05_着陸(メタンの湖でちゃぷちゃぷ泳ぎてぇ~~)
船窓の外のオレンジ色の靄はすでに薄まり、眼下には荒涼とした風景が広がっていた。
一面に広がるのは、氷と有機物の混合物でできたくすんだ茶色の平原。そして地平線の彼方では、液体のメタンでできた湖が鈍い黄土色の空を映して暗いオレンジ色に輝いていた。
俺はしばらくその荒野の上空を飛行し、続けてメタンの湖の上を通過していく。
どうやらよほど寒いらしく、液状のメタンが凍結しかけているのか、風が吹くたびに湖面が石油のように重々しく揺らめいている。
「ちくしょー、これが常夏のリゾート惑星だったらなー。バカンスできたのに。いっそ、メタンの湖でちゃぷちゃぷ泳ぎてぇ~~」
「おぬし、死ぬぞ。あんな冷たい液体に触れたら、凍傷じゃ済まんじゃろうな」
「冗談だって……なぁ、シャロン?」
「そうですの? いっそのこと全裸で泳いできたらどうですの? 頭が冷えますわよ?」
「やだなぁ、死んじゃうよそんなことしたら。……なぁ、メロウ?」
「あらあら、この世からオスが一匹駆除されるのは喜ばしいことです。今すぐ泳いできては?」
「…………」
こいつらほんと可愛くないな。
それはともかく……そのとき、俺は遠くのメタンの湖岸のさらに向こうに人工的な明かりが灯っているのを見つける。歯抜けのように四角い明かりが、不規則に上下左右に並んでいる。しばらく進むと、上空の雲まで届くほどの分厚い柱のようなものが目に入る。
「なぁんだ、意外と早く発見できたな」
荒野のど真ん中に黒々としたビル状の巨大建造物が、まるで垂直に突き刺さった巨石のようにそびえ立っていた。
表面は錆びた鋼鉄と風化したコンクリート、そして何らかの複合素材で覆われ、何世紀もの時を経て、メタンの雨と宇宙放射線に晒され続けたことで途方もない重厚感を放っている。また無数のパイプライン、ケーブル、換気シャフトが、巨塔の壁面を這い上がり、まるで巨大な生物の血管や神経のように絡み合っている。
「そうじゃそうじゃ、思い出した。たしか妾が乗せられた輸送ポッドが発射されるとき、窓からあんな感じの建物が見えた気がするのぅ」
「ってことは、あれがケルゲレン大監獄か。なるほど、あれが本体……じゃないな。氷山の一角とみた。地下深くに鉱山があって囚人を強制労働とかさせてんだろうな」
そのとき、レーダー警戒装置のアラートがけたたましく鳴り、ミサイルにロックオンされたことに気づく。続けて、通信機から男の声が聞こえてくる。
『所属不明機! こちらはケルゲレン大監獄管制塔だ! 応答がないのであれば直ちに撃墜することになる!!』
「「「撃墜(ですの――)⁉」」」
「あらあら……」
俺とリン、シャロンがハモったのも束の間、本気で撃墜されかねないことを知った俺はすぐに回避運動を取りながら通信機に向かって叫び声をあげる。
「待て待て待て、待ってくれ! 俺はしがない傭兵をしているヘドロだ! ちょいと観光に来ただけで敵意はない!」
『……あ、ああ、良かった。観光客か。なら、誘導に従ってくれ。まったく、軌道衛星の誘導に従わないから、監獄を襲撃しに来たのかと思ったぞ』
直後、アラートが解除され、俺はひとまず安堵のため息を漏らす。
俺は通信機のつまみを捻りながら、管制官の男の話に耳を傾ける。
『危なかったな、兄弟。一応、衛星から通信が発せられていたんだが、それに反応のない船は不審船扱いで撃墜する決まりになってるんだ。なんせ、場所が場所だからな。一応、大気圏を突入してきた船がいたのは把握していたんだが……』
「あー、申し訳ない。こっちの船がかなーり古くてな。ちょいとアンテナが馬鹿になってるみたいなんだ。あと機関システムが故障してて、それ含め修理を頼みたいんだが……」
『そうか。それなら、八番ポートに着陸してくれ。小型艦なら腕のいい囚人がすぐに直してくれるだろう。……いまガイド・ビーコンを出す。くれぐれも変な動きはするんじゃないぞ』
管制官の男に釘を刺され、俺は副操縦席に座るリンに向かって肩をすくめる。
直後、大気に黄色いレーザーのようなものが浮かび上がり、それを察知した自動操舵AIが宇宙船を自動でガイド通りに航行しはじめる。多関節のランディングギアを展開し、姿勢制御スラスターを短く噴射して、機体を微調整する。
やがてビル状の巨大建造物の裏手に案内されると、殺風景とも言える離発着ポートに着陸するのだった。薄く堆積していた氷と有機物の砂を巻き上げ、黄褐色の塵煙が舞い上がる。
――ガコン。
その瞬間、離発着ポートの四隅に設置されていた黄色い警告灯が回転し、宇宙船の接地面が地下へと降下していく。
しばらくすると、上の方で巨大なシャフトの開口部を覆うように、厚さ数メートルにも及ぶ、重厚な鋼鉄製のハッチがゆっくりと閉じていく。それが完全に閉じ切ると、完全に真っ暗になり、ぼんやりとした計器盤(蓄光塗料)の緑色だけが浮かび上がる。
俺は下から顔が照らされてるのをいいことに、リンをびっくりさせてみることに。
「へへ……お化けだじょ~~!」
「おぬし、ほんとくだらないことが好きじゃのぅ」
……数分後。
ようやく地下にある駐機場に着いたのか、軽い地響きのあと二枚目のハッチが前方で開く。気圧差でシャフトの中に中の空気が風となって入り込み、人工の光が差し込んだことで、しばし俺たちは目を細める。
「おお――、案外しっかりした修理工場だな」
広大な空間には、無数の宇宙船がその巨体を横たえていた。
損傷した貨物船の骨格、エンジンモジュールが外されたシャトルの残骸、そして錆と煤に覆われた戦闘機の機体。それらが作業用の足場やクレーンに囲まれ、まるで外科手術を受ける患者のように並べられている。
金属の軋む音、溶接機のスパーク、そして高圧洗浄機の甲高い音が響きわたっている。
そこでは、かなりの数の宇宙船が今まさに囚人たちによって修理されているところだった。
『連結、確認。牽引イタシマス』
そのとき、どこからともなく牽引車が現れ、うちの宇宙船の船体下部にクランプを接続する。乗っているのは箱型のドロイドで下半身を運転席に溶接されていることから、牽引に特化した個体らしい。……うーん、人間じゃないとはいえ、ちょっと可哀想ではある。
そんな牽引車に引っぱられながら、俺は左右に駐機している宇宙船を観察する。
「すげー数のドロイドだな。うちもあんな感じの修理ドロイドが一体いればな~」
「あらあら、私がいますよ? 必要ないのでは?」
「お前、宇宙船の修理できんの?」
「……多少であれば」
「なんだその間、絶対できないだろ。いいって無理しなくても、シャロンの金貨両替して新しいドロイド買うから」
「…………(ボキボキ)」
「イライラして指鳴らすのやめてね」
まず目を引くのは、無数のドロイドだ。
多腕の修理ドロイドが、まるで意志を持つかのように精密な作業をこなし、自律型の溶接ドロイドは、火花を散らしながら船体の亀裂を埋めていく。天井付近では、小型の監視ドローンが空中を絶えず浮遊し、全ての人間の動きを記録している。
そして、そのドロイドたちの間には、囚人服をまとった人間たちの姿があった。
彼らは顔に油と汗を滲ませ、重い工具を手に、あるいは狭い船体内部に潜り込み、黙々と修理作業に従事している。彼らの首元には一際目立つ電子ロックの首輪が装着され、全員がもれなく疲弊した顔を浮かべ、死んだ目でこちらを凝視してくる。
「なんか、めっちゃ見られてね?」
「それは、わたくしの船がここにあるどの船よりも古い型だからですわ。想像してみてごらんなさい。反重力自動車が並ぶ修理工場に、突然、博物館にしかないようなディーゼルのクラシックカーがやってきたら。それはもうみんな見るに決まっていますわ――!」
「ふーん、まぁ、盗まれなきゃなんでもいいや」
牽引車によって宇宙船が修理工場の一角に押し込められると、俺は原子炉の稼働レベルを最低まで下げ、計器盤の電源を落とす。反物質エンジンだとか核融合炉とかだと完全に停止できるのだが、これはただの原子炉なので一度動かすと放射性物質がある限り、崩壊熱が出続けるため冷却装置などは停止させることはできないのだ。
宇宙船の床下を這う振動が静かになっていく。
冷温停止状態になったことを確認すると、俺は操縦席をくるりと後ろに回して立ち上がった。
「そんじゃ、行くか」
「はようはよう! 先に行ってしまうぞ!」
「あらあら、急ぎすぎですよ。転ばないように気をつけてください♪」
「ですわ――!」
先を急ぐリンの後をメロウ、シャロン、俺の順番で追っていく。
エアハッチが開き、外気が船内に流れ込んでくる。微かなガソリンの匂いにも似た炭化水素の芳香が鼻腔を刺激する。
上を見上げると――天井は遥か上方で――幾重にも連なるメンテナンスデッキと照明グリッドによって埋め尽くされ、巨大な溶接アームや移動式のガントリークレーンが赤い警告灯を点滅させながら行き交っている。
「う~、寒ぃ~。摂氏五度ってところか。……やっぱ、テラフォーミングされてない星は過酷だねぇ。べくしっ……」
用語。
冷却停止状態……原子炉内部の熱が十分に下がり、冷却水を低温・低圧に保てる状態のこと。




