20_渋滞(いいぞ、存分に漏らせ)
「はぁ――、やっと帰ってこれた」
超光速航行から出た衝撃でドォン――と宇宙船全体が震え、遠くに青い衛星が見えてきたことで、俺はやっと一息ついた。
一日二千エーテルのレンタル料で、収穫が三万エーテルとすれば、その差額二万八千エーテルが今回の報酬となる。純粋に280万円くらいの儲けだと考えると、それなりに稼げる方なのではなかろうか。
亜光速での航行により、カリストが凄まじい速さで近づいてくる。それと同時にカリストから宇宙に上がってきた船と、これから降下しようとしている船が周囲を行き来しはじめる。俺はカリストの軌道上に静止する宇宙ステーションを目的地に設定すると、自動操縦モードなことをいいことに、操縦席の背もたれを倒して天井を見上げた。
テラフォーミングされて人が居住している星というのは――発展具合にもよるが――基本的に星を出入りする船を管理するための防衛ネットワークが築かれることが多い。
海洋衛星カリストにも当然、星を出入りする船を判別するための宇宙ステーションがいくつか軌道上を浮遊しており、いわゆる高速道路でいうところの『料金所』のような役割を果たしている。また、宇宙ステーションにも宇宙港が備え付けられており、内部には商業施設もそれなりに存在し、パーキングエリアのような使い方もできるらしい。……のだが、
「んぁ? なんだ、やけに渋滞してないか?」
亜光速から通常速度へ、そしてついには徐行しはじめる自動操舵AIに、俺は起き上がると、周囲で同じくのろのろと列に並びはじめる宇宙船を見ながら渋滞の先頭を注視する。シップ・ナビゲーションを見ると『検問中』の黄色い文字。
「あれ、もしかしなくても銀河警察機構の連中じゃないか? 何やってんだ、こんなとこで……」
「あらあら、どうやら検問を敷いている最中みたいですね」
どうやら銀河警察機構のパトロール艇はカリストの重力圏だというのに、一隻ずつ何を積んでいるのかちんたらスキャンしているようだった。その後ろにはすでに降下予定の宇宙船がずらりと列を成しており、検問のせいでとんでもなく渋滞しはじめていた。
***
「ふっふ――ん。どうよ、これなら犯罪者どもも逃げられないわ」
女がいた。
青いイカのような触手を頭から生やした女は、ビシリと体のラインが出る警察の制服に身を包み、宇宙船の操縦桿を握りながら料金所の前で検問を敷いていた。隣の席には植物を頭から生やしたドライアドの気の弱そうな女が座っている。
そう、ヘドロを救助したUFOに乗っていた婦警たちである。
「この木星圏には星間犯罪者がたくさん隠れていると聞くわ。そこで、このステーションの料金所の入口で検問を敷けば、カリストにいる犯罪者はどこにも行けなくなるって寸法よ!」
「すごい、素晴らしいです! 姉さんの手腕は宇宙一です!!」
「褒めても何も出ないわよ。この――」
とんでもない渋滞を引き起こしているにも関わらず、ふたりの婦警は陽気に互いに褒め合いながら乳繰り合う。と、そのとき、列に並んでいるらしい一隻の宇宙船から通信が入る。
『ふざっけんな! なんで、こんな場所で検問なんか敷いてやがる⁉ カリストに降りられねーじゃねぇかよ!』
「……あぁ?」
青いイカのような触手を生やした婦警のひたいに青筋が走る。
『馬鹿じゃねぇのか⁉ 木星の重力圏だってのにこんな検問なんか敷きやがって……って、オワ――――⁉』
その瞬間、婦警が手元の操縦桿のボタンを押すと、UFOの先端にある砲口から高密度レーザーが放たれ、文句を垂れていた輸送船の胴体に穴があく。エンジンに引火したのか、小規模な爆発が輸送船の内部で起こり、あっというまに大破してしまう。
「よし、犯罪者を撃墜っと……」
「さすがです、姉さん! 狙撃の腕も宇宙一!」
「ふふーん、そうでしょ、そうでしょ!」
すぐにドライアド星人の婦警がよいしょするなか、あわよくば検問を突破してやろうと列を乱していた他の宇宙船たちが慌てて元の列へと戻っていく。まさか、撃墜までするとは思わなかったのだろう。
銀河警察機構にはある種の権力がガチガチに握られているせいで、銀河のあちこちでこうした光景が見られるのは珍しくない。もっとも、そのおかげで多くの犯罪者が検挙されているのは事実なのだが、それ以上に増え続ける犯罪者を追い切れていないというのもまた現実だった。
「なんだかんだと言われたら」
「答えてあげるが世の情け」
「銀河の破壊を防ぐため」
「銀河の秩序を守るため。以下省略! それがわたしたち――」
「「銀河警察機構!!」」
***
「あーあ、こりゃひでぇ……渋滞が二百キロも続いてやがる」
パーだとかプーだとか、宇宙船のクラクションが通信を介して四方八方から鳴らされるなか、埒が明かないとばかりに俺は席を立ちあがった。
「ちょっとトイレ行ってくるわ。一応、自動操舵AIがあるから大丈夫だとは思うが、いざとなればメロウが操縦してくれ。こいつの操縦技術だと何かあったときマズいことになる」
「了解いたしました。殺すぞクソオス。すみません、なんでもありません」
「な、なんじゃと、妾にも宇宙船の操縦くらいできるわい! 今はまだ本気を出していないだけじゃ!」
「はいはい」
適当にあしらう俺に、にこりと了承するメロウ。
だが、ぶつくさ言っていたリンがふと我に返ったようにして静かになると、ぽつりと漏らすように言うのだった。
「そういえば、妾もトイレしたくなってきたのう」
「…………」
「………………」
その言葉に、俺とリンは無言で目を見合わせると――
――我先にとトイレに入るべく走りだした。競技種目は障害物競走。相手への妨害等なんでもありのレースである。互いを壁際に突き飛ばしながら、俺とリンはほぼ同着でトイレの前へとたどり着く。だが、ゴールテープは自分だけが中に入れたとき切れる仕様である。
「さっさと妾に譲らんか! このままでは、も、漏れる――!」
「バッカ、俺が先に言い出したんだ! 俺が先に入る権利があるぅア――!!」
「妾のこれは小ではない大の方じゃ! このままじゃと、こんな幼気な少女にゲロどころか糞漏らしの烙印を押させることになるのじゃぞ!」
「うんこだったらなおさら俺が先に入った方がいいだろ、男のトイレの所要時間舐めんじゃねぇ!」
トイレの扉の前でお互いを中に入れさせまいと乱痴気騒ぎになるなか、俺がリンの体を背後からホールドするとそのまま後ろへジャーマン・スープレックスを決め、その勢いのままトイレに入り鍵をかける。
直後、ドンドンドン――とトイレの扉を壊さんばかりに叩かれ、ガチャガチャガチャ――と扉をこじ開けようとされる。しかし残念だったな、そこらの仮設トイレの扉ならまだしもこれは新幹線のトイレと同じ構造で頑丈なのだ。いくら引っぱっても壊れる心配はなァ――い!
『はようはよう――! もう漏れてしまうぞ! いいのか!? ここで漏らせば、レンタル屋に清掃料を払わせられる口実を与えてしまうぞ!!』
「ああ、いいぞ。存分に漏らせ。俺はついでにうんこしてから出る」
『ああああああ――――!!』
ガキが内股で地団駄を踏んでいるさまを想像しながら、俺は宇宙服を脱ぎ、じょぼじょぼじょぼと用を足す。正直、うんちは出そうにないのだが、あいにく今の俺は小休憩したい気分なのだ。
「さて、と。……ふぅん、ほぉー、木星圏だと鉱山が多いから酸素供給装置の需要が高いのねぇ……」
俺は懐から情報端末を取りだすと、剥ぎ取った部品が市場でどのくらいの値段になるのか検索しはじめる。予想では三万エーテルほどだと見ているが、もしかしたらもっといい値段がつくかもしれない。相変わらず、ドンドンと扉を叩く音は止まないがもうじきすべてが終われば静かになるだろう。
『妾、知っておるんじゃからな! おぬしのスマホの検索履歴に『おっぱい無修正』だの『ヘンタイ動画』だの悍ましいワードが並んでいるのを! しかも夜な夜な、もぞもぞとズボンの中に手を入れては気持ちの悪い呻き声を上げおって! このヘンタイ! ロリコン大魔人! 性犯罪者!』
「ちゃちゃちゃちゃ、ちゃうわアホ!? そんなの検索してねぇって!? 根拠のない風評被害はやめてください!?」
な、なんだよ。
してねぇよ、断じて俺はそんなの検索なんてしてないって。
『だいたい、男のトイレの所要時間は短いとか言っておきながら、すでに一分も経過しておるのだが!? もうあと数十秒で妾の肛門は決壊する! しかもこれは特大のやつじゃ! 早く済ませてくれぇ!』
「おい、まだうんこしてんだよ!! あっ、バカ、扉を強引に開けようとすんじゃねぇー! 金具がバカになったらどうすんだ!」
『ふぎぎぎぎ……!』
すると、徐々に扉の隙間からリンの力んで般若のようになった顔が見え始め、ついには鍵が何の拍子か完全に外れてしまい、扉が勢いよくオープンされる。
「キャ――――!!」
「やかましい、女のような悲鳴を出すな! サッサとどかんか……って、ああ――! いかん、もう漏れる!!」
慌てて股間を隠す俺に対し、リンは内股で盛大にチャイナドレスの裾をまくり上げると、そのまま俺をトイレの外にぶっ飛ばして爆音で音姫(*脱糞音を消す音楽のやつ)を流し始める。対し、俺は壁に頭を強打したことで視界が暗転していく。
……数分後。
痛みに悶絶している俺が床に転がっていると、リンがトイレを流したのかゴロゴロ――と床下の配管を何かが通る音がしはじめる。
しかし、その音が途中で止まったことで俺は思わず眉をひそめる。宇宙船のトイレは基本的に汚水槽を減圧することで少ない水で流せるようになっている。それなのに「シーン」と静かになる艦内……やがて何かが破裂するような音がそこかしこで鳴り始める。
「お、おい。なんかマズくないか……?」
連鎖的に配管が破裂している音が鳴っていき、ついには俺の頭上へと破裂音が集約されていく。直後、大量の汚水が頭から全身にかかり、俺は悲鳴を上げるのだった。
「ぐァァああアア――――!?」




