい。ヘドロ様ですね。書類は作成できてますので、この後すぐに審査テストを受けていただきます」
待っている間、俺は冷や汗をだらだらとかいていた。
もしや、これはあれではないだろうか。チンピラみたいな傭兵に『てめぇみたいなガキンチョが傭兵なんざやっていけるばずねぇだろぉ〜』みたいな難癖をつけられて喧嘩ふっかけられるのが定番のはず。
今まさに後ろにある待機所で、椅子に座った傭兵たちの視線が俺の後頭部に当たっているのを感じる。フルダイブ型VRで、ボクシングや総合格闘技のシミュレーションゲームはしたことがあるが、あれはあくまでもゲームでの話であってリアルで喧嘩などしたことがない。
まずい、このままだと一方的にボコられてしまう。そんな嫌な予感に苛まれながらも、俺は意を決して後ろに振り向いた。
(あれっ……?)
だが、喧嘩をふっかけてくるチンピラはおらず、てっきり後ろにいるもんだと思っていた野次馬に至ってはひとりもいなかった。
一応、遠くの方にモヒカン頭の世紀末ファッションの男たちもいるにはいるのだが、こちらに遠くから粘ついた視線を向けてくるだけで近づいてくる様子はまるでなかった。
ああ、なるほど。
これはあれだ。警備ロボのおかげだ。ここが太陽系で一番治安の良い星ってのは聞いていたが、おそらく、その治安というのは警備ロボのような監視によって成り立っているのだろう。現に、チンピラたちを牽制するように警備ロボが彼らに視線を向けてくれているおかけで、俺に絡んでくる様子もない。
「あの、お姉さん。意外とここって治安いいんですね。もっと荒くれ者ばかりだと思っていました」
「ああ、一昔前はそれはもう喧嘩ばかりの荒んだ場所だったらしいのですが、今ではサイコ社製の警備ロボが配置されてからあまりそういったことは起こっていないんですよ? というのも、喧嘩などを仲裁する際に誤って殺害してしまっても、ギルド側は一切の責任を負わなくていいというカリストの州法がありますので……」
「えっ、でも警備ロボってことは装備は非殺傷武器なんですよね? 催涙スプレーとか、スタンバトンとか……」
「いいえ? ゴリゴリの実弾武器で武装してますし、なんならハイパー・ダムダム弾を装填させているので……いざとなればここのカウンターは防弾仕様のシャッターが下りますし、ロビーで血みどろの銃撃戦が繰り広げられたのなんて実は十数回しかないんですよ? もっと酷いとカリストの軍が動員されることもありますが、そんなのは十年に一度のレアイベントですし」
「へ、へぇ~……」
こっわ――!?
えっ、あの警備ロボが持ってるやつゴム弾の非殺傷銃じゃないの⁉ しかもダムダム弾って俺のいた世界で条約で禁止されてた、なんか喰らうと体内で破片が飛び散るヤバイ弾だよね⁉ くっそ怖いんだけど⁉
「ちなみに、ハイパー・ダムダム弾は体内に潜り込むと爆発します」
「な、なんでそんなやばい弾使ってるんすか……」
「ハイパーですから」
「…………」
「ハイパーですから」
にっこりと笑みを浮かべる窓口のお姉さん。
「では、更衣室と審査会場がこちらになりますので、地図に従って受けてください」
「……はい」
心の中で悲鳴を上げるのをよそに、羊っぽい見た目のお姉さんに案内されるがまま、俺はギルドの奥へと案内されるのだった。
2025.12/3まで一日三話投稿です。




