15_悪夢(特製、青椒肉絲だ――)
『……ん……むぅ……』
リンは目を覚ました。
しかし、リンはなぜか自分が椅子に縛り付けられていることに気づき、眉をひそめる。
部屋は薄暗く、遠くで赤い光が、ぷらん、ぷらん――と振り子のように左右に揺れている。
続けて『ブツン、バツン……』と何かを断ち切るような音が聞こえ、不規則なリズムで揺れる赤い裸電球の下で――巨大なステンレス製の作業台の前で――誰かが鉈のようなものを振るっているのが見える。
『お~肉、お~肉、にくにくタンパク質~、いま解体してあげるからね――ん』
そこにいたのは、大柄な精肉店のエプロンを着た男だった。
男は白いブッチャーコートの上に、厚手の皮エプロンを着用していた。
だが、異常なのはそこではない。作業台のそばには生々しい人間の手足やその残骸が横たわっており、男は牛か豚を扱うようにしてそれを解体していた。そのとき、こちらが目覚めたことに気づいたのか、『バッ――』と男が振り返り、リンは『ひっ……』と小さく悲鳴を上げる。
男はなぜか馬の被り物をしていた。
大振りの肉切り包丁から血を滴らせ、表情のない馬の被り物のせいでホラー映画に出てくる殺人鬼を彷彿とさせる。よく見ると、作業台の周りには使い古されたフックや、血の付着したノコギリ、そして無造作に積み上げられた「商品」の塊が、振り子のように左右に揺れる赤い裸電球の下で肉の山として存在していた。
『おお、起きたのか。おはよう、最上級のお肉ちゃ――ん』
「ひぃっ……く、くるな……!」
『くるなとは酷いじゃないか。僕はただのお肉屋さん。ラブリーでチャーミングなお肉屋さんだよ~』
フックにひっかけられた血抜き中の手足から血が滴り落ちているせいで、床に大きな血だまりができており、排水溝がそれを『ごくごく』と飲み干すように音を立てている。
そこでリンは古びた豚肉のような――きっとそれが人肉の臭いなのだろう――臭いと、鼻がひん曲がりそうなほど強烈な鉄の臭いを知覚する。
男は椅子に縛り付けられたリンに近づくと、その白い手足を丁寧に撫でまわす。
『いいなぁ、この太もも。色白の皮膚、艶のある若い肉体、ぷりぷりのコラーゲンが乗ってて最高だよ』
『っ⁉ そ、その声、ヘドロか⁉ ま、待て……おぬし、なんでそんなムキムキなんじゃ⁉』
『はい、お口チャーック、お肉は黙ろうねぇ~』
口に黒いガムテープが貼られ、リンは『ふがふが……!』と息をするのをままならなくなる。
男は片手で持っていた人間の太ももを持ってくると、それをリンに見せびらかす。
『いやー、見てよ。この生足。ヴィーガンをさっき解体したやつなんだけどさ、やっぱ、ヴィーガンの太ももは間違いないね。客もヴィーガンで作ったハムが一番うまいって言ってるし、あいつらは食肉加工されるために生まれてきたんだと思う。野菜ばっか食ってるから寄生虫もいないしな、ははは!』
『むぐ~、むぐ~!』
『しっかし、ヴィーガンズ・ハムがうちの主力商品なんだが、さすがにこれだけだと少ないからな。今回からガキの内臓を使ったソーセージをつくろうと思うんだ。……へへ、良い考えだろ?』
リンはなおもその場から逃げ出そうと縄を解こうとするも、まったく歯が立たず涙と鼻水を垂れ流す。
『だけどな。やっぱ考え直したんだ。お前は、食肉加工するのはやめだ』
『…………!』
『代わりに、俺の皮膚になってもらう』
その瞬間、リンの足先から太ももにかけての皮膚がべりべり――と剥がされ、リンは声にならない悲鳴を上げた。
『~~~~!!』
『よいしょと。やっぱ幼女の皮に限るわ~~。俺は昔から女の子になりたかったんだよなぁ……いいよなぁ? 女の子は存在するだけで可愛いんだから、俺みたいな男は嫉妬しちゃうよ――ん』
『むぐ~、むぐ~!』
『ガキの血液や内臓からつくるドラッグも好評でな。アドレナリンクロムっていうんだが、とくに大富豪とか閣僚とかの先生方に大人気なんだよ。……ま、なにはともあれ――』
『……ふ、ふぐ……っ』
男がリンの目の中を覗きこんでくる。
『せいぜい、家畜みたいに血液と皮膚をいっぱい生産してくれよな。子猫ちゃん♪』
***
「んなぁぁぁああああ⁉」
「⁉」
「はぁはぁ…………っ⁉ へ、ヘドロぉ――⁉」
「お、おお……どうしたんだよ、急に発狂して。そうだよ、俺だよ。変な夢でも見たか?」
急に発狂して起き上がったリンに、俺は思わずびくりと体を震わせる。
「お、おぬしに皮膚をひん剥かれる夢を見たぞ。悍ましい夢じゃった……」
「なんつー夢見てんだよ、まったく……もぐもぐ」
俺たちがいるのは、最下層にある簡易的なテントだった。
といっても、極寒の衛星なだけあって最下層は凄まじく寒い……のだが、ここは地下鉱山の手前にある安全地帯のようなところで、温度、湿度、酸素濃度など生命維持システムはしっかりと作動している。もっとも、そのほとんどが監獄から無断でひっぱってきたものなのだが。
そのとき、リンが「くんくん……」と鼻をひくつかせて、俺の持つ皿を注視する。
俺の手には皿に盛られたピーマンとタケノコ炒めがあった。
「夢の中で古くなった豚肉みたいな臭いがしたが……ところで何食べてるんじゃ、おぬし?」
「特製、青椒肉絲だってよ。安いから買ってみた」
「ほぉ、良い匂いじゃな」
「でもさ、これ肉入ってないんだよな。ピーマンとタケノコだけ。しかも、培養野菜だからぜんぜん味しないの。美味しくもないし、不味くもない。(ぱくっ、もぐもぐ)……あんだこれ、無味」
「……肉のない青椒肉絲なんてのは、青椒肉絲とは言わないんじゃないのかのぅ?」
「でもよ、豚肉味のソースはかかってやんの。店主いわく、これは数あるメニューの中でもマシなやつなんだと」
テントの中には俺たちの他にひとり、浮浪者っぽい見た目の初老のオッサンが横になって爆睡していびきをかいていた。
テントの古い合成生地で作られた布の縫い目からは、露店を開く者の客を呼ぶ声や、鉱夫たちのガヤガヤとした喋り声が聞こえてくる。上層、中層は観光客向けの商売が盛んで、下層が廃れていて、最下層がここまで賑やかというのも珍しい。
「……じー……」
「なんだよ、リン。欲しいのか?」
そう言うと、リンがこくこくと小さく頷く。
「自分の肘舐めれたら、くれてやらんこともないぞ」
「肘じゃと? ……ふっ、何を馬鹿なことを。こんなの簡単に舐めれ――、舐め――、な――」
「ははは」
「レロレロレロ…………くそぅ、届かないぞ! どうなっておるんじゃ⁉」
「ぶふっ、……くくく。その顔、マジでおもろいから他のやつには見せんなよ。爆笑させちゃうから」
俺は箸でピーマンを口に放り込みながら、ふと、メロウとシャロンのことを思いだす。
「そういえば、あいつら今ごろ何やってんだろなぁ」




