30_カンフーテック(太極拳も混ざってます)
「それにしても、あなた、すこし弱すぎではなくて? 装備と実力が乖離してますわよ?」
「うぐっ……」
ぐぅの根も出ない。
そう言われるのも仕方ないだろう。現にさっきの戦いにおいて俺は何の役にも立っていなかった。この成金令嬢の命を狙う刺客と戦う必要がなかった、というのは言い訳だろう。
「ほ、本気を出してなかっただけだ。俺は別に命狙われてなかったしな」
「あら、男ならミニガンの弾幕くらい余裕で避けて、困っている令嬢を片手で助けられるくらいの技量があってこそ漢なのではなくて?」
「そうじゃぞ。妾も見ておったが、おぬしは単に執事のところに転がり込んだだけではないか。せっかく腰のなんとか砲があるのに使わんし、宝の持ち腐れじゃぞ」
「あらあら、オスはせめて女性の盾になるくらいでないと生きてる価値ありませんよ♪」
「いやぁ――、これはぁ、ちょっと威力が高すぎるしぃ、あの場面で使えばどんな被害が出るかぁ、分からなかったしぃ……」
目をバタフライのように泳がせながら、俺は腰の荷電粒子砲にそっと手をあてる。
「もし、火星にいる会長をぶっとばせたら、それ相応の謝礼金をたんまりと……それこそ一生遊んで暮らせるだけの金額を用意しますわよ?」
「ウホッ…………いや、チョット待て。それってつまりクーデター返しするってことだろ? すでに企業の経営権をその会長とやらに奪われてるのに、こっから挽回なんてまだできるのか?」
金に目が眩み危うくゴリラになりかけた俺だが、すぐにこの成金令嬢の目的がクーデター返しであることに冷や汗をかく。
俺の住んでいた現実世界ならば、たかが一企業の経営権を取り返そうとする社長令嬢のお家騒動くらいの報道しかされないだろうが、シャロンの言い方からして火星の首都を牛耳る大企業ときた。加えて会長が社長派閥を失脚させ、軒並み追放した後であればすでにクーデターは成功されており、ここからさらに挽回するのは難しいように思える。
「できるかできないかよりも、やるかやらないかがわたくしの座右の銘ですのよ! やろうと思えば何でもできると思いますわ――! お――ほっほ!」
こいつ、脳筋過ぎる。
縦ロールに削岩機ドリルを埋め込み、下乳に排熱機構を内臓するくらいだから、よっぽど脳みそにシワがないんだろうなと思っていたが想像以上だったらしい。
「あの爺さんも太陽系から脱出してほしいとか言ってたのに、いいのか? 火星に戻るってことは捕まる可能性も高くなるってことだぞ」
「構いませんわ――! もとより、なぜ、アルトマン・エレクトロニクスの正統な後継者であるわたくしが尻尾を巻いて逃げねばならないのか。ここまでセバスチャンの言われるがまま逃げてきましたが、それももう終わりにしますわ――!」
つまり大富豪(*カードゲームの一種)でいうところの革命返しをやろうとしているのだ、この成金令嬢は。なぜ社長派閥が失脚したのかは知る由もないが、それを手伝うことを考えると思わずげんなりする。
(絶対、捕まったら獄中死だよなぁ。連邦裁判所とかロクに機能してなさそうだし……ここはテキトーに話合わせておいて、火星に着いたらこいつだけ降ろしてトンズラすればいいか)
「オーケー、じゃあ地球に行く前に火星に寄るよ。その後のことは関与しない。それでいいな?」
「その前に……ですわ!」
シャロンがごそごそとこれまた懐――たぶん胸の谷間――から、白い装置のようなものを取り出す。一見すると銃っぽくも見えるが、持ち方からしてメディカル・ペン(医療器具)の類らしい。
「わたくし、カンフーもできない男を漢と認めたくありませんの。そ・こ・で、ここに液状のテックプリントがありますわ。スキルトレイナーに装填済みなので、あとは目に噴射するだけで小型のナノマシンが眼球経由で脳に技術を焼き入れますわ」
「ふ――ん、で、それどうするんだ?」
「使ってくださいまし?」
「や・だ・よ、そんな得体の知れないの。俺はピアス開けるのにも病院でやってもらう性分なんだ(開けたことないけど……)自分で勝手にやると腐ったりするだろ? ちゃんとしたとこじゃないとヤダ!」
「小心者じゃのう。妾も左右で白黒のピアスをつけておるが、五歳のときに自分で開けたぞ」
「あらあら、なんなら今ここで去勢もしてしまいましょうか」
三人が口々にテキトーなことを言っているが、要は外付けのインプラントの一種ってことだろ。やだよ、そんなのこんな場所で使ったら何が起こるか分からないじゃないか。
「ふ――んだ。俺は使わないからな!」
「まぁまぁ、我が社の技術の粋を集めた一品、ぜひ味わってくださいまし?」
「……は?」
残像が霞むレベルの速さでシャロンが近づいてきたと思いきや、次の瞬間、白い装置の銃口のようなものを俺の左目に向かってあて、ぷしゅ――と何かを噴射する。眼球をびちゃびちゃに濡らす勢いで噴霧された液体が、じゅわ――と音を立てて目の奥へと入り込んでいく。
「ぎゃあああああああ――――――!?」
目が染みる――ゥ!
なんだこれ、なんか眼球がシュワシュワしてる!? やばい、溶けてるこれ。絶対やばいって!!
目を押さえて床で転げまわりながら、俺は声帯が壊れんばかりに絶叫した。クマ撃退スプレーをゼロ距離で噴射されたような激痛に、よだれをまき散らして危うく脱糞しかける。
「あらあら、聞いたことはありますが、もしやメカデバイスではなく人間の脳を溶かすことで作られるバイオ・レリックですか? 秘密裏に開発している企業があるとは聞いていましたが、まさかこの目で見られるとは……」
「そう、これは歴代の武闘家が培ってきた格闘技術を外部に抽出したものですわ。3パーセントの確率で頭がパーになりますけれど、人工物である機械を脳に埋め込むよりも拒否反応が少なくて済みますわ!」
「いま頭がパーになるって言ったか? 言ったよな! ……おい、なんてもん使ってんだ下乳女ァ!」
しかし、しばらくすると痛みが引いていき、代わりに閉じていた瞼の裏に謎の映像のようなものが動き始める。
「あっあっあっ、なんか変な映像が流れ込んでくる。……ってなんだ、このオッサン!? なんか禿げたオッサンがいっぱい見える。……武闘家? の記憶が流れ込んでくるよぉ~? それも複数! 太極拳みたいなラジオ体操してるオッサンもしてるし、あっ……辛っ、激辛系の食べ物オレ苦手なんだよ。勘弁してよぉ~~」
やたらとリアルな禿げた武闘家のオッサンの記憶が頭の中に流れ込んでくる。
標高の高い寺みたいなところで少林寺拳法の型を繰り返している禿げたオッサンもいれば、上海みたいな街の裏路地で銃を持った敵をカンフーで制圧している禿げたオッサンもいる。めちゃくちゃ辛い麻婆豆腐をかきこむ禿げたオッサンもいれば、想い人よりもカンフーの道を選んだほろ苦い人生を歩む禿げたオッサンもいる。
彼らの食べている物の味が舌の上で踊り、苦悩がカンフーの技術とともに自分の中に堆積していくのが分かる。
「いま、あなたは三十六人ものカンフーや太極拳のマスターの人生の一部を疑似体験している状態ですわ。もうすこしすれば彼らの技術が自分のものになる感覚がしてくると思いますわよ?」
「お、おお……たしかに」
なんだか分からないが、何かが分かった気がする。
十三要點(*太極拳の十三個あるコツのこと)をじわじわと理解しはじめる。
沈肩墜肘、含胸抜背、氣沈丹田、虚靈頂勁、鬆腰胯、分虚實、上下相隨、用意不用力、内外相合、意氣相連、動中求靜、動靜合一、式式均匀。
その概念すべてが脳に染みわたり、全身の運動神経に癒着していく。
「ほぉぉぉぉ、あちょ、ちょちょちょちょ、あちゃ――!」
「うおっ、急に起き上がりおったぞ!?」
気づけば居ても立っても居られず、俺はガバ――と起き上がると脳内を駆け巡るイメージを再現しようとする。これは人工物であるナノマシンやメカデバイスといった機械の力を併用しての新たな格闘技術、いわば宇宙カンフーなんだ。
そう、頭に湧いたイメージ。それは言うなれば極限まで体を脱力させながら、突き出した腕から手のひらにめがけて接触と同時に全身の力を爆発させるようなイメージが――。
「…………」
「…………」
「な、なんだよ……別に見せびらかしたりしねーよ?」
「なぁんだ、てっきり演舞でも見せてくれるのかと思ったんじゃがのぅ」
寸前で、俺はそのイメージを再現することをやめた。
めちゃくちゃ威力がありそうだし、こんな狭い場所で使えばヤバそうだしね。……けっ、見世物じゃねぇぞ、散れ散れ。
「どうやら、頭がパーにならずに済んだようですわね?」
「ほんとだよ、勝手に俺に使いやがって!」
「あらあら、元々ぱっぱらぱーなのですから、今さらパーになったところで変わらないのでは?」
「そうじゃぞ。おぬしは元からパー寄りのプー太郎なんじゃからな」
パーとかプーとかうるせぇよ。
こいつらマジで好き勝手なことばっか言いやがって。
……と、そのとき、プルプル――と情報端末に着信が入る。
操縦室のモニターに繋げて出ると、見知った六本腕のサイボーグが画面に現れる。
「おお、ジェンガか。こんな時間に連絡してきてどうしたんだ?」
『なに、また情報屋から連絡があってな。件の賞金首の脱獄犯がまた脱走したらしい。いま、現地の囚人護送艇を奪って逃走中だ。……おや、見たところ、そっちの方が座標が近いな。すぐ下の浮遊型タワーアレイ群のところにいるらしい。そうだな。この際だ、この賞金首は青年きみが捕まえてくれ』
「おお……ってことは、譲ってくれるのか?」
『そういうことになるな。座標はちょうど輸送ポッドが着水したあたりのところだ。オレもいま向かっているから、早くしないと手柄を取られるぞ』
「なぬ!」
こうしてはいられない。
俺は軽くジェンガに礼をすると、操縦席に座って再び地上に降下すべく高度を落としていく。
「んじゃ、一旦、下に降りるぞ。みんな座ってくれ」
「アイヤー、準備万端じゃ!」
「あらあら、楽しみですね」
「賞金首をボコしに行きますわよ――!」
しばらくすると、快晴で雲ひとつないはずの衛星カリストの一部に、どんよりとした暗雲が立ち込めているエリアがあるのを確認する。台風が発生しつつあるのだ。やはり隕石群が落下したときに十何本か、浮遊型タワーアレイが壊れたのがまずかったらしい。
俺はさながらストームライダーのような気分で、嵐の中へと宇宙船を突入させていくのだった。




