32_ネギラテ(もうお前ら船降りろ)
と、まあ、一悶着あったところで、俺たちはネオ・サントリーニ島に降りることにした。あの後、すぐにカリストの地方政府が緊急対策本部を設置し、迅速に破損した浮遊型タワーアレイを交換したことで異常気象も消滅。空模様も雲ひとつない快晴へと戻ったらしい。
依然としてシャロンの刺客からの攻撃は懸念事項だったものの、宇宙船のIDを変更し、シャロンに変装してもらうことで今のところ追跡を撒いている。
俺たちは深海魚のブロブフィッシュっぽい――というか、まんま首から上が魚の店主が営んでいるカフェに来ていた。俺がこの星に来て最初に聞き込みをした店である。
「…………」
「…………」
「うふふ……」
「…………」
窓際のカウンターで、俺たちは背の高いスツール(*椅子の一種)に腰かけ、木星を眺めながらコーヒーを啜る。
ジュピター・ラテというらしく、大赤斑を模したラテアートが見事にミルクで描かれている。リンとシャロンはそれを「ずび」と啜り、一瞬でラテアートを歪ませながらも、その味に舌鼓を打っている。だが――
「なぁにこれぇ?」
なぜか、俺のアイスコーヒーにだけ緑色の刻んだ物体が山盛りになっていたのだ。ラテアートはおろか、氷の下にまた別の緑色の物体がぎっしりと詰まっており、プラスチック容器の中が緑色と茶色が混ざってわけわからんことになっている。
緑色の物体、それはネギだった。俺の声を聞きつけて店主がやってくる。
「なんで俺のコーヒーにだけ……ネギ? が大量に入ってるんだ?」
「『スカリオン・ラテ』、通称ネギラテだ。ゲテモノ系の飲み物でもこれは結構マニアが多いらしくてな。うちでも置くことにしたんだが、いかんせんこの星じゃ受けが悪くて……ほら、魚人にネギって毒だろ? だから、お前がこの店始まって以来、最初に頼んだやつなんだが……」
ブロブフィッシュの店主が説明するなか、俺は一口啜り、そのあまりのネギ臭さに舌を出す。
「ヴォエ⁉ 青くせぇ……」
「飲み残しは罰金だからな。気をつけろよ~」
店主がカウンターに去っていくなか、ふと、隣でふつうのカプチーノを飲むリンが気になり、話しかけてみる。
「なぁ、リン。悪いんだが、交換してもらうことって……」
「嫌じゃ。もっと媚びへつらい、妾をもっと尊敬すれば考えてやらんこともないぞ」
「リ、リン様ー……どうか、交換していただけませんでしょうかァ?」
「うむ、いいじゃろう」
俺が作り笑顔で商人のように手を揉みながらそう言うと、意外とすんなりと交換してくれる。……あーあ、名前がかっこいいからって頼むんじゃなかったよ。ウィンナーコーヒーを本当にコーヒーに焼いたウィンナーを突っ込んだやつだと勘違いしてた頃から何ひとつ進歩してないよな、俺って。
リンは意外とそういうゲテモノに耐性があるらしく、シャクシャクとネギを咀嚼しながらラテを飲んでいく。あとで口臭がネギ臭くなるだろうが……ぷぷ、黙っておこう。
「…………」
俺は飲みかけのカプチーノに口をつけると、ラテアートとして崩れかけていた木星を一瞬で消滅させる。……うん、うまい。実家にもエスプレッソマシンはあったが、やはり家で飲むのと店で飲むのとでは味が違う気がする。バカ舌だから分からんけど。
「これ、飲み終わったらどうするんじゃ?」
「んー、シャロンの金貨をエーテルに変えたいのと、何より金が欲しいな。サクッと稼げる依頼とかあればいいんだが……」
「それなら、荷物運びの依頼はどうじゃ? タイタンは常に物資が不足しておるから、そこに輸入代行でもやれば一石二鳥だと思うぞ?」
「確かになー。暇があったら行ってみるのもいいかもな」
なんだろう。
絶妙に会話がずれているような気がする。嫌な予感がしたものの、俺はカプチーノを飲み干すと立ち上がった。
「んじゃ、そういうことなんで、俺たちはここで解散ということで……」
「む?」
「あら?」
「ですわ?」
キョトンとした顔を浮かべる三人に、俺は「いやいや」と苦笑する。
「ん? 俺がいつ、お前らの行きたい星に連れて行ってやるなんて言った? ここまではなし崩し的に同行を許してやってたが、ここから先は別料金なんだが?」
「むむ?」
「あらあら?」
「は~ですわ?」
口々に文句を垂れる三人。
だが、俺が本気で言っていると分かった瞬間、その視線が鋭くなる。
「今ここで妾を船から降ろせば、一週間以内にとんでもない規模の災厄がやってくるぞ? それでもいいのか?」
「うっ……」
こ、こいつ――、呪いのメールみたいな脅しをかけてきやがった。たしかに、こいつの言う瘴気とやらが当たった以上、ここで置いていけばどんな不幸が訪れるか分からない。だが、だからといってタイタンに寄り道するのは……。
「ちなみに、今週はカリストとタイタンが最も近づく週じゃから、ちょっと妾の妹の安否を確認して行って帰ってくるだけでいいぞ。たぶん日帰りコースじゃと思う」
「チッ、しょーがねーな。お前は船から降りなくてヨシ」
現場猫のように俺はそう言うと、隣に座るメロウを見る。
メロウは「あらあら」と自分の頬に手をあてながら、糸目でにこにこと笑みを浮かべている。
「ちなみに、私の陽電子頭脳はあらゆるものをハッキングすることができます。大抵のネットワークはもちろんのこと、ご主人様の情報端末の検索履歴も覗けます」
「つまり?」
「私を降ろせば、クソオスご主人様の検索履歴を全宇宙に放流します」
「あっあっ、それだけはやめてください。ごめんなさい、俺が悪かったです」
平謝りする俺に、メロウはにこやかに「はい」とだけ答え、当然のように船に残る意志を伝えてくる。
さすがに検索履歴放出はまずい。
いや、見られて困るようなもの検索してないけどな! 検索してないんだけどな!
続けて、俺はシャロンに目を向ける。
金髪縦ロール成金令嬢ことシャロンは、パッと羽付きの扇子を広げるとそれで口元を隠しながら高らかに笑った。
「だいたい、あの宇宙船はアルトマン・エレクトロニクス社のもので、パスキーもわたくしが持っていますのよ? それを持ち逃げするなんて、いっそのことあなたが降りるべきではなくて?」
「うぐっ……」
禁止カードで殴られた俺は、思わず言葉を詰まらせる。
たしかにあの原子力宇宙船はシャロンがいなければ動かない。かといって、新しく宇宙船をレンタルするというのも金の無駄でしかない。俺は目元に深い隈をつくりながら、ジトっと三人に視線を向ける。
「お前ら、そんなに俺の……じゃないけど、宇宙船に乗りたいのか?」
「うむ」
「はい」
「ですわ!」
「どうしてもか? いいんだぞ、やっぱり嫌ですとか言っても。お前らの行きたい星に行く航空チケットくらいとってやるし、なんなら金だっていくらか渡して……」
「嫌じゃ」
「嫌です」
「嫌ですのよ――!」
はっきりとそう言われてしまえば、もう俺から言うことは何もあるまい。
俺はがくりと項垂れると「ずび」とカプチーノを啜った。そのとき、背後に誰かが立つ気配がして、俺は首を後ろに向けて振り返る。
『青年、久しいな。といっても、一日ぶりなわけだが』
そこにいたのは、あの六本腕のサイボーグことジェンガだった。
そばには狼のような獣人ノルンに、ピンク髪のメンヘラAIユニが立っている。
「おお、ジェンガか。情報屋に宇宙船のID変更してもらったの、助かったよ。おかげで追手を撒けそうだ」
『なに、こんなのは気休め程度でしかない。本気で雲隠れしたいのなら、早々にこの星系を出立することをお勧めするがね』
「あらあら、こちらの方々は?」
「ですわ?」
「ああ、そうか。メロウとシャロンは会ってなかったな。紹介するよ。この六本腕のサイボーグがジェンガで、こっちの獣人がノルン、ピンク髪の子がユニだ。俺がこの星に来たときに色々と教えてくれたんだよ」
「やっほー、初めまして~」
「ふん」
***
「あらあら、そんな経緯が……」
「なるほど、漂流とは運がなかったですわね」
俺がこの星に降り立ったときの経緯、それからジェンガたちに良くしてもらったことを話すと、メロウとシャロンは納得したように頷いた。
「それで、いま俺の船から降りるやつがいないか話してたわけだが……降りたくないやつばっかでな。悲しいことに、俺はこいつらの行きたい星に連れていく必要があるらしい」
『ははは、パーティメンバーというのは基本選べない。だいたいが縁というやつで決まるからな。無理にでも降ろせばそれだけ遺恨が残る。諦めて同行させるのが吉だぞ、青年』
「トホホ……」
俺は地球へ行くのがどんどん先送りにされることに、思わずほろりと涙を流す。
そんな俺の反応に同情でもしたのか、ジェンガが老人のような言い方で忠告をしてくる。
『この世界で傭兵をするにあたって、ひとつ助言をしといてやろう』
「…………」
『楽しむことだ。これからお前さんは幾万もの人々と出会い、別れ、様々な経験を積んでいくだろう。時には心が擦れることもあるかもしれない。だが、何事も楽しむ余裕があればどんな障害も乗り越えられる。……ま、お前さんはすでに心配いらないだろうがな』
「…………? なんか辛気くさいアドバイスだけど、ありがたく受け取っておくよ」
『それに、人数が多ければそれだけ賑やかになる。どうだ、いっそのこと全員妾にしてファミリーでも作ったら……』
「あ?」
「はい?」
「ですわ?」
一瞬にして絶対零度の視線が三つ、俺とジェンガをぶすりと突き刺す。
体の発育がまだまだなクソガキに、体内に男性器を刈り取る高周波ミキサーを内臓したセクサロイド、イーロン・マスクの子孫であり大企業の没落令嬢だぞ。こんなやつらと結婚? 冗談じゃないね。
俺たちがそういう関係にはならないだろうことを察したのか、ジェンガはたぶん金属板の皮膚でなければ冷や汗をかいていたであろう沈黙をした後に、ようやく口を開く。
『と、とにもかくにも、お前さんの傭兵家業が軌道に乗ったようでよかったよ。これでお前さんも一人前の傭兵だな』
「ああ、そうだといいな」
俺はカプチーノを飲みきり、そこで窓から見える木星に目をやる。
圧倒的なブラウン色の存在感は今日も変わらず、白い建物群が島の斜面を覆い、藍色の海、雲ひとつない水色の空がどこまでも広がっている。
『そういえば、表に見慣れない宇宙船が停まっていたのだが、駐禁を切られそうになっていたな。初めて見る宇宙船だった。白いクラシックな外装に、高級感の漂うフォルム。博物館に展示されていてもおかしくない船だったが……』
「…………ぶふぅ! げぇ~~~~!?」
「うわ、なんじゃ口からコーヒーを滝のように吐き出しおって!? 汚いのぅ……!」
だばだばと口からコーヒーをこぼしながら、俺は急いで席からガタッと立ち上がる。
思えばたしかに、さっきから車のクラクションの音が聞こえる気がする。通報でもされていればまずいことになる。
「それ、俺の宇宙船だよ! あ、いや、正確には俺のではないんだが……とにかく、駐禁を切られるのはまずい! くそっ、駐機代をケチって駐禁なんぞ切られてたまるか! 急ぐぞ、お前ら!!」
「あっ、待つのじゃ! まだ飲み終わってなくての!」
「あらあら、せっかちはいけませんね」
「わたくしも急ぎますわ――!」
急いで荷物をまとめ、俺たちは店から出ようとする。
その背中にジェンガが言葉を投げかけてくる。
『では、オレたちとはここでお別れだな』
「ああ、そうみたいだ。また会えるといいな! それじゃ!!」
「またねー」
「ふん」
ノルンが手を振って、ユニがそっぽを向く。
そんなジェンガたちを店に残して俺たちは表へと転がり出るのだった。
***
『また会えれば……か。存外、この宇宙は広いようで狭いからな』
「よかったの? 案外、あっさりと別れちゃったけど」
「あの装備のこと、まだ何も知れてないのに……いっそのこと奪っちゃえば……」
『いや、いい。過ぎた力は良くないものを呼び寄せる。彼らの行く道は前途多難だろうが、オレたちは陰ながらそれを応援するだけだ。彼らが未開拓星系に足を運ぶことがあれば、また会う機会もあるかもしれないがな。……さぁ、オレたちも何か頼もう』
メニュー表に目を通しはじめるジェンガに、ノルンがにまにまと笑い、ユニが仏頂面でフラペチーノを注文するのだった。
ちなみに一人称オレとか言ってますがジェンガの性別は女です。そうしないとハーレムパーティになっちゃうからね。仕方ないね。
用語。
ウィンナーコーヒー……濃いめのコーヒーの上にホイップクリームを浮かべたもの。名前の由来はオーストリアの首都ウィーンで「ウィーン風」という意味。




