27_人狩り崩れ(二面相の殺し屋ですか)
『人狩り崩れ』というのは、公的機関である銀河警察機構を通しての依頼ではなく、地方政府や企業の要人が内密に雇う――非合法の殺し屋のことである。
基本的に賞金稼ぎなどが所属する傭兵ギルドのように、人狩りにも暗殺者ギルドなるものが存在し、そこを通しての依頼がほとんどである。……が、一部、ギルドに属さずフリーで活動する者を『賞金稼ぎ崩れ』や『人狩り崩れ』と呼ぶことがある。
特に人狩り崩れは、すでに賞金のかかっている凶悪な犯罪者を始末するのではなく、政敵や敵対組織の幹部といった賞金のかかっていない者を始末する際によく使われ、殺し屋を雇うとき公に誰が依頼主なのか知られたくないときに重宝される。
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「俺(私)はな、今から死体になるやつのケツ穴を全身に増やしてやるのが大好きなんだ。このミニガンを生きてるやつにゼロ距離でぶっ放しているときが一番生を実感する。……ああ、心配しないで、今からあなたにも増やしてあげるから」
その刺客は異様な見た目をしていた。
唇の真ん中を糸で縫い、頬をナイフか何かで耳元まで裂いて、口を左右二つに分けている。なおかつ、両サイドのこめかみにも義眼を埋め込み、眉毛を描き、顔を右と左で二面作っているのだ。なぜか右側の顔だけ女のように化粧をしているせいで、ピカソの絵のような印象も受ける。
「その一人称、その二重の声……あなた、多重人格者ですね? それも外付けの記憶……テックを吸引しすぎたことによる人格分裂でしょうか」
二面相の刺客の前で、執事が腰骨のあたりで手を重ね合わせ、待機姿勢をとる。
一見、無防備にも思えるその姿勢こそが、執事にとっての戦闘体勢だった。それに対し、二面相の刺客の左側の顔がケロイド状に裂けた口をぱくぱくと動かす。
「いんや、ちょいと違うかな。俺には殺し屋の妻がいたんだ。だが、ある日あいつがヘマしてな。助からないほどの怪我を負った。賢い俺はすぐに脳をスキャンさせて摘出して、俺の頭ん中に移植したんだ。そのときから俺たちは永遠に一緒になったんだ。……ああ、この顔が気になる? よく言うでしょ、女は右脳、男は左脳を使うって。だから私は右側なの」
「ほぅ、なんと面妖な……」
右と左、異なる人格が同じ体を共有している事実に、執事は内心すこしばかり驚くもさほど珍しいものでもないかと頭の中で割り切る。二面相はなおも反物質グレネードをちらつかせながら、宇宙船の方をミニガンの銃口で指をさす。
「二度は言わない。あの女を今すぐ出せ。……さもなくばこのグレネードを使いますよ」
「ハッタリですな。こんな場所でそれを使えば、あなた方もタダでは済まない。となれば……ああ、時間稼ぎが目的でしょうか」
「う――ん、お前、面白くないやつだな。……私、あいつ嫌いだわ」
「結構。あなた方のような人に好かれる気はありませんから」
直後、全身から闘気を纏いはじめる執事に、二面相の刺客がミニガンを構える。
「いざ、参ります――!」
***
「おお、すげぇ、反復横跳びみたいな動きでミニガンの弾避けてるぞ」
「あれは瞬歩、古武術の基本の技ですわ」
格納庫内で殺し屋と執事が戦っている。
俺たちは操縦室からそれを見下ろしながら、どうしたものかと頭を悩ませていた。
「おぬし、ちょっと加勢してきたらどうなんじゃ? 格闘技素人ってわけでもないんじゃろ?」
「無理無理無理、俺は近接戦闘あんま得意じゃないんだよ。殴る蹴るはできても、刺す殺すはちょっと……」
それに相手はガチの殺し屋だ。
俺みたいにゲームで魂のないNPC相手にプレイしてきたゲーマーではなく、人間の命を自らの手で奪ってきたやつだ。俺にはまだ……自分の手で人を殺す覚悟はない。とはいえ、いざとなれば撃たねばならないだろうが。
「今のうちに格納庫の屋根をブチ破って脱出するのはどうじゃ?」
「あらあら、それは無理でしょうね。この船にさっきのミニガンで撃たれながら鉄骨を破るだけのシールド耐久力があるとは思えません」
「では、この船の銃火器であの刺客に向かって一斉掃射するのはどうですの?」
「え――、あの執事の爺さん巻き込んでいいならできるけど、精密射撃しろとかは無理だぞ」
執事の老紳士が死闘を繰り広げるなか、俺たちは「うーん……」と頭を悩ませる。
どのみち、逃げようとしたり何かアクションを起こそうとすれば躊躇なく反物質グレネードを使ってくるだろうし、あの執事がどうにか刺客を格納庫の入口から退けてくれるのを待つしかない。
「ああ――! もう! このままでは埒が明きませんわ! 面倒なので、もうわたくしが倒してきますわ!!」
「いや、そうでもないみたいだぞ?」
その瞬間、ミニガンの弾幕をくぐり抜けた執事がすさまじい掌底の連打を繰り出す。鼻、顎、鎖骨、鳩尾、肋骨、肝臓、腎臓を的確に撃ち抜かれた刺客はなすすべなくその場で膝から崩れ落ち、戦いはあっけなく決着がつく。
「おお、とんでもない連打……」
「あらあら、あれはテックなしでは不可能ですね」
「もしや、やったかのぅ?」
執事がこれ以上の追撃は必要ないとばかりに礼をすると、くるっと振り返ってこちらに歩いてくる。誰が見ても執事が勝利したように見えた。だが――
「いや、まだだ! まだ終わってない!」
俺がふいに叫んだ直後、全身を砕かれたはずの刺客がまるで重力に逆らうかのような挙動で立ち上がると、振り返ろうとした執事に一瞬で抱きつく。そして――
――――――。
操縦室のフロントガラス越しにその音は届かなかったが、はっきりと聞こえた気がした。
執事の年老いた骨が折れる音。まるでプレス機に圧し潰されるようにして執事の体がくの字に曲がる。さらに腕力だけで絞り上げられ、明らかに背骨がへし折れる。
「セバスチャン!!」
血相を変えて操縦室から飛び出していくシャロンに、俺も慌てて後を追う。
さすがに彼女ひとりで行かせるわけにはいかない。そう思ってのことだったが、シャロンは格納庫に降りるや否や、踏み込んだ足が床材を割るほどのスピードで刺客と執事の元へと疾駆していく。
「せいァ――――!!」
その瞬間、刺客の顎を撃ち抜くほどの掌底が刺さり、執事だけをその場に残して刺客がぶっとんでいく。崩れ落ちる執事をシャロンが抱きかかえると、執事は虚ろな目で天井を見上げながら血を吐くのだった。




