12_傭兵ランク(僕はアイアン、ブロンズの下さ)
「ところでなんだが、パーティメンバーを募集とかしてないか? こいつをアンタのパーティに入れてほしいんだが……」
『ほぅ、それはまた奇怪な提案だな。……少女よ、お前さんはたしか輸送ポッドにいた難民の子だな?』
「うむ、いかにも。妾は監獄衛星タイタンの貧民街で生まれた妓女見習いだ。願わくば、妹の安否を確認するためにタイタンまで戻りたいと思っている」
ジェンガが食べ終わった皿を重ね、ウェイターが回収できるようテーブルの端に置く。
そういえば、機械の体でアンドロイドのユニとかも飯を食ってたが、有機物からエネルギーに変える機構でもあるのだろうか。
『結論を言うと、難しいだろうな』
「そりゃまたなぜ?」
『オレたちはこれから、この星系を足掛かりに考古学者たちの護衛としてさらに銀河外縁部の未開拓星系を目指す予定だ。そういう過疎宙域というのは必然的に宙族どもの住処となる。だから、この星系に戻ってくることはないだろう。それでもいいのか?』
「探索隊に志願するってことか? となると……」
隣に座るリンを見るとふるふると顔を横に振り、人差し指を交差して×マークを作っている。リンの目的は監獄衛星タイタンにいる妹の安否を確認することであって、銀河外縁部に行くことではない。
となると、やはり――
「えぇ……じゃあ、こいつは俺が引き取らなきゃいけないってコト?」
「むふー、最初からそう言っておるだろう。妾をタイタンまで連れていくのはおぬししかおらぬと」
「でもよぉ、無国籍かつ密航者なんてどうやったら連れて歩けるんだよ。俺嫌だぞ、街中歩いてたらいきなり不法滞在者とか言われて逮捕されるの」
「それなんだけど……」
ノルンが遮るようにして情報端末を見せてくる。
「国籍を持つひとの特権のひとつなんだけど、国籍のないひとに滞在許可証ってのを発行できるんだよね。いわば身元保証人ってやつになれる。きみも審査テストに合格したなら、傭兵ランクによってもらえる特権を知っておくといいよ」
「傭兵ランク?」
『なんだ、そんなこともまだ知らなかったのか?』
そう言われ、情報端末からホログラフ状に投影されたのはピラミッド型のランキング。
九つに分類されたそれは、人口を表しているのかすこし不格好でもあった。
『傭兵にはランクで九つに区分されている。下から順にアイアン、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤモンド、アダマンタイト、ミスリル、オリハルコン――とある。ちなみにアダマンタイトが全体の0.01%で、ミスリルがその中のさらに0.01%。オリハルコンに至っては歴代で八人しかいない』
ほー、これもSPACE CITIZENにはない要素だ。
あのゲームには各派閥との関係値が設定されていて、それによって限定商品が買えたりするだけでランクシステムは導入されていなかった。賞金稼ぎや人狩りなど、犯罪者を区別する指名手配システムは同じだったが。
「ジェンガもきみもランクを登録したばかりだから、今はアイアンってことになるね。ちなみにユニがシルバーで、僕がゴールドだよ」
「ランクによって特権とやらは変化するのか?」
「そりゃもちろん。ランクが上がっていけば富、名声、力があるってことだから、各コロニーがぜひ自分たちのところに家を構えてくれと税金の免除から軍事兵器の購入の斡旋まで色々としてくれるよ」
そこで、話を聞いていたリンがはたと動きを止め、俺の方をじっと見てくる。
「む? 妾の見立てでは、おぬしはかなりの高ランク傭兵だと思っていたのじゃが、よもや最低ランクの駆け出し傭兵であったか。……ぷっ、装備だけ威勢のいい新人だったとは。妾の勘も鈍ったのかのぅ?」
「こ、こいつ……」
ひたいに青筋を浮き上がるのを感じながら、ふつふつと湧きあがる怒りで眉を吊り上げていくと、俺は昔いたクラスの学級委員長みたいな仕草で「パン!」と手を叩き、その場から退席しようとする。
「はい、決めた。ここにお前は置いていきます。……飯代? 払いません。タイタン? 知らないね、自分でチケットでも買って帰りな」
「うわぁぁぁああ、嘘じゃ嘘じゃ! 冗談じゃぁぁぁああ! 頼むから置いてかないでくれぇぇぇ!!」
そう言って、席を立とうとする俺にリンが泣きついてくる。
俺は口をへの字に曲げながらも、涙やら鼻水やらをべちょべちょに擦りつけてくるリンにしぶしぶ席に着く。
「次ふざけたこと抜かしたら、お前、速攻で置いていくからな」
「ふっ……ぐずっ。ロリコン大魔神め……」
「誰がロリコンだって?」
俺が隣に視線を向けると、ふい、とリンが顔を逸らす。
仕方なく、溜飲を下げた俺は情報端末を懐にしまいながら、今後どうするかについて頭を捻る。
「だけど、まだ自前の宇宙船だって持ってないからなぁ。また、誰かの宇宙船に船員として乗せてもらうしかないのはなぁ……」
「そういえば、漂流してて装備もそれだけしかないんだっけ?」
『む……』
いくら十万エーテルが大金だからといって、それは一般人目線から見たものであって、傭兵ならばちょっとした宇宙船のアップデートで消し飛ぶ額である。それどころか中古の超小型宇宙船一隻すら買えないだろう。
……と、そのとき、話を聞いていたジェンガが頬杖をつきながらあることを提案してくる。
『宇宙船はレンタルできるのを知ってるか?』
「レ、レンタル……?」
『そうだ。傭兵ギルドと提携したスペースシップシェアというやつでな。造船メーカーが傭兵に向けてレンタルサービスをやってるところがある』
ほーん、これはあれか。
車を貸し出すカーシェア的なサービスのことか。これもSPACE CITIZENにはなかった概念だ。なるほど考えてみれば、宇宙船という超高額なものを買う前に、まずは試乗してみたいと思う客も多いだろう。
『だが、ひとつ懸念点があってな。傭兵ランクがシルバー以下だと、正規のディーラーからはまともな客として見られにくい……というのがある。要は舐められる可能性が高い』
「正規の……? ってことは、逆に新人向けのレンタル市場もあるってことか?」
『そうだ。そこで駆け出しの傭兵から絶大な支持を得ているのが、中古の宇宙船のレンタルサービスってわけだ』
頭の中で、ヤッテモーターみたいな企業を想像しながら、俺は耳を傾ける。
『ここ木星圏には造船で有名な工業衛星イオがあるんだが、そこで造られた新品の船が宙族どもに鹵獲され、それを賞金稼ぎや傭兵たちが鹵獲し、そうして中古の宇宙船ってのが市場に出回る。宙族に一度鹵獲された船ってのは誰の所有物でもないことになるからな。低スペックな小型の宇宙船ばかりではあるが、それなりに改造されているものが多く当たり外れがあるらしい』
ははーん。
これは盗難車がアフリカに輸出され、現地で魔改造されたらもう戻ってこないのと似たような感じだろうか。宇宙船のシップIDとかありそうなものだが、車のナンバープレートと同じで剥がしてしまえば所有者が誰か分からなくなる――と。
『攻撃されたときの装甲板の破損も、レンタル屋が保険をかけてるから大丈夫だ。それに、どのみち宇宙船が大破なんてことになったらまず生き残れないからな。死んだら修理費を払う必要もなくなる』
「死んだら……そうか、そうなるのか」
そうだ。
死んでも復活しないのだ、この世界では。
特に宇宙船の爆発なんて巻き込まれた日には肉片なんてひとつも残らず蒸発するだろう。一番低スペックなジェネレーターでも原子力発電の数十倍の出力がある。乗るならそれなりに高い船がいい。
『とはいえ、燃料代や弾代は別途かかってくるが、それでも良心的な価格ではあると思うぞ。このあたりで一番マシなレンタル屋ってのは……貧民街近くのここだな。いま、ネオ・サントリーニ島は午後四時半だから、あと三十分で店が閉まる。行くなら早くするんだな』
「あと三十分で閉まる⁉」
俺は椅子から立ち上がると、びくっと驚くリンをよそに店を出ようとする。経験則からしてこういうのは早い者勝ちなのだ。それに居住性のある宇宙船を借りてキャンピングカーのような使い方をすれば、今夜の宿探しをしなくて済む。
「こうしちゃいられねぇ! とりあえず金ありがとなオッサン!」
「ちょっ……ま、待つのじゃ! 妾、まだ腹が減っておるんじゃが――⁉」
***
慌ただしく二人が出ていったあと、店内には数人の店員がいるのみで、彼らも新しい客はもう来ないと思ったのか皿洗いを始めている。
「言わなくてよかったの?」
『何をだ?』
「自分も別の宇宙から来た放浪者だってこと」
『言う必要もあるまい』
食後のワインを楽しんでいるジェンガに、ノルンが話しかけてくる。
「ふーん、他人の過去は探って、自分のは喋らないんだ」
「ジェンガはそういうとこある」
『ううむ……』
船員二人にそう言われ、ジェンガはバツが悪そうにする。
『オレの場合はブラックホールに飲み込まれたケースだからな。タンパク質の肉体が体の9割を占めていたときの話だ』
「でも、十万エーテルもあげちゃったからねぇ。太っ腹というか、なんというか……」
『たとえ別の世界であろうと古代文明が存在したという事実には、それだけの金を払う価値がある。……古代人。すべての宇宙で最初に文明の火を灯したとされる彼らの伝承は確かに存在する。曰く、あらゆる星で生まれた知的生命体の始祖だと』
「あーあ、また始まった。長いんだよねぇ、その話」
「ん、ジェンガはいつもそう。しばらくネットに浸るから起こすな」
ジェンガの話にノルンが苦笑し、愛想をつかしたユニがかくりと項垂れてスリープ状態に入る。
『事実、あの青年と少女のような人間ベースの種族が生まれた星は他にも山ほどある。おそらく、ほぼすべての銀河にいると言っても過言ではない。むろん、耳が長かったり、背が低かったり、寿命や肌の色が違うといった違いはあるが、みな二足歩行で一定の知力を有していた。エルフ、ドワーフ、オーガ、ゴブリン。……おかしいとは思わないか? 時代も違えば星も違う起源をもつはずの彼らが、なぜ、みな人型をしているのか』
「誰かがそうなるよう遺伝子を改造したから?」
『そうだ。宇宙中に知恵の実をばらまいた誰かがいる。その誰かってのが古代人だとオレは睨んでる……んだが、まぁ、そういうことを考えるのは研究職のやつらの仕事だからな。オレは契約に従って雇い主を守るだけだ』
「ふ――ん」
じるじるとストローでコップの底に残っていたジュースを飲み干すと、ノルンは興味なさげに頬杖をつくのだった。
「まっ、わたしは仕事さえあればどこにでもついて行くけどね」




