28_執事死す(削岩機ドリル拳法ってなんすか)
「不覚……殺生を戒める慈悲の心につけ込まれました」
「そうですわね。セバスチャンがもっとしっかりしていれば、あの程度の刺客になど負けるはずありませんのに」
「私は確かにやつの全身の秘孔を破壊しました。ですが、破壊されて尚あの動き、只者ではありません。は、早くお逃げを……」
「そうはいかないぜぇ(わよォ)~~~~!!」
ふっとばされた刺客がいつのまにか立ち上がっており、ミニガンを携えて歩いてくる。全身青あざまみれだったが、懐から取り出したメディカルペンを首に刺すと、生き返ったとばかりに首を鳴らして口角を上げる。
「残念だったな。俺の体は特別製でよ、ちょっとやそっとの打撃じゃ破壊はされない。……私たち普通のひとの倍の数の人工臓器があるから。心臓をひとつ潰されたくらいじゃ死なないのよね」
よく見ると刺客もまた――人工臓器の影響か黄緑色に発光する――血を口の端から滴らせており、それは内臓がいくつか破壊されたことを意味していた。対し、シャロンは執事を床に寝かせると刺客と対峙する。
「よっぽど会長はわたくしのことを殺したいようですわね? 会長はわたくしのこと、なんと仰ってましたの?」
「おっと待った。俺たちは契約相手の情報はべらべらと喋らない主義なんだ。……そういうのは死んだあとで好きなだけ気にしてなさいな」
「どのみち、わたくしの執事を殺したこと、許しませんことよ!」
「まだ死んでませんが……」
死にかけの執事が呻くなか、俺は宇宙船のエアロックの扉からこっそりと顔を覗かせて状況を観察していた。……いや、わかるんだよ? お前も金髪縦ロール女の隣まで行けよと。けど、ミニガン相手に身を晒すなんて自殺行為だろ。
と、そのとき、シャロンが金髪縦ロールの根本をひっぱり、ぐっと手で握ると「抜拳!」と叫ぶ。ちょっと中二病みたいで笑いそうになるが、その瞬間、シャロンの縦ロールが回転していき、速度が増すにつれて髪が赤く発光しはじめる。高速回転するドリルと化した二つの縦ロールをギィン、ギィン――とぶつけ合い、刃を研ぐようにして威嚇する。
「駆け出しの傭兵さん、余裕があればそこの執事の応急処置をしてくださいな! わたくし、このモードに入ると暴走ぎみになってしまいますの。よろしくて?」
「わかった――! また今度な――!」
「今やればあとで謝礼金をたっぷり差し上げますわよ?」
「チッ、しゃあねーな」
数秒経ってから意を決して俺が飛び出した、直後、刺客が俺とシャロンの位置が重なった瞬間を狙ってミニガンをぶっ放してくる。上に飛んだシャロンはいいとして、シャロンの影で見えなかった俺は慌ててスライディングをすると銃弾がすぐ目の前を通過していく。
「うぉわ――――!?」
幸い、狙いはシャロンだけなのかミニガンを四方八方にぶちまける刺客をよそに、俺は緊急回避とばかりにダイブし、死にかけのゴキブリのように執事の元まで這っていく。
「お、おい、爺さん大丈夫か?」
「も、申し訳ありませんが、懐からメディカルペンを出して首に刺してはいただけませんか」
「これか。ほら、刺したぞ」
「これで、痛みは和らぎますな……とはいえ、手遅れでしょうが」
ゲホッと血を吐く執事に、俺は非難するような眼差しを向ける。
「おい、あんたのとこのお嬢様、ちょっとおかしいぞ。なんたってあんなお転婆なんだよ」
「お嬢様は本来であれば、アルトマン・エレクトロニクスを背負って立つお方なのです。しかし、会長からの嫌がらせは後を絶たず、そのストレスからお嬢様はよく非行に走り、習った拳法を殺人拳として昇華させるまでになりました」
「それが、あのヘンテコな真っ赤っかモードってか」
「はい、お嬢さまは削岩機ドリル拳法――火星でも屈指の使い手ですから。毎日のように喧嘩に明け暮れ、相手の返り血を頭から浴びる姿からついた異名は『デス・クリムゾン』。側頭部から生やした削岩ドリルに纏わせた髪は、毎分五千もの回転で相手を……!」
「喰らう! ですわ――――!!」
その瞬間、格納庫内を跳び回っていたシャロンがついにミニガンの弾幕を掻い潜り、刺客の土手っ腹めがけて両手に巻きつけたドリルを突き刺した。それだけでは終わらず、ドリルを超高速で回転させ、まるで岩か何かを掘るようにして胴体に穴をあけていく。
「な、なんて凄まじい回転音だ。これじゃあひとたまりも……、…………ん?」
「どるるるるるるる」
「…………」
「どぅるるるるるるるるるるる」
自分で回転音言ってんじゃねぇか。
「まぁ、毎分五千の回転数は嘘で、本当は三千くらいですが……それをばらすと怒るので執事の私は黙っておきます」
「セヴァスチャン!!」
とはいえ、刺客の腹に穴をあけたのは事実だ。
人間の内臓をミキサーにかけたらこんな感じ、というグロ画像もかくやという刺客の腹を見ながら、俺は勝ちを確信して安堵のため息を漏らす。
「だけど、もう勝ったんじゃないか、これは……」
「ふっふ――ん、さすがわたくし。一万人以上もの不良をぶちのめしてきただけありますわ――!」
「いえっ、まだです! お嬢様ッ!!」
直後、息も絶え絶えだった刺客が息を吹き返し、その四つの目がギラリと眼光を宿す。
「言っただろ? 俺の内臓は……二つあるって!」
「ッ! 上から来るぞ、気をつけろ!!」
それは抱擁。
死を内包するプレス機もかくやという抱擁が二本の腕によって迫りくる。
「せぁア――――!!」
だが、シャロンは刺客の顎を踵で蹴り上げると、そのまま黄緑色の返り血を頭から浴びながらドリルをさらに突き出すのだった。
やがて胴体に大穴があき、ついにドリルが貫通する。
「俺たちを倒すとはな。……ええ、見事だわ。お嬢さん」
刺客が呻き声を上げながら後ろへと倒れる。
内蔵がぶちまけられ、二つのうち潰されていない方の心臓の動きがしだいに弱まっていく。
「やりましたわ――! わたくし、殺し屋を撃退しましたわ――!」
刺客の機械っぽい大腸だか小腸だかを首に巻きながら、シャロンが黄緑色の血でずぶ濡れの状態で勝利の雄叫びをあげると、ぺぇズリ穴から見える下乳の皮膚が「パカッ!」と開き、ぶしゅう――と蒸気が吐き出される。
何を言ってるか分からないと思うが、たぶん彼女の下乳には排熱機構が内臓されているのだと思う。
また、二面相の殺し屋に二倍の数の内臓があるというのは本当らしく、あたり一面黄緑色の血の海のなかで色々な機械の肉片やら、金属の骨片やらが散らばっている。
「おいおい、なんか下乳から蒸気出てるぞ。機関車トーマスじゃないんだからサ……」
「がはっ……お見事です、お嬢様……」
「はっ、そうでしたわ。セバスチャンが瀕死なのでしたわ。早く手当てをしないと……!」
黄緑色の血でまみれたシャロンが縦ロールを元の位置に戻すと、素早く走って瀕死の執事のところまでやってくる。しかし、背骨を折られ、全身をプレスされた執事はもはや助かりそうもなく、わずかな寿命と血を吐くのみであった。
「お嬢様、すぐそこまで追手が迫っております。早く、お逃げを……」
「セバスチャンを置いてはいけませんわ。それに、医療ポッドがあれば助かりますわ」
「お嬢様」
執事が血で汚れた手でぐっとシャロンの手を握ると、爛々と灯る眼光を携えながらシャロンの目を直視する。
「いいのです。私の治療をするために奔走すれば、それだけ追手に嗅ぎつかれる可能性が高くなります。ここは私を置いて、お逃げください」
「それはできませんわ。セバスチャンはわたくしの執事であり、小さい頃から傍にいてくれたでしょう。こんなところで置いていくなんて、わたくしには……」
「そうですか。では――」
その瞬間、手刀で自らの頸動脈を切った執事に、俺とシャロンは目を丸くする。
「ええ、何やってんの……この爺さん」
否、ドン引きである。
この時代、致命傷でもメディカルペンを刺し、医療ポッドにぶちこんでおけば癌だろうが半身不随だろうが助かるらしいのだ。それなのに自害を選んだ執事に、俺は何とも言えない気分になる。
「もはや死に体の老人など不要。あなた様には逃げ延びて我が社の再興を担うという責務があります故、どうか御身を大事に生き永らえてくだされ」
「セバスチャン……」
かひゅー、かひゅーと執事の切れた頸動脈から息が漏れるなか……直後、格納庫の天井に振動が走る。なんだと思い上を見上げると、ちょうど何者かによって格納庫の天井が爆破されているらしく、一部崩落したのか鉄骨が降ってくる。
「危ねぇ……!」
俺が寸でのところでシャロンをひっぱると、ちょうど俺たちと執事との間に瓦礫が山積みになる。爆破といっても計画的な爆発というより、手榴弾やロケットランチャーをぶち込んだことによる単なる爆発なのだが、いずれにせよ格納庫が完全に崩落するのも時間の問題のように思えた。
「セバスチャン、セバスチャン! 待ってくださいまし、セバスチャンを置いていくわけには!」
「ばっか、もう崩落は始まってんだ! もう助けられない!」
次々と火のついた建材や鉄骨が降ってくる。
俺はシャロンを強引に宇宙船の中に押し込むと、メロウに発進の指示を出す。
「メロウ! 天井に向かってタレットを掃射してくれ! そこから脱出するぞ!」
直後、ぶわりと浮いた宇宙船が頭上に向かってタレットを撃ち、なかば強引に天井から外に出た。シールドが削れる嫌な音が鳴るなか、血みどろのシャロンは呆然としたまま床にぺたんと座り込んでいた。
遠ざかる水上都市ニュクティモスの街並みを小窓から確認していると、シャロンがぽつりと呟く。
「わたくし、決めましたわ」
「…………」
「セバスチャンの仇を討つため、火星に戻りますわ」
「…………」
「そこであの会長をぶちのめしますわ! わたくしの執事を殺したこと、絶対に許しませんわ――!」
どこから取り出したのか、羽付きの扇子をぱたぱたと扇ぎながら「おーほっほ!」と高笑いするシャロンに、俺はため息をつくのだった。
「また、俺のパーティに変なやつが増えた……」




