25_シャロン・アルトマン(没落令嬢ですわぁ――!)
「うわああああああ!? 俺の船―――――ッッッッ!!」
チュドーンと爆発が起き、黒煙がもうもうと膨れ上がるなか、違約金、任意保険未加入、火災……色んな単語が頭の中で渦を巻き、俺は今しがた起こった現実を拒絶するようにして泣き叫ぶ。
「おおー、すごい爆発じゃのぅ。木っ端みじんになりおった。装甲の継ぎ目にでも当たったのかのぅ?」
「あらあら。一応、ジェネレーターの緊急停止装置が働いたみたいですね。エンジンが動いていたら今頃ニュクティモスは消失してたでしょうから」
「俺の船、俺の船が……」
後ろでリンとメロウが他人事のように爆発を眺めている。
分かってんのか。分かってんのか? 宇宙船がなければ依頼をこなすどころか、ここ水上都市ニュクティモスから出るにも旅客機に乗る必要があるんだぞ。しかも、三人分のチケットともなればどれだけの金がかかると思って――
「舐めんなァ――――!!」
「な、なにをするんじゃ、おぬし……や、やめ――」
「どりゃぁぁあああ――――!!」
「ぬォォォォおおおお!?」
俺はリンの高級コートの襟を掴むと、そのまま力任せに下方向にびりびり――と全体重をかけて破く。五十万円相当の高級コートがものの見事に襟から裾にかけて生地が裂け、リンが悲鳴をあげる。
「な、な、なんてことするんじゃ、おぬし!? せっかくのコートが!!」
「テメエ――! もぐもぐ……よくも俺の宇宙船をぶっ壊しやがったなぁぁぁ!!」
俺は怒りのあまり自分の舌を嚙みちぎらないよう、引き千切ったコートの布切れを自分の口に突っ込んでもしゃもしゃと咀嚼しながら、今しがたロケットランチャーをぶっぱなした魚人男の胸ぐらを掴み、思いきり股間を膝で蹴り上げる。
「な、なんだお前……!? ゴフッ…………」
「おらぁぁぁああああ!!」
ごしゃッ――と何かが潰れる音が響き、白目をぐるんと剥いた魚人男が地面に倒れる。どうやら魚人にも金玉があるらしい。食ったら白子みたいな味がするんだろうか。
「そうだ、こいつ賞金首なんだってな? なら、こいつを警察に突き出してその金をもらえばいい。せいぜい違約金の足しにはなるだろ」
生地をぺっと吐きだした俺はギロッと魚人男の仲間らしき青年を睨むも、すでに老紳士によって取り押さえられたところらしく、本日何度目かの溜飲を下げる。……と、そのとき、ようやく港湾局の警備員がやってくる。
「こいつ、賞金かかってます。捕まえたんで、賞金プリーズ」
魚人男の首根っこを掴んで港湾の人間に手渡すと、顔認証から身元が割れたらしく、すぐにその場で賞金が振り込まれる。金髪縦ロール女が事情を説明してくれたこともあってか、運び屋の魚人ふたりが連行されていく。
俺はそれを眺めながら、ふいに襲ってきた虚無感に項垂れるのだった。
「はぁ、船……借り物なのに、レンタルしたばっかなのに……」
***
「どーしよ、俺の船なくなっちゃったよ」
波風のほとんどない港で、俺は岸壁に設置してあるボラード(船が繋留するときロープをかける杭)に腰かけながら、水平線から顔を出している木星をひとり眺める。遠くを見つめるとはこういうことを言うのだろう。
こことは別の隣の埠頭で係留していた大型の旅客船が、汽笛をボォ――と鳴らしながら出航する。頭上をカモメが数羽飛んでいる。
「ご主人様……一応、コートに関しては糸と針があれば直せそうです。ちょっと不格好にはなるでしょうが直せなくはない範囲かと」
「そうじゃぞ。反省しろ、まったく……何をいきなりコートの生地なぞ食っとるんじゃ。ついに頭がおかしくなったのかと思ったぞ」
「トホホ……俺の人生お先真っ暗だ」
また宇宙船を借りるにしても、まだ一日も経っていないうちに大破させて次の船を借りるというのはどうなのだろうか。いくら保険がかかっていて、違約金を払うだけで済むとはいえ、これでまた借金が増えたことに俺は嘆いていると――
「ちょっと、そこのあなた。すこし時間を頂いてもよろしくて?」
さっきの金髪縦ロール女が話しかけてくる。
老紳士の執事を従えながら、女は埠頭の端に立つと、羽のついた扇子をパッと広げる。
「わたくし、実はこの星系から脱出させてくれるひとを募集中ですの。連絡をとっていた運び屋は見当たらないし、そろそろ追手も来そうで困ってたんですわ!」
「ふーん……あいにく、さっきの爆発で俺は自分の船を失ってな。運び屋を依頼すんならよそに行きな」
「あら、ちょうどよかったですわ! わたくし宇宙船は持っていても操縦はできなくて……ちょうど操縦できる方を探していましたの。あなた、その身なりからして傭兵でしょう? 宇宙船の運転くらいお茶の子さいさいなのではなくて?」
宇宙船。
その響きに、俺は意気消沈していた心に火が灯るのを感じた。
「なに、宇宙船はあんたが持ってんのか?」
「ええ、あくまでも所有権はアルトマン・エレクトロニクスですが、一応、パスキーはここにありますわ」
ほぉ〜ん。まぁ? そこまで言うならね。操縦しなくもないというか。操縦しないとこちらが悪くなるというか。
「けど、あんた誰だよ。まず、そこから聞かせてくれ」
「あら? そういえば言ってなかったですわね。ふふん、セバスチャン準備を――!」
「はっ! お嬢様――!!」
その瞬間、バッと空中に飛び上がった金髪縦ロール女の足を、中腰になった執事の膝の上に乗せ、足首を掴んで固定する。女が両手を横に広げ、いうなれば飛行機のポーズをとると声高に自己紹介を始めるのだった。
「わたくしの名はシャロン・アルトマン! かの火星首都メリディアニを牛耳るアルトマン・エレクトロニクスの現社長の一人娘であり、火星開発の父『イーロン・マスク』と人型アンドロイド開発の父『サム・アルトマン』の子孫ですわ――!」
「⁉」
俺はその言葉に思わず顎が外れそうになるほど驚いた。
いや、驚きすぎて実際変な顔をしてしまっているわけだが、そのふたりは俺がこの世界に放り込まれる前によくニュースで見ていた。かたや火星に人類を送った男であり、もう一方が人工知性の生みの親でありフルダイブ技術の父でもある。
「正確にはイーロンの子どもとサムの子どもが結婚して、その間に生まれた子孫が代々アルトマン・エレクトロニクスを経営してきたのですわ」
「す、すげ――。……って、そのふたりって死ぬほど仲悪かったような」
「そうですわね。生前は犬猿の仲だったと聞いていますわ。ですが、その子どもは別で仲が良く、結果的にひとつの大企業が誕生するまでに至ったのですわ」
「そんなすごい血筋のやつが、なんでまた太陽系から脱出したいんだよ」
「うっ……それは、まだ言えないですわ。身内に裏切られた、としか……」
「ふ――ん」
どうやら訳ありらしい。
「ま、とりあえずその宇宙船ってやつを見せてくれ。どこにあるんだ?」
「すぐそこにありますわ。十七番・格納庫ですのよ」
「んで、行き先は?」
「とりあえず……隣の……」
「プロキシマ・ケンタウリです、お嬢様」
「そ、そうですわ、その星系に向かってほしいですわ」
「あ――……」
それはまずい。
なぜなら、俺が行きたいのは地球であって太陽系脱出ではないのだ。
「今回はちょっと縁がなかったということで――……」
「傭兵どの、お待ちを。そう言わずにとりあえず宇宙船を見るだけでも」
「そうですわ――! 報酬は弾みますわよ――!」
「ちょっ……ああ、また連行されていくよォ~」
「ふふ、今のおぬし、まるで借りてきた猫のようじゃの」
「あらあら、いいことです。普段もこうならいいのですが」
俺は執事にほぼ連行される形で案内されるがまま、十七番・格納庫まで歩いていく。どうしたものかと俺が頭を悩ませていると、薄暗い格納庫に次の瞬間パッと明かりが点く。そこに静かに佇む宇宙船を見て、俺は感嘆する。
「これがわたくしの宇宙船『ORIGIN-900A-2』ですわ――!」




