08_地下渓谷の街(エレベーターこっわ――⁉)
「すみませんでした」
「次からは、気をつけてくださいね……」
陰毛燃焼事件の後、俺は取り調べ室で泡まみれのまま事の経緯を説明した。
理由を言ったときの刑務官のキチガイを見るような目はたぶん一生忘れられないだろう。あわや、そのまま監獄にぶち込まれかけたものの、こちらに悪意はないことを知ってか、俺はすぐに解放されることとなった。
「…………」
泡まみれの俺がとぼとぼと署から出ると、通路の壁際で三人が待っていた。
「待っててくれたのか」
「そうじゃぞ。おぬしはバカじゃ、アホじゃと思っていたが、まさかあんなことをしでかすとは思わなかったぞ」
「あらあら、そうですよ。クソオスにもやっていいことと悪いことがありますから」
「ですわ――!」
「うっ、ごめん……みんな……」
俺はあまりにも自分が情けなくなり、膝から崩れ落ちてしまう。
俺は一度のみならず、二度も、好きでもないこいつらにチンコどころかケツの穴まで見られたのだ。……やり直したい。タイムマシンが喉から手が出るほど欲しい。
「なっ、なにも泣くことないじゃろ! ちょっとちんちんを異性に見られたくらいで……」
「あらあら、クソオスに泣くなんて機能はついてないはずですが? 女性さまの役にも立てないだなんて死んだ方がマシです」
「情けないですわね――! ボヤ騒ぎを起こすだけでなく落涙するとは! 男の風上にも置けませんわ――!」
「うっ、うっ……」
俺は涙を流し続けた。
てか、なにメロウとシャロンは死体蹴りしてんだよ。あとで覚えとけよ、マジで。
「では、今から妾の勤める妓楼『紅楼』に行こうではないか」
ぴく、と俺の耳が妓楼という単語を捉え、動く。
妓楼=娼館=エッチなことするお店。
完璧な連想ゲームが俺の脳裏を駆け巡る。
「そこで汗も泡も洗い流せばいい。女の子ともしっぽりすれば、嫌な気持ちもすべて忘れるじゃろうて」
「!」
その瞬間、俺の背中をさするリンが女神のように見えた。
バッと顔を上げ、まるで敬虔な信者のようにリンを見上げる。
「そうだよな」
「……?」
「そうだよなぁ!」
直後、俺は立ち上がった。
「俺別に悪くないもんなぁ!」
「そこまでは言っておらんが……」
「よっしゃ、ならすぐ行こう。今すぐ行こう。その『紅楼』って妓楼はどこにあるんだ?」
「ちょうど、居住エリアの中層のあたりにあるぞ。……って、ちょっ、急ぎすぎじゃ!」
俺はエレベーターも使わず、階段で爆速で降りていくと、ネオンサインで溢れた地下渓谷を爆走していく。盗電するため監獄のライフラインに繋げて、それを無限にタコ足配線のように伸ばして街中にぶら下がる電線や、明らかに観光客を意識した店の数々を無視して、ひたすら走っていく。
しかし、当然ながら土地勘などまるでないので、後ろからのろのろとついてくる三人を待たなければならないのだが――そのとき、ちょうど横にあった店が『PAWN(*質屋)』と書いた看板を掲げており、俺はその店の中へと飛び込んだ。
「質屋か! これを金に換えてくれ。純金だ。純度は知らん!」
「ああ、金なら大丈夫ですよ。お客さん運が良いですねぇ、タイタンは金が出ないので他の星よりもレートが高いんですよ。火星独立700周年記念コインの金貨でしたら、ざっと29枚で五万エーテルですね。旧紙幣のみの交換になりますがよろしいですか?」
「それでいい!」
店長が出してきた札束をすべて懐に突っ込むと、俺は店から出て外で待っていた三人の元へと戻った。「むふふ……」ともっこりモードの俺は、まず、フェミニストであるメロウに釘を刺す。
「おい、メロウ」
「はい、なんでしょう?」
「お前、邪魔すんなよ?」
「あらあら、なんのことでしょうか?」
「どうせ、お前のことだから妓楼でしっぽりしてる男を襲撃、とか考えてるんだろ?」
そう言うと、メロウは糸目の目尻をわずかに上げると、にこりと微笑んだ。
「いいえ? 私は未成年の女児が暴行されていたり、無理やり性的接待をさせていないのであれば文句はありませんよ? 大人の女性さまが自発的に身売りしているのであれば、それを否定すれば彼らが路頭に迷うことになります。ですので、私は今から監獄に行って、性犯罪者と面会でもしてこようかと思います」
「ふぅん、ならいいんだけど……なんで面会?」
「やつらがもし脱獄したとき、一人残らず金玉をぶっ潰すためです。そういうことですので、では――」
そうしてメロウはにこにこと笑みを浮かべながらエレベーターで再び上へと戻ると、監獄エリアの方へと去っていく。
次に俺が目をつけたのは金髪縦ロール女ことシャロンだった。……のだが、肝心のシャロンは何やら個人輸入店の前でうろうろしている。
「はっ⁉ あ、あれは、レッドリー様の『燃えよドラゴン』に登場したヌンチャク……い、いえ、さすがにレプリカですわね。ですが、あのレッドリー様の顔が刺繍されたパーカーは、ほ、欲しい。ですが、お小遣いが……」
「…………」
俺はすーっと足音を殺してシャロンの背後に近づくと、無言で肩を組んだ。
「おい、シャロン。五千エーテルやる。逃亡生活で買いたいものも買えなかっただろう。ちょっと、これでショッピングでもしてきなさい」
「……いいんですの?」
「ああ、楽しんでくれ」
「いやっほ――! ですわ――!」
現金片手に店に突撃していくシャロンに、俺はしたり顔で口角を上げる。
「よし、これで邪魔者は消えたな」
「お、おぬし下衆いのぅ……」
「よっしゃ、行くぞ花街ぃ!」
そうして、俺はリンに連れられる形で貧民街の下層へと降りていくのだった。
おもしろいことに、街の構造として監獄のライフラインに寄生しているだけあって、監獄から出る廃熱のおかげで温度が比較的安定しているように見える。
また、治安も良さげで――といってもカリストと比べると天と地ほどの差があるが――通路には正規の流通ルートから横流しされたらしい食料や、多少は使えそうな電子部品を店頭に並べる闇市が見える。客の数もそれなりに多い。
「にしても、すげーな。こんな地下渓谷に街があるなんて、外からじゃ分からなかったぜ」
「すぐ横には監獄が地下まで伸びておるからな。そこから水、電気、空気をもらうことで生き永らえてるんじゃよ」
俺たちはすぐ横のめちゃくちゃ古そうなエレベーターの下行きのボタンを押すと、しばらくして黄色い照明を灯した箱が「チン」と鈴を鳴らして到着する。
俺たちが中に入ると、リンが『B13』と表示されたボタンを押し、目の前で扉が閉まる。
エレベーター内の壁には無数の利用者が付けたであろう引っ掻き傷や、落書きが刻まれている。足元の床は油と錆で黒ずんだ縞鋼板で、エレベーターが下に降りていくのに合わせて不安定にガタガタと音を立てる。
(いや、無意識で乗っちゃったけど……落ちたりしないよな、これ)
キャビン内の唯一の光源である裸電球がチカチカと不吉に瞬く。
巻き上げ機のギアが摩耗してワイヤーの張力が不均一にでもなっているのか、エレベーターは不安定に減速したり加速したりを繰り返しながら、ついに目的の階に到着する。
しかし、俺たちが降りた瞬間、後ろでついにケーブルが切れたのか、ギャリギャリギャリ――と凄まじい量の火花を散らしながら箱が落ちていく。しばらくして、下の方から大質量の何かが落ちた音が遅れてやってきて、俺は顔面蒼白になりながら漏らしそうになるのだった。
(こっわ――――!?)
リンの豪運がなければ死んでましたね。
これにて第二章、完! ~BAD END~
追記。
箱が落ちたとき、ラチェットとロックオフは自動で作動しなかったのかよ⁉
しなかったんです。それくらい経年劣化してたんです(ゴリ押し)




