33_エピローグ(さぁ、機内食を食べよう)
寄せていたとはいえ、道に停車していたせいで片側一車線が通行止めになっていたことで、車やらトラックの運転手から「ばっきゃろ、ぶっ殺されてーかー!」などと罵倒を浴びながら、俺たちは逃げるように宇宙船を飛ばすと、一番最寄りのカリストの出入り口である第六ステーションへと向かった。
そのせいでタイタンに輸送して売りさばく品などを載せ損ねたが――元は社長だか会長だかが海洋衛星カリストでバカンスするための船なので――たいした積載量もないためいいこととする。ちなみに、今はちょうど料金所を通過するために列に並んでいるところである。
「さてと、それじゃもうこの星にはもう用はないし、さっさと出発するか」
「ふふん。では、まず監獄衛星タイタンへと向かおうではないか」
「だめです」
反射的に否定した俺に対し、にやり、とリンが不敵な笑みを浮かべる。
「なに、妾はこれでも妓女見習いじゃからな。妓楼には顔が利く。うまくいけば街一番の美女と一夜を共にできるやもしれんぞ?」
「――詳しく」
ずい、と操縦席から体を乗りだすと、俺は真剣な眼差しでリンを見つめる。
「おぬしの好きそうな年上の巨乳お姉さんなど、妾の娼館にいくらでもおるが、しかしそういう妓女はすべからく一見様お断りでな。会うにはコネが必要になるんじゃよ」
「ごほん、それはどのくらいのお金が必要に……」
「だいたい、一回お茶をするだけで一万エーテルくらいかのぅ」
「ぶっふぉ……!?」
「だから言っておろう。妾にこのコートを買ってくれた礼があると。受けた恩には報いるべきことくらい、妾も知っておる」
「つまり、その一万エーテルのコートのお礼に、年上巨乳お姉さんとエッチさせてくれると?」
「ああ」
こいつにそんな権限があるのかよ。
などと疑いつつも、俺の心はすっかり土星圏に魅入られていた。
「ちぇっ、仕方ねぇな」
「鼻血出ておるぞ」
「……ぐずっ、言っておくが、用が済んだら爆速で地球に向かうからな」
「その前に火星に寄ってほしいですわ!」
「あらあら、月にも寄ってほしいのですが」
「だ~~~~っ!! もう、わ――ったよ! ぜんぶ寄るよ!」
鼻血をティッシュで拭った俺が頭を掻きむしりながらそう言うと、三人は満足そうに頷くのだった。
いよいよ列も前へと進んでいき、料金所を通過するとき、シャロンがふと何かを思い出したようにして口を開いた。
「そういえば、風の噂で、この星系に元オリハルコン級傭兵が来るって聞いたことがありますわ?」
「オリハルコン……あの八人しかいないやつか⁉ ……いや、元ってことは今は違う?」
「それが不思議なことに自分の戸籍を抹消したらしくて、すべての財産と権利を放棄してしばらくもぐりの傭兵として活動したのちに、また一からアイアンとして活動してるらしいですわ」
「はぁ?」
「噂によると、未開拓星系探索隊に志願するためとかでしてよ?」
「なんじゃそりゃ。そいつバカだろ。俺はお金と権力大好きマンだから、絶対に手に入れたものは手放さないね。将来、俺は札束のプールでバタフライするし、手に入れた権力で巨乳の美人秘書のパンツめくりながら死んでいきたい」
「うーわ、おぬし如何にも老害になりそうな発言じゃな」
「あらあら、将来、毒牙にかかる女性がいないよう、ここで去勢してしまいましょうか」
非難轟々《ひなんごうごう》の声が上がるが、俺は決して自分のした発言は曲げない信念の持ち主なのだ。いくら非難されようと、俺の夢の果て(笑)は変わることはないだろう。
「んじゃ、そろそろハイパードライブ起動するから、しっかりつかまっててくれ」
「うぃ!」
「はい♪」
「ですわ!」
原子炉がしっかりと稼働し、電力を各種電源へと供給していく。料金所を出れば、後は無限の虚無が広がる宇宙が待っている。俺は舵を土星の方へと向けると、『ジャンプ可能』というシステムメッセージに従ってレバーを引くのだった。
「さァ、行くぞ。監獄衛星タイタンへ!」
その瞬間、周囲の景色が歪んでいき、星々が放射線状に後ろへと引き伸ばされていく。ドォン――と衝撃音が走ると同時に、宇宙船はハイパースペースへと突入するのだった。青白い渦の中を宇宙船が航行していく。かなり旧式のハイパードライブだが――性能差で所要時間が変わるものの――だいたい五時間もあれば着くだろう。
自動操縦モードなことをいいことに、俺が大きく背伸びしていると、リンがガサゴソとビニール袋を漁る音が聞こえてくる。
「妾、腹でも減るかと思って弁当を買っておいたんじゃが、食うか?」
「ん……おお、気が利くな。さっきのカフェで買ったのか?」
「はい。私がマネーパスを預かったままだったので、そのお金を使いました」
「ちょうど腹減ってたんだよな~、シャロンも食べるか?」
「わたくしは後で食べますわ――!」
「了解。じゃ、俺は先に食べさせてもらおうかな」
俺は操縦席を回転させて後ろを向くと、座ったままリンの取り出す弁当からひとつ選び、使い捨てのフォークを手にとる。開けてみると、ハンバーグがドンと中央に鎮座しており、カットされた人参っぽい野菜とじゃが芋っぽい何かが添えられていてめちゃくちゃ旨そうだ。
「こりゃ駅弁……というより、機内食みたいだな」
「ほぅ、妾はこの海鮮丼とやらにするぞ」
俺とリンがそれぞれ弁当に手をつけると、もぐもぐと口の中に広がる人工的な肉の味に俺は釈然としない顔をする。
「ふぅん、ほぉ、これが培養肉ねぇ。……なんというか、うーん、いまいちパッとしない味というか。ソースの味しかしなくね」
ラベルの原材料名には培養肉と書いてあるので、これが庶民が食べるこの宇宙でのオーソドックスな食材なのだろう。これならファミレスのハンバーグの方がぶっちゃけ旨い。
「なぁ、妾のも食べてみないか? そっちのハンバーグと交換したいのぅ」
「ん? おー、いいぞ。海鮮丼か、旨そうだな。シャロンはどうする? 一口食べるか?」
「わたくし、弁当を交換するなんて貧乏くさいことしたことありませんのよ――!」
「ああ、そっすか……って、取り過ぎだバカ! そんならそっちの刺身をもっとヨ・コ・セ!」
ハンバーグの半分ほどがごっそりと消えたところで、俺はリンの海鮮丼の刺身を強奪しにかかる。互いの弁当を取り合い、フォークに突き刺した戦利品をぱくりと口の中に放り込む。海鮮丼の刺身はマグロか何かなのか、舌の上で油がとろりと溶け、何度か食べたことのある大トロを彷彿とさせるものだった。
「ほぉー、大トロみたいで旨いな。これなんの魚なんだ?」
俺は刺身を堪能しながら、原材料が書かれたラベルを横目で見る。
そこには宇宙汎用語で『バラムツ亜種』と書かれていた。さらに小さな文字で【肉食魚人専用】と書かれている。……ん、バラムツ? しかも亜種ってなんだ? どこかで聞いたことのある単語だなと思ったものの、このときの俺はさして気にすることはなかった。
しかし、直後、俺とリンの腹がぎゅるぎゅるぎゅる――と悲鳴を上げる。
瞬間、急激に便意が肛門へと向かうのを感じ、俺は顔から血の気が引くのを感じた。
「お、おい、この刺身――」
リンもまた顔をこれ以上ないほど青ざめさせ、俺の顔を見ていた。
「な、なんか猛烈に腹が痛い気がするんじゃが……」
「お、おーい、メロえも~ん。ちょっと、調べてくれないか……」
「あらあら、バラムツですね。この魚はおもに深海に生息し、スズキ目サバ亜目クロタチカマス科バラムツ属に分類され、類人猿には消化不可能な油を持つことで知られています。亜種は進化促進剤を使った生物であることを意味していますね。どちらにせよ、食べるとお尻の穴から油が――」
弁当のラベルを見たメロウが、淡々と説明を続ける。
そうだ。バラムツ。聞いたことがある。たしか、食べるとケツから油が止まらなくなる魚だったはず。俺は生まれたての小鹿のような足で立ち上がると、我先にとトイレへと向かおうとする。
「お、おい……なーんでこんなの買っちゃったのかな?」
「わ、妾、刺身とやらを食べてみたかったんじゃが、もしや腐っていたとかかのぅ……」
「あのな、腐ってる腐ってない以前に、人間用じゃないって書いてあるぅア――!?」
俺の腹部に激痛が走り、思わずへそを押さえる。
その瞬間、俺たちは互いを邪魔しながら走りだした。
「どけっ、クソガキこらっ! 船長命令だっ! お前なんぞが漏らすより、俺が漏らす方がよっぽど社会的損失ぐぁア――!」
「黙らんかアホたれ! 妾だって一端のレディなんじゃぞ! 漏らせばその権威ぐァあ――!?」
「テメーのクソカス一万エーテルのコート買ってやっただろ。我慢しろ、バァカ!」
「うるさいんじゃ! レディファーストという言葉があるじゃろ! こういうときは男側が我慢するのが普通でぇひゃあ!?」
俺とリンは互いを壁際に突き飛ばし、ケツ穴から油が出そうになるのを手で押さえながら、ついにトイレの扉の前にたどり着く。
「アッ、鼻の穴に指つっこんでくんじゃねぇ!」
「ぬお!? おぬし、どこ触ってるんじゃ!?」
「はい、かかったな、俺の勝ちぃ! せいぜい漏らしてな、バカめ!」
「あっ!」
そうして、俺はトイレの中に駆け込んだ。
ガチャリと鍵を閉め、完全にクソガキを外に締め出す。トイレの扉をブチ切れた猿のように叩くリンをよそに、俺はゆったり夢見心地で排泄作業へと取りかかるのだった。
『んあぁぁぁあ!! はようトイレから出てくれぇぇぇ!! も、漏れるぅぅぅうう!!』
(おわり)
あとがき。
これで第1章は終わりだぜ!
ここからはブックマークと★評価くれくれの時間だぜ!
そういうのきちーってやつは飛ばしてくれていいんだぜ!
第2章で監獄衛星タイタン編
第3章で火星首都メリディアニ編
第4章で月面都市プラトン編を予定しています。
第1章はリン、メロウ、シャロンと出会う――いわば起承転結の「起」の部分だけを集めた章なので、第2,3,4章で彼らの過去やジレンマを深掘りできたらなと思っています。おそらく、第4章で第一部完といったところでしょうか。
それと、第2章はめっちゃ頑張ったらエピローグまで毎日一話投稿できるかもしれません(全35話を予定)……いや、無理そう。他の作品を同時並行で書いているせいで、まだ21話までしか書けてない(泣
加えて、第2章は投稿時間が夕方の「18:10」に変更になります。すんません。
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