14_両親(十年前に脱獄したんだよ)
鉱山用エレベータ―は、センター・オブ・ジ・アースのテラベーターをイメージしてます。
細部はちょっと違うけどネ。
「おぬし、自分の両親のことを知りたくはないかい」
「何を突然言うかと思えば、妾の親のことじゃと?」
リンと煙管を咥えた妓女はエレベーターに乗っていた。
ケージの四方は赤錆で覆われた金属板で覆われ、上部には通気口の役割を果たす切れ目 (スリット)がある。そこから冷たく、湿気を帯びたシャフト内の空気が風となって吹きこんでくる。
それは、より鉱物資源やそれを掘る機材を運ぶために設計された鉱山用のエレベーターだった。
「…………」
急速な降下のせいで、リンは耳の奥で圧迫感を感じはじめる。
剥き出しの操作盤のボタンは、最下層を意味する「B60」が押されている。
「ふん、獄中で死んだと聞いたが?」
「それは嘘だよ。あっちが幼かったおぬしを騙すための嘘。変に外の世界に興味を持たないようにね」
遣り手の妓女が煙管から口を離し、ぷかりと薄紫色の煙を吐く。
煙はケージの天井まで風に乗せられて昇ると、裸電球に当たって霧散する。
チンチンチン――と途中の階で、エレベーターが通過することを意味する踏切のような鐘の音が下から近づき、通過すると同時に上へと遠ざかっていく。
煙管の妓女は昔を思い出すようにして、天井を見上げた。
「あんたが新生児として監獄からうちに来たのが十三年前。その三年後に脱獄事件が起こったんだ。そのとき、あんたと同じDNAの血痕を残した夫婦が脱走したらしい。情報屋によるとそいつらは治外法権である地球を目指すんじゃなくて、ひとつ隣の星系「プロキシマ・ケンタウリ」に行ったらしい。輸送船の貨物室に隠れてね。……辿り着けたかまでは知らないよ。あっちにはそこまでの情報料は払えなかったからね」
「……その情報の真偽はどうなんじゃ。嘘の情報を掴まされてるという可能性は?」
「さぁね、でも行ったのは間違いない。なぜなら、あんたの両親のいた独房にはこんなメッセージが壁に残されていたからさ」
煙管の遣り手が懐から一枚の写真を取り出す。そこには独房らしき部屋が映っており、そのひび割れたコンクリートの壁に茶色く黒ずんだ液体――おそらく乾いた血液だろう――で宇宙汎用語が書かれていた。リンは思わずそれを口に出して呟く。
「『Proxima Centauriで待っている?』」
そのとき、ついに下層を突破したことでエレベーター内に差し込んでいた外部の光が消え、頭上の裸電球だけが室内をぼんやりと照らしだす。
「いいかえ、リン。おぬしの親は十年前の脱獄事件のときに脱走してもうここにはいないんだえ。おぬしももう13才だから言っておこうと思っておったが、その前に拉致られたからのぅ。本当ならもっと早くに知っておったはずなんじゃが……」
「なんで、なんで、こんなタイミングで言ったんじゃ。……もし、妾が妹を連れてその親を探しに行きたいと言ったらどうするんじゃ。妾は妓女見習いじゃぞ⁉ そのために、おぬしらがどれだけのお金をかけたと思って――」
「行け、リン。今のおぬしならできるじゃろ」
その瞬間、接触不良でも起きたのか頭上の裸電球が消え、オオオオ――――と最下層からの風がシャフト内を這い上がる音が響き、リンはまるで怪物の腹の中に入ったかのような感覚に襲われる。ここから先は最下層。リンが生まれて13年間、一度も立ち入ることのなかった世界だ。
まるで地獄へと降りていくような恐怖に、思わず煙管の妓女の腕にしがみつきたくなるが、リンは必死に自分のチャイナドレスの裾だけを握りしめて我慢する。
「外の世界に出て、自分の生みの親を探す。それはあっちにもできなかったことじゃ」
「なぜじゃ……妓女見習いがふたりも抜ければ、妓楼にどれだけの損が出るか……」
「いいかえ、リン……」
再び、頭上の裸電球が点灯し、それと同時に煙管の妓女がリンの顎をクイと持ち上げ――顔を、目を覗きこんでくる。
「あっちとおぬしは、目がよく似ておる。その瞳と髪の色は遺伝子組み換えのエラーの産物じゃ。それだというのに、おぬしの母親は培養ポッドではなく獄中で自ら出産することを選んだ。その理由が知りたいだけじゃよ」
「じゃが……!」
そのとき、リンは不意にくらりと眩暈がして、思わず壁に手をあてる。
「うっ……」
リンの鼻から血がぼたぼたと出てくる。
それを手で受け止めようとするも、なぜかくらりと足元がおぼつかなくなり、たたらを踏む。
「地底病だね。いっきに深くまで潜ったとはいえ、初めてなら仕方のないことさ。むしろ、ここまでよくもったよ」
「……ぐ……」
「しばし、寝てな。目的地へはあっちが運んでやるよ」
直後、ジェットエンジンのような逆噴射の轟音と、全身の骨がミシミシと音を立てるかのような減速の衝撃が襲いかかる。煙管の妓女は倒れそうになるリンを抱きかかえると、ケージは数回激しく揺れたのちに、最下層のドックに着床した。
チーン。
古風な真鍮製の小さなベルが、その場に不釣り合いなほど澄んだ、単調な一音を響かせた。
極小の石がケージの上に張られた金属板に降ってきたことで甲高い音を立て、天井の奥で箱を吊り下げるワイヤーがしなる音がしている。
重々しい金属製の扉が、蒸気を漏らしながら『シューシュー』という音とともにゆっくりと左右に開き始める。リンは中層と比べると異様なほど冷えた空気がケージの中に流れ込んでくるのを感じながら、意識を手放すのだった。




