07_身だしなみチェック(ケツ毛燃やしてみた)
「おぬしら遅いぞ! はようはよう! 消灯時間になってしまうぞ!」
ゲートを抜けるとすぐに走りだすリンに、俺たち三人は横並びで後を歩いていく。
と、そのとき、宇宙汎用語で『トイレはこちら』という文字と矢印が目に入り、俺は『ピーン!』と頭上で電球が灯ったような錯覚とともに、あることを思いだす。
(そうだ、女の子の八割が男の陰毛を気持ち悪いと思っているというデータがあったはず。……まずい、まずいぞ。女の子とエッチするときに、すっぽんぽんになったとき陰毛がもじゃもじゃだったら、間違いなくきもがられてしまう)
俺は内股を擦り合わせながら、もじもじとする。
「な、なぁ、リン。ちょっとトイレ寄っていいか?」
「またか、おぬし? 頻尿にもほどがあるぞ、年寄りじゃあるまいし」
「わり、大の方なんだけど」
「~~仕方ないのぅ! それじゃ、妾たちはここで待ってるから、さっさと行ってきたらどうじゃ!」
「すまん、マジすまん」
俺はいかにも漏れそうな仕草をしながら男子トイレに入ろうとして、『現在清掃中』の立て看板を見て、慌てて近くの多目的トイレに飛び込む。
後ろで鍵を閉め、俺は宇宙服を脱いで便座に腰かける。
「くっそ~、まずい、まずいぞ。このままだと女の子にきもがられる。この宇宙世紀の時代にチンゲ生えてる男なんていないだろうしな。除毛クリームでもあればよかったんだが……、…………ん?」
直後、壁際の小さなカウンターに置かれたあるものを見つけ、俺はそれを手にとる。
「おっ、こんなとこに使い捨てライターが……ラッキー!」
俺はV字開脚をすると、それを迷いなく股間にあて、歯車状の発火石を親指で回してかちかちと点火させようとする。
「チッ、つかねぇな」
しかし、燃料が足りないのか、火花が散るだけで火がつく気配がない。
そのため、俺は裏技として噴出口のすこし下のガスの通り道を広げるべく、死ぬ気でライターの腹を指で押し込む。これでガスが出やすくなるのだ(体感)。ミシミシと親指とライターから音が鳴り始めたころ、もう一度、発火石を指で擦るとついに勢いよく火がつく。俺はそれを股間へと持っていくのだった。
「いいねいいね、ハハッ、中学のとき理科で実験したスチールウールの燃焼みてーだな! ……って、あちっあちっ、あっづ⁉ ふぅ~~、ふぅ~~! よぉ~し、これで俺も美容男子だぜぇ~。次はお尻まわりの毛も燃やさないとな」
毛根ごと燃やすわけにはいかないため、あくまでも毛の三分の二ほどを燃やすだけなのだが、けっこうきれいになったのではなかろうか。
あたりに埃を燃やしたときに出るダイオキシンのような臭いが漂うなか、俺は便座の上でガニ股になると自分の股の下を覗き込んで、尻の穴を見ようとする。
「くそっ、ケツの穴が見えねぇ……」
仕方なく、俺は手探りで火のついたライターを尻の方へと持っていく。じりじり、と立ち昇る熱がお尻まわりの皮膚を温めはじめたころ、ついにお尻の毛が燃え始める。
「よぉ~し、これで燃やし終われば……ターンエンドだッ!」
『おぉい! おぬしまだかー! もうみんな外で待っておるんじゃぞー!』
「あっ」
そのとき、ドンドン――と多目的トイレの扉が外から叩かれ、精密な位置調整が求められていた俺の手元が見事に狂う。つまり、俺の尻の穴にブス――と火のついたライターが突き刺さったのだ。一瞬、何が起こったのか分からず、続けて激痛が走ったことで俺は涙を浮かべ、マーモットのように叫び声を上げるのだった。
「ぎゃ――――――!!」
***
(何をやってるんじゃろうか、あやつは。一秒でも早く妹の安否を確かめたいというのに、よりにもよってこのタイミングで大便など。……それにしても遅いのぅ)
なんだか考えれば考えるほど腹が立ってきて、貧乏ゆすりをしていたリンがついに我慢ができずに多目的トイレの扉をドンドンと叩く。
「おぉい! おぬしまだかー! もうみんな外で待っておるんじゃぞー!」
しかし、数瞬の間をおいて返ってきたのは、脱糞音よりもタチの悪い絶叫だった。
『ぎゃ――――――!!』
「⁉」
凄まじい叫び声が中から響きわたり、リンは目を丸くする。
「な、なんじゃ⁉ 凄まじい悲鳴が聞こえたぞ……」
「あらあら、間違って自分の金玉でも握り潰したのでしょうか?」
「自分の出したうんこがあまりに臭くて鼻がひん曲がっただけだと思いますわ――! どうですの、わたくしと賭けをするというのは?」
「あらあら、いいですね。では、こちらは何を賭けましょうか?」
ヘドロのことなど気にも留めない二人に対し、リンはしきりにドンドンと扉を叩く。
「どうしたんじゃ⁉ 大丈夫か、ヘドロ! 返事しろバカもん!!」
『あ、ああ――、大丈夫だぁ、ちょっと手元が狂っただけで、ぜんぜん大丈夫だぁ……』
「なんか、声からしてぜんぜん大丈夫じゃなさそうなんじゃが⁉ ちょいと、メロウ、この扉を開けてくれんか」
「あらあら、いいでしょう。こういう電子錠タイプはですね、このあたりに回路が通っているので、ここに電圧を加えれば――」
メロウが手のひらを壁に押し当てると、その瞬間、バチバチッ――と電気が走り、天井の照明が点滅する。直後、電子錠が解除され、いっきにリンたちが中に雪崩れ込むと、そこには便器に尻がはまってV字開脚した状態であそこを見せびらかすヘドロの姿があった。
「キャ――――――!!」
「おわ――――⁉ ……って、悲鳴を上げたいのはこっちじゃバカもん! なに、下半身なんか露出してるんじゃ!」
「ち、ちがっ……これは……そう、エチケットってやつだ! 俺はいまエチケットを整えようとしていて――!」
そのとき、なぜかヘドロが手に持っていたライターを落としそうになり、慌ててお手玉のようにしたあと、さらに手が滑って天然パーマの上に乗る。ボッ、と勢いよく髪の毛に火がつき、「ギャ――――――!!」とヘドロが火だるまになったところで、ようやく天井のスプリンクラーが作動するのだった。
『第八ポート、修理工場前のトイレにて火災発生、火災発生。職員はただちに消火作業に移れ。繰り返す――』
照明が消え、赤い警告灯が回転するなか、ヘドロは便器の中に頭を突っこむことで消火に成功する。しかし、ずぶ濡れになったヘドロに三人はそれぞれ意味合いの異なる視線を向ける。
リンは心底軽蔑したような目で、メロウは糸目だが嘲笑するような目で、シャロンは口元を扇子で隠しながらも爆笑を隠せないとばかりに目尻を上げながら、ときおり「ぷぷ……」と笑い声を漏らしている。
「ち、ちがうんだ。ちがうます。これはわざとじゃなくて、えーっと、ほんとにちがうんです。そう、エチケット、エチケットを整えようとして……」
しかし、駆けつけてきた職員たちが多目的トイレの入り口に陣取ると、呆けた顔をするヘドロに向かって消火器を惜しげもなくぶっかけるのだった。
僕は学生の時、(何とは名言しませんが)燃やしたことありますが、皆さんはやめた方がいいですよ。元太くんみたいな十円ハゲになるんで。




