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宇宙放浪者ヘドロ!  作者: 村上さゞれ
第2章 監獄衛星タイタン編

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12_教会(旧式の医療ポッドですか)


「ここはどうだい。楽しんでるかい?」

「……は? まったく楽しくないんだが。オカマにケツ掘られかけたんだぞ」

「かかか、いいね。ここに来るやつらは大抵女を抱けば満足して帰っていく。……本当はこの先は部外者は立ち入り禁止なんだけどね、あんたは特別だよ」


 白髪のババア改め、元妓女の老婆が楽しげにそう呟く。

 俺たちは底が見えないほど下まで続くエスカレーターに乗っていた。


 鉄の箱が上下するエレベーターじゃないぞ? あの動く階段の方だ。『あんなケーブルが千切れるような棺桶かんおけに乗るのは死んでも嫌だ』と俺がごねたせいで、こうして別の手段で教会まで向かっているのだ。

 まっ、いくら俺が背負ってるメスガキが悪運強しといえど、さすがにエスカレーターが崩落することはあるまい。……フラグ立ってないよな?


「つか、俺こんな絶叫アトラクションに乗りたいとか言った覚えないんだけど。……なぁ、今からでも階段で行こーぜ。めちゃくちゃ怖いんだけど」

「この老体に階段なんて無理だよ。いったい何段降りさせる気だい。ひざの関節が割れちまうよ」


 だが、ぶっちゃけエスカレーターも金属製の骨組みが剥き出しになるほど経年劣化していた。

 立つ場所であるステップは何度も修理されたからか、均一性がなく、動くたびに「ガタン、ガタン」と不揃いな騒音を立てている。というか、ステップ自体が撤去されて内部構造である駆動チェーンがあらわになっている段も珍しくない。足を踏み外せば下層の奈落まで真っ逆さまである。

 さらに肝心の手すりのゴムは摩擦でべろべろに剥がれ、かろうじて残っている箇所は人の皮脂と謎の油で黒ずんでいた。


「なぁ、お前さん、なんでわざわざ死刑囚……もしくは終身刑のやつらをこんな星に送り込んでくると思う?」

「さァ? 地下鉱山で強制労働させるためとか?」

「ちょっと違うさね。終身刑のやつらを死ぬまで地下鉱山で働かせる。それは合ってる。だが、ここの監獄に送られるようなやつらは他の惑星圏の鉱山で酷使されて精神をおかしくしたり、獄中で他の囚人を殺したとかヤバイ薬を刑務所内に密輸したとか、さらに罪を重ねてきたやつらばかりなんだよ」

「ふーん、そいつらはここから出れるのか?」

「まさか。ここはいわば星そのものが墓場なのさ」


 ゴウン、ゴウン……と真横で馬鹿でかいタービン式の換気扇が回っている。このあたりの空気を循環させるためだろう。しかし、薄汚れた赤茶色のサビに覆われた羽根は、埃と砂でよどんだ鉛色の空気を吐きだすだけだった。

 エスカレーターが下に降りるにつれ、それも上の方へと消えて見えなくなる。周囲を照らすのは――人の気配を感知して自動で点く――壁に等間隔に埋め込まれた青白く細い蛍光灯だけだ。


「ナルホドな、他の星にも刑務所はあるだろうに、なんでこの星だけ監獄衛星なんて名前が付けられてるのかと思えば、つまりここは他の刑務所でも問題を起こした凶悪犯が行き着く場所なんだな。なんかアズカバンみてーだな」

「アズ……? なんだいそれ。……まぁ、とはいえ、国籍を持たないというだけでこの街で一生を終えるやつは少なくないさね。中には日銭を稼ぐために囚人どもと一緒に地下鉱山に潜るやつだっている。ただ、親が凶悪犯だったってだけでね」

「そこが引っかかるんだよなぁ。子どもに罪はないだろう。連邦もやろうと思えば、もっとマシな福祉の網を張り巡らせられるだろうに」

「いいや、凶悪犯の子どもなんざ不穏分子って決めつける方が楽だからさ。銀河中枢部のお偉いさんには、こんな辺境の星系にあるいち監獄にへばりついた貧民街スラムなんて見えないのさ」


 頭上では、つたのように絡み合う無数の電気配線や水道管の上を、ネズミが何匹か「ちゅるちゅる――」と鳴きながら行き来している。

 上の方の歓楽街の喧騒は完全に遮断され、周囲にはエスカレーターのステップが駆動するチェーンの軋む音と、壁を伝わる換気ダクトの鈍い唸りだけが響いている。

 やがてそれも終わりが見え始め、俺たちはついに下層へと辿たどり着く。


「とうっ!」


 ステップが床下に潜り込む前につま先が巻き込まれないよう、軽く跳んで着地すると、俺はまったくと言っていいほど明かりのないフロアを一望した。

 「はー!」と息を吐けば――電子タバコの爆煙タイプの――白い煙のようになるくらいには寒い。


「ここは下層、もうすこし行けば最下層があるけど、まぁ、行かない方が無難ぶなんさね」

「行かねーよ、俺は教会に用があるだけだってば」

「そうかい。……ま、どっちにしろ崩落して行けないんだがね」


 俺が宇宙服の肩にあるライトをつけると、老婆が目を細めながら忠告してくる。


「ああ、それは眩しいから点けないでおくれ。光に目が慣れてるといざというとき対応できない。いま、こっちで明かりを用意するからさ」

「へぇ、メタンを燃料にしたガスランタンか。アンティークだねぇ……俺もほちぃ」

「この星にゃメタンだけは腐るほどあるからね。欲しいなら上の闇市で売ってるよ。粗悪品ばっかだから割れると爆発して死ぬかもだけど、かかか」


 俺はライトを消すと、老婆の暖かな光を灯すランタンを頼りに歩いていく。

 あたりには地下鉱山に潜る鉱夫が使っていたであろう――不法な増築がなされた――プレハブ状の住居がひしめき合っており、しかし、現在は人ひとりいないのか閑散とした空気だけが漂っている。


「このあたりには誰が住んでたんだ?」

「昔はそれなりに国籍のないもぐりの鉱夫やすねに傷のあるやつらが住んでたけど、鉱山の利益をダイヤモンド社が独占するようになってからは誰も住んでないね」

「囚人以外にも鉱夫をしてたやつらはいたのか。……う~、寒。……んで、教会ってのはあとどのくらい歩けば着くんだよ、婆さん」

「もう、すぐそこだよ。……ほら、見えてきた」


 やがて見えてきたのは、巨大な廃材と鉄骨がまるで巨大な生物の肋骨のように組み上げられ、それに泥とセメントを塗りつけた、継ぎ接ぎだらけの構造物だった。割れたスタンドグラスと折れた十字架があるのを見るに、ここがくだんの教会らしい。


 重めの油圧ハッチを開けて中に入ると、教会内部は外からは想像できないほど暖かく、そして異様に静かだった。最奥部には粗削りな岩を台座にした簡素な祭壇があり、火が点けられなくなって久しいのか、黄ばんだロウソクがあちこちに置かれている。


「いま、ロウソクに火を灯すよ(……パチン!)」

「おわ⁉ 魔法使いみたいですげぇ~な、ばあさん!」

「かかか、タネは教えないよ若造」


 老婆が指を鳴らした途端、そのすべてのロウソクに火が灯り、教会の中をぼんやりと照らしだす。

 しかし、この教会の最も異様な点は、通常の教会の礼拝席が一切ないことだった。

 代わりに祭壇に向かって、かなり旧式の医療ポッドがずらりと配置されている。


 六本腕サイボーグのジェンガの船にあったのがミドルクラスだとすれば、これらはロークラスの低価格なもの……それも正規品ではなく宙賊か何かが使っていた海賊版だろうことが見てとれた。それが左右向かい合うようにして礼拝堂の奥まで並んでいる。


「どれにこいつを入れればいいんだ?」

「何基か壊れてるから、一番奥のやつに入れるよ。ついてきな」


 俺はメスガキを背負いながら教会の奥まで歩いていく。

 そうして、やがて祭壇の手前に置かれた医療ポッドを開けようとして、中に誰かが入っていることに気づき俺は悲鳴を上げる。

 それは、まるで枯れ枝のように痩せ細った人間(性別不明)だった。修道服を着ているものの、よく見ると、小さく人工呼吸器で息をしているようにも見える。


「げぇ~~! ゾ、ゾンビが寝てやがる! ここはアンブレラ社の秘密の実験場だったのか~~!?」

「あたしの母親だね。今年でもう105歳になる。現役でここの管理人してて、今は寝てるみたいだね」

「すみません。なんか、ふざけてすんません……」

「こいつを入れるのは反対側にあるポッドさね。ほら、いま開けるからどきな」


 失礼極まりないことを言った俺に、老婆は気にすることなく反対側のカプセルを開ける。


「おい」

「ん?」

「マシンが服脱がすとこ、見るんじゃないよ。あんたロリコンなのかい?」

「まさか。ちょっと気になっただけだよ」

「なら、あっち向いてな。……ちなみに、この街では妓女ぎじょ見習いに手を出すのは重罪だよ。即刻、縛り首だから覚悟するんだね」

「ひえっ」


 ぷしゅう――と音が鳴るとともに少量の煙が中からあふれ、俺はメスガキをその中に横たわらせる。蓋が閉まると、日焼けマシンのような紫色の光がポッド内を照らしだし、機械の触手のようなものが服を裂いて、出血箇所や折れた箇所にレーザーを当てていく。


「だいたい、三時間も寝てれば骨折なら治るさね」

「便利だなぁ、やっぱうちの船にも医療ポッドは欲しいな」

「なんだい、あんたの船にはないのかい? 便利だよ。がんや風土病、なんなら勃起不全症(ED)にも効くからね」

勃起ボッキ? おい、ババア詳しく……」


 ずい――と俺が老婆に詰め寄り、医療ポッドが勃起不全症(ED)にも効くことについて詳しく聞こうとした、そのとき……



「チッ、面倒な連中が来たね」



 出入り口の油圧ハッチが何者かによって開けられ、金属同士が擦れ合うような音とともに複数人が教会の中に入ってくる。黄ばんだ分厚い防寒服……というより、あれはおそらく旧式の宇宙服に身を包んだ彼らは、こちらを見るなり持っていたSFチックなレーザー銃を向けてくる。

 ほぅ、あれは金属鉱床とかを採掘するために使う、高出力レーザー射出装置といったところか。かなり重そうで、遠目からだとLMG(ライトマシンガン)のようにも見える。


 しかしながら、レーザー系の銃火器なら俺の宇宙服のシールドで千発くらい耐えられるので特に脅威には感じないのだが、こちらの装備など知る由もない彼らは銃口を向けながら、一方的に要求を伝えてくるのだった。


『俺たちは『タイタン解放戦線』のメンバーだ。悪いが、今からここの医療ポッドはすべて俺たちによって使わせてもらう。これは協力要請ではない。強制だ。……従わないのであれば射殺する』


 宇宙服の丸いヘルメットはシルバー色の鏡面仕上げになっていて中の顔は見えなかったが、その声色は本気で撃つと言わんばかりの気迫に溢れていた。



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