15_レンタル屋(おい、なんだあの光……)
翌日。
ジリジリとアラームが鳴っている。
カーテンの隙間から差し込む太陽――ではなく木星の光がうっすらと瞼ごしに当たり、俺はこの世界で二度目の覚醒を果たした。といっても、脳はまだ本調子ではなく思考はぼやけているし、なぜか口の中が酸っぱい味がする。
意図せず自分の鼻提灯をパンと割ると、俺はバスローブ姿でフガフガと寝ぼけたまま起き上がる。そして、自分の上に重なって寝ているクソガキを見下ろす。
俺の寝相も大概悪いが――なぜか隣のベッドで寝ていたはずのガキ……もといリ・メイリンが俺の上で四肢を投げだして爆睡しており、あろうことか俺の口の中に踵を突っこんでいる。どうりで酸っぱい味がするわけだ。
昨晩、廊下でギャン泣きしたこいつをしぶしぶ部屋に引き入れ、輸送ポッドでの疲れもあったのか泥のように寝たこいつを見届けたまではよかったのだが、しかしその後の記憶がない。
時計を見ると、時刻は九時五分。(*カリストの一日は23.588時間)
すでにチェックアウトの時間を五分過ぎている。俺はリンを脇にどけると、カーテンを開けて水平線に浮かんでいる木星を見る。すでに太陽は昨日見たときよりも沈んで見えなくなっており、夕焼けで水平線が赤くなっている。
月光のおよそ百倍の光量である木星の光があたりを照らしており、上を見ると幾万もの星が瞬いていた。底なしの黒々とした夜空があたりを覆っていく。
地球では見れないその光景に、俺は思わず「ふわ……」とあくびをするのだった。
「やべ、寝すぎた……」
***
その後、爆速で洗面台の前で寝ぼけたままのリンと並んで歯を磨き、宇宙服に着替えてロビーでチェックアウトを済ませる。ありがたいことにチェックアウト時間をオーバーしたことによる追加料金はかからなかったものの(バカが食べたドリンクとポテチ代は請求された)、受付も昨晩の騒動を担当したアンドロイドのお姉さんだったので、後ろめたさからそそくさとホテルを出る。
地図アプリを開き、すでに調べてあった新人御用達のレンタル屋への経路を設定し、歩いていたのだが――
「おお……見よ! この串焼き、この匂い! 今すぐ買おう! 妾は腹が減ったぞ!」
「バッカ、この辺の屋台は観光客向けで適正価格じゃ……って屋台にへばりつくな、道端に吐き捨てられたガムかオメーは!」
「嫌じゃ嫌じゃぁ! 妾ひもじくてもう一歩も動けないー!」
「こ、こいつ……」
屋台の前で駄々をこねるリンにその場に置いていこうとも思ったのだが、漂ってきたタレの匂いに思わずごくりと喉を鳴らしてしまい、しぶしぶ購入することに。
剥き身の牡蠣にベーコンを巻きつけたもの(*エンジェル・オン・ホースバックもどき)を、ご満悦なリンと食べ歩きしながら、ネオ・サントリーニ島の中央のエリアにある貧民街へと進んでいく。
目的のレンタル屋は貧民街と繁華街の境にあり、歩いていくうちにゴミの収集が追いついていないのか腐乱臭が漂いはじめる。
島の沿岸部はほとんどが企業によって運営されているホテルや飲食店ばかりで、宇宙港も島からすこし突き出た人工の埋め立て地にあったが、そうした発展した地区とは対照的に、島の中央に行くにつれて路上で寝ている者や路地裏でタバコではない何かを吸っている者が増えてくる。
そうしてシャッターで閉じていた店の前にたどり着くと、出入り口用の扉に昨日にはなかった張り紙があることに気づく。【宇宙船レンタルはこちらから】そんな宇宙汎用語が書かれたそれを見て、俺は意を決して中に入るのだった。
「し、失礼しまーす」
元は不動産事務所か何かだったのか、店内も同じように埃のかぶったテーブルと椅子が置かれているのみで、まるで夜逃げした後のようにも見える。天井からケーブルを頼りにぶら下がったままの蛍光灯といい、今にもホラーゲームが始まりそうな部屋模様だが――そのとき、店のさらに奥の暗がりでぼんやりと青白い光が揺れていることに気づく。
(……なんだ?)
そう思い、俺は店の奥へと進んでいく。
ぎゅっと左手の小指にしがみついてくるリンに、俺もおのずと自身の脈拍が早くなるのを感じる。しかし、店の中ほどまで来たというのに、青白い光――言うなれば墓に出没するとされる火の玉(人魂)のような――の正体がまるで分からない。それは息を吹きかければふっと消えてしまいそうな淡い光なのに、なぜかこちらを誘うようにゆらゆらと揺れている。
「お、おい、別に俺は怖くもなんともないが……ちょっと、あれ確かめてきてくれよ。串焼き奢ってやっただろ? ほら、行ってこいって……」
「は、はーん、妾もべっ、別に怖くはないが? 声が上擦っているのはおぬしではないかの?」
俺とリンがどっちがその正体を確かめるかで小さく揉み合っていた……直後、頭上でケーブルを頼りにぶら下がっていた蛍光灯がプツンと音を立てて消え、一瞬であたりに暗闇が満ちる。「ひっ」とリンが小さく悲鳴を漏らし、青白い光がぐっと存在感を増す。
まずい。
最悪、このガキは囮として置き去りにすればいいとして、ここからさっき入ってきた出入り口まで逃げれるかどうか。なんなら、あの光めがけてこいつを突き飛ばして時間を稼ぐものアリだ。躊躇っている暇はない。
そうしてガキを突き飛ばそうと背中に手をまわしたそのとき――リンが俺の腰にしがみつき、あろうことか俺を前に押しだそうとしてくる。
「あっ、バッカ、お前同じこと考えてたな⁉」
「そう言うおぬしこそ、妾を生贄にするつもりじゃったろう!」
「バーカ! おめーみたいなクソガキの命と、イケメンでIQ300の天才で運動神経抜群の俺の命とじゃ割に合わねんだ……がっ、くそ、離せ……!」
「おぬしは顔面土砂崩れでアホで運動音痴の間違いじゃろーが! こんの、ぐっ、ガブ――」
ついには噛みついてくるバカと揉みくちゃになっていると、青白い光がぼんやりと、だが確実にこちらに近づいてくる。左右に振り子のように揺れながら、ゆっくりと暗闇の中を浮遊するようにやってくる。
「だぁ――! 幽霊さんはお前みたいなぷりぷりで若いガキの命がご所望だとよ! さっさと行ってこいって!」
「ふがふが! ふが! ふがふがふが!」
今にして思えばこいつを担いで逃げればよかったのだが、気づいたときにはもう後の祭りで青白い光は目の前まで迫ってきていた。手に噛みついて離れないガキをぶんぶんと振りまわしていた俺は、それに対して恐怖のあまり思わずリンと抱き合う。
そしてついに――
――ぬるり、と暗闇にまるで深海魚チョウチンアンコウのような顔が浮かび上がる。
「「ギャ――――!!」」
リンと抱き合っていた俺はその怪物に対し、ひとしきり絶叫すると――次の瞬間にはぶん殴っているのだった。
「オラァ――――!!」
ドゴォ――ッ、と鈍い音が響きわたり、怪物がすさまじい勢いでぶっ飛んでいく。
確かな手ごたえに違和感を覚えながらも、俺が急いでリンを脇の下に抱えて退散しようとしたとき、ふいにケーブル頼りにぶら下がっていた蛍光灯がパッと点く。正体不明の怪物だと思っていた何かがまるでくたびれたサラリーマンのようなスーツを着ていることにさらに眉をひそめていると、その何かは「うぅ……」と低く呻き声をあげながら四つん這いになる。
もしや……もしかすると人なのかもしれない。
そのことに気づきはじめた俺は、さっきから反応のないリンを抱えながら、殴った方の拳を見つめる。そして、事の重大さに気づき、冷や汗を流すのだった。
「あ、やべ、人ぶん殴っちゃった……」




