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宇宙放浪者ヘドロ!  作者: 村上さゞれ
第2章 監獄衛星タイタン編

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38/55

04_ヘカトンケイル(軌道爆撃兵器だってよ)

あけましておめでとうございます

2026年もよろしくお願いします~~。


「おおー、やっと着いた。あれがタイタンか」


 船窓の外でどこまでも続くと思われたハイパースペースの青いうずが終わり、無数の星々が引き伸ばされた直後、正面に巨大な黄土色おうどいろの球体が出現する。


 土星の第六衛星「タイタン」だ。

 黄褐色おうかっしょくの分厚い大気と、メタンの海をたたえ、摂氏マイナス約179度の極寒の環境を有している。


 遠くでは土星が浮かんでいるのが見える。無数の微細な氷の粒子が織りなす土星のが、太陽の光にあたって白銀の輝きを放っており、その厚い部分が、タイタンの昼側に漆黒の巨大な影の帯を落としている。

 船体はわずかな慣性を残して滑空し、広大なタイタンの昼の側へと静かに向かっていく。


「んで、さっき機関室から嫌な音がしたわけだが、絶対どっか故障したよな?」

「あらあら、機関出力が30パーセントまで低下……幸い、放射線数値は変化していないので漏れてはいませんが、原子炉のどこかが故障した音だと思います」

「ヤバイじゃーん。俺、原子炉なんて直せないぞ。どうすんだよ」


 悲観する俺に、この宇宙船のパスキー所持者であるシャロンが羽付きの扇子せんすを広げる。


「どうにかして、あの星で修理工を見つける必要がありますわね。こんな状態でまたハイパージャンプなんてしたら、木っ端みじんに空中分解しますわよ?」

「いやいやいや、こんなクラシックカーみたいな原子力宇宙船、あんな星に直せるやつなんかいるのかよ。監獄衛星だぞ? ろくな設備なさそうだけど」

「んなっ、失礼な! 工業衛星イオほどではないが、一応、わらわの住んでいたコロニーにも修理工はいたぞ? もっとも、ほとんどが囚人で刑務作業として働いている者ばかりじゃったが、腕は確かな者も多いと聞く。大丈夫じゃろ」


 なるほど、たしかに囚人の中には航宙整備士として働いていた者もいるだろう。しかしながら、こういう極限の環境下にある監獄に連れてこられるのは極悪人ばかりで、ちょっとしたことで殺されないか心配ではある。

 俺は手元のコンソールをいじってシップナビに検索をかける。


「リン、お前が住んでるのはなんて街だっけ?」

「ケルゲレン大監獄の近くにある花街「龍泉閣りゅうせんかく」ってところじゃ」

「ケルゲレン大監獄、龍泉閣りゅうせんかく。……うーん、検索かけても出てこないな。この船古いからなー、情報が更新されてないのかもな」

「まぁ! 一応、ナビの情報は最新のはずですわよ? 監獄というくらいなのだから、意図的に隠されているのではなくて?」


 シャロンの言ってることも正しいと思う。たしかに監獄と呼ばれるくらいだから、外部から脱獄の手助けをされないよう位置情報を隠してる可能性は高い。

 しかし俺が頭をぼりぼりと掻きながら、どこに着陸しようか決めあぐねていたとき、ふとタイタンの軌道上に何かが浮かんでいることに気づく。


「おお、なんか物騒な突起の生えた衛星があるな。なんだあれ?」

「あれは……」


 俺は目を細めて、それを注視する。

 それは一見すると、ただの小惑星のようだった。全長は数キロほどで、ゴツゴツとした表面は無数のクレーターで覆われている。俺は宇宙船のモニターから広角レンズでそれをズームすると、表面に太陽光発電用のパネルがいくつも貼り付いており、銀色の放熱フィンがぼんやりとした赤い光を放っているのが分かった。


「ヘカトンケイルじゃ……」

「へかとんけいる?」

「軌道爆撃兵器の名じゃよ。あの星が監獄であるための象徴であり、囚人を逃がさないための防衛設備じゃ」


 妙に暗い声色こわいろでそう言ったリンが気になったものの、俺は監獄衛星と冠されるほどの星なのだからそれくらいの設備はあるかと納得する。

 たしかに、衛星の胴体中央部には何かを射出するための口が開いており、クレーターまみれだと思った表面にも、外敵を迎撃するためのミサイル発射口らしき穴がかなりの数ある。


「はーん、なるほどな~。要は脱獄してあの星から出ようとすると、あれが火を噴くわけだ。……ん? でも、この前のカリストで会った賞金首はあの包囲網を突破してるんだよな。案外がばがばセキュリティだったりしてな! がはは!」

「…………」


 そのとき、通信に『ザザ――』とノイズが走り、俺はすぐにチャンネルを調節しようとする。本来であれば自動で調整されるものなのだが、この船はあろうことかラジオみたく手動でつまみを捻ってチャンネルを合わせる必要があるらしい。アナログってやつだな。


『こちらは……ザザ――……タイタン大監獄、管制塔……着陸要請を受領……ザザ……ません』

「おっ……こちらアイアンランクの傭兵ヘドロだ。タイタンに着陸したいんだが――」

『こちらは……ザザ――……管制塔……着陸……ザザ……ません』


 通信から自動音声らしきものが聞こえ、俺はすぐにマイクに向かって話しかける。

 しかし、こちらの声が聞こえていないのか、管制塔は同じ忠告を繰り返すだけだ。


「まいったな。これじゃ、どこに降りればいいのか分からんぞ」

「ああ、思い出した。たしか、ケルゲレン大監獄は荒野のど真ん中にあって、貧民街は地下渓谷に存在するんじゃ。正確な緯度経度は分からんが、一応、宇宙港もあるから近づけば分かるかもしれん」

「ほぉん」

「それに火星や木星圏からのツアー客もよく来るから、飛んでいればいずれ通信がちゃんと入って、誘導されると思うぞ」

「ツアー客?」

「ほら、木星圏じゃと風営禁止法が施行されとるじゃろ? じゃから、生ものとアハンでウフンなことがしたいやつは非合法の花街がある土星圏に来ることが多いんじゃよ。そういうツアーがあるとも聞いておる」


 生ものってなんだよと言いかけたが、おそらく有機生命体(ここでは人間)のことを言ってるのだろう。なんとなく話の展開は読めたが、俺はえてリンに質問してみる。


「風営禁止法ねぇ?」

「カリストを開拓したサイコ社がアンドロイド事業を展開しておるからな。表向きは治安維持のためとか言っておきながら、セクサロイドの売り上げを伸ばすために地方政府に呼びかけた結果でもあるんじゃよ」

「ほ~、つまり人間は水商売できないってわけね。ナルホド」


 どうやら、人間が従業員のエッチなお店というのは木星圏にはないらしい。

 とはいえ、地下に潜ればそれなりに非合法でやってる店もあるはずなので、わざわざこの星に出向くツアー客がいるのは驚きだ。


「タイタンは嬢のレベルが高いとか、そういうのがあるんだろうなぁ。ムフフ、楽しみになってきたぜ」

「あらあら、大監獄となれば性犯罪者も多そうですね。この際ですから、彼らを皆殺しにしてしまいましょう。それが世の中のためになります」

「メロウ……お前、頼むから問題を起こすのだけはやめてくれよな」


 虐殺をくわだてるアンドロイドがひとり。

 俺はそれを制止しながら、とりあえず宇宙船が燃え尽きない角度で機首をわずかに下に向ける。タイタンの黄土色の丸い衛星が近づいてくる。ヘカトンケイルとかいう軌道爆撃兵器の横を通り過ぎ、ついに俺たちは黄褐色の乱流の中へと突入する。


「とりあえず、ケルゲレンって名前の地域に降りてみるぞ。何か見つかるかもしれん」


 高度が下がるにつれて船体全体を低いうなりが包み込む。大気中の有機物粒子が展開されているシールドに叩きつけられ、微細な衝撃が船内にも伝わってくる。

 シールドを保護するプラズマが窓の外で青白い光を放ち、ヘイズを一時的に吹き飛ばす。しかし、その光もすぐにオレンジ色の大気に飲み込まれ、視界は再び不明瞭になる。


「おお、カリストみたいにテラフォーミングされてない星だから、けっこう揺れるな」

「つ、墜落ついらくとかしたりしないじゃろうな?」

「うわっ⁉ まずい、操縦が効かない! お、落ちる~~!!」

「っ⁉ へぁ……神様、仏様、キリスト様……わらわまだやりたいことたくさんあるのじゃ。こんなとこで死にとうない~~!」

「ははは、嘘ウソ、こんなんで墜落するわきゃねーだろ。ガキがびびってら(笑)」

「…………」


 自分でもタチが悪いと思う嘘に騙され、副操縦席で頭を抱えて不時着時の対ショック姿勢をとっていたリンがこちらを睨んでくる。ははは、涙目でくそ笑える。……あっ、ちょっと、大気圏に突入してるときにメロウさん、俺の髪の毛掴まないでください。マジで墜落しちゃう、しちゃうから!


 突入から数分後。

 船体の揺れがわずかに収まり、耳障りな空気の摩擦音もようやく低く落ち着いてくる。大気圏の最も過酷な層を突破したらしい。窓の外のオレンジ色は依然として濃いが、その向こうにぼんやりと地表の輪郭が見えはじめていた。




ちなみに「ケルゲレン」という地名は国際天文学連合(IAU)には登録されておらず、カッシーニ探査機が捉えた白斑(タイタンの極低温大気中で形成されるメタンの氷晶雲)を、その形状や位置から、地球のケルゲレン諸島になぞらえて仮に呼んだもの、つまり非公式な通称だそうです。


心の中のジュビロ「そんなの知らね、この世界では公式の地名ってことにしちゃうよ――ん!!」

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