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宇宙放浪者ヘドロ!~漂流から始まる傭兵生活、レジェンダリー装備を頼りに宇宙を放浪するはずが、バカでアホで頭のおかしなヒロインばかり集まってくるんだが~  作者: 村上さゞれ
第1章 海洋衛星カリスト編

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11_報酬分配(ゲロ騒ぎの掃除は大変でした)

 俺は鏡を眺めながら、自分の顔なのだろうそれをまじまじと観察する。

 名前はいまだ思い出せていない。

 だが、顔と身体はおそらく現実世界の自分のものだと思う。イカ墨パスタみたいなアホ毛まみれの天然パーマ……おまけにそこまでカッコよくもない黒髪(ちょっと赤毛も混じってる)黒目のモブ顔こそが親の顔よりも見た自分の顔だった。記憶にはまだすこしだけもやがかかっているものの、かろうじて自分の顔は覚えている。それから両親の顔も。


 俺はため息をつき、鏡から視線を外すと男子トイレから出た。そこはネオ・サントリーニ島の海鮮レストランの中で、さっきのゲロ騒ぎがあってから客の九割ほどがすでに退店していた。

 代わりに、ゲロ騒ぎの震源地の席――すでに掃除はされている――に三人ほど新たな客が増えていた。六本腕のサイボーグ男ジェンガ、狼のような獣人のノルン、ピンク髪でメンヘラ少女AIユニの三人パーティだ。俺と賞金首を捕えた金を分けようと、その話し合いに来たらしい。


(てっきり賞金を払わず逃げるかもと思っていたが、意外と律儀なんだな。……というより、俺のレジェンダリー装備の詳細が知りたいからか?)


 幸い、宇宙服にかけられたゲロはトイレの手洗い場で落とせている。機能も問題なく、完全防水なこともあり中は汚れていない。……ほんのりゲロ臭いけど。

 俺はそのテーブルまで歩いていくと、リンの隣に陣取る形で席に座った。


「それで、賞金を分けてくれるんだったか?」

『ああ、それと……その装備のことについて聞くためにな』


 やはり、目的はこのレジェンダリー装備の詳細についてだったらしい。

 慈善行為ではないことに安堵しつつも、どこまで話していいものか俺は頭の片隅で思考を巡らせる。


「話してもいいんだが、ここの支払いをしてくれるならいいぜ。知ってる限りのことを教えよう」

『構わんよ。オレも腹が減っていたところだ。この出会いに乾杯するとしよう』

「っ! ということは、わらわも吐いたばかりじゃし、またデザートあたりを……」

「お前は自重しろ、バカ」


 俺に頭をひっぱたかれ、涙目になるリンをよそに三人は新たに注文した料理が運ばれてくるまで待ち始める。

 俺は卓上に携帯型の荷電粒子砲を置くと、ジェンガが興味深そうに視線を向け、ノルンが身を乗りだして目を輝かせ、ユニが一瞥いちべつしたあと興味なさそうにスマホに目を落とす。


「端的に言うと、この銃と宇宙服は古代文明の遺跡で見つけたものだ。遺物アーティファクトってやつだな。それをコロニー連合って組織の技術を使ってどうにか使えるようにしたって感じだ。つっても、バイオコードで保護されてるから俺以外には撃てないんだけどな」

『コロニー連合……だと?』


 ジェンガの義眼が赤く点滅し、何かを思い出すようにして腕を組む。


「聞いたことあるのか?」

『いや、抽象的すぎてコロニー連合という言葉だけでは何を指すものなのか分からん。巨大企業群コングロマリットのことか、それとも共同事業体シンジケートかによっても変わる。ただ、どちらも自分から関わりたい連中ではないが』

「なるほど」

『それと古代文明の遺跡という話だが、なかば都市伝説のようなものだと思っていたが、まさか実在していたとは。いや、もしかしたらこの銀河の話ではないのかもな』

「というと……?」

『お前さんの経歴を見た。身分はおろか宇宙船すら持っていないのに、異常とも思える装備。加えて、つい先日……木星付近の宙域で漂流していたのを救助されたらしいな』


 ジェンガの視線が鋭くなる。


『教えてくれ。お前さん、もしや別の世界からやってきたんじゃないか?』

「あ――……」


 答えづらい。

 というより、俺もまだ分かっていないのだ。

 ここが現実世界なのか、それともゲームの中の世界なのか。たしかに痛みはある。……が、それは痛覚遮断装置ペイン・アブソーバーを何らかの方法で解除すれば仮想世界でも痛みを覚えるし、かといって仮想現実かと思えば俺のいた時代の技術ではこれほどの画素を保ったままサーバーを維持するのは不可能なのだ。

 例えば、さっきのゲロ騒ぎでだいたい十数人がゲロったわけだが、その吐瀉物が完璧に描写されるゲームなど聞いたことがない。消化途中の魚の身、野菜、貝などのテクスチャーを作るのに何人のデザイナーが犠牲になるのやら。


(今の段階だと、ゲームの中の装備を持ったまま、なぜか(平行世界?)の未来の宇宙に転移した……ってのが俺の仮説なんだけどなぁ……)


 それがバレたところで問題はないのだが、なにか不利になるような気がして答えづらい。正直、この情報を話すことで誰かに追われることになるかもしれないし、もしかしたら企業に目をつけられるかもしれない。

 そのとき、運ばれてきた魚料理を頬張ほおばりながら、ノルンが話しかけてくる。


「別にこの情報を誰かに売りさばこうなんてしないさ。実はね、そういう過去を持つ放浪者ってのは珍しくないんだよ。それが妄言か、真実かは別として、この宇宙は広いからね。ブラックホールに飲み込まれたとか、ハイパードライブの故障で時空間の狭間に置いていかれた、とかで気づいたら知らない宙域にいた――みたいな体験をした人はそれなりにいるわけ」


 そういうものなのだろうか。

 俺の向かいの席でユニが頼んだパフェに、リンがそろりそろりと手を伸ばし、寸でのところでそれに気づいていたユニがばしっと手をはたいて迎撃する。涙目で赤く腫れた手の甲に息をふきかけるリンに、ふしゃーと威嚇するユニのことは置いておくとして、俺はジェンガとノルンの視線を一身に受けながらなかば諦めたようにして口を開いた。

 こうなれば、すべてを話すほかあるまい。もしかしたら、妄言として一蹴されるかもしれないが、今後の身の振り方を決めるためにも事情を知っている人がいた方がいいだろう。


「そうだ。俺はよそから来た。といっても、仮想世界ではあるんだけどな」




    ***




「ふーん、ゲームの世界からねぇ……?」


 信じがたい、とばかりにノルンが俺の全身をまじまじと観察する。

 事情をすべて説明したあと、ジェンガとノルンの反応は特に驚くでもなく普通のものだった。


『話が本当であれば、もしかしたらお前さんは別の世界からやってきたということになる。……が、しかし、フルダイブ型VRゲームをしていて気づいたら漂流していたというのは、聞いたことのない話ではあるな』

「まぁ、そういう記憶を植え付けて、意図的にきみを漂流させた第三者がいる可能性もゼロではないけど、でも現に遺物アーティファクトレベルの武器と宇宙服があるわけだしねぇ。そうする意味が分からないというか……」

『この世界自体がシミュレーションだという仮説を前提とするのなら、そういうこともあり得るのかもしれないが……しかし、ひとつの世界を丸ごと演算できるほどの計算機器など実現不可能だろう』


 ジェンガとノルンが議論を交わすなか、俺はさらに詳細な情報を話していく。


「この世界にも、元のゲームの世界観が流用されているというか、まったく同じ装備や宇宙船メーカーがあるのも気になるんだ。ジェンガの中型艦の『Thanatosタナトス』も、ロバート・インダストリーズって名前の企業メーカーも、俺がやっていたゲームの中にも存在していた」

『ほぅ、それは偶然ではないだろうな』

「それに銃座の操作方法も、UIもまったく同じだったんだ。だから、すぐに銃座が使えたし、輸送ポッドのタレットも狙い撃ちできた」

「何発かエンジンに当てたたけどね」


 ぼそっとパフェを平らげたユニに嫌味を言われるが、事実なので俺はぐっと堪える。

 あのまま、あと数発も当てていれば輸送ポッドは今ごろ海の藻屑もくずになっていただろうし、賞金首も捕えられずに死んでいたかもしれない。そうなれば、賞金だって払われないことになり――


「まぁまぁ、今ここで話しても結論なんて出ないからね。たったいま、カリストの地方政府から賞金が振り込まれたから、その分配をしようよ」


 反省する俺に、ノルンが手元の情報端末をいじりながらそう言う。


「監獄衛星タイタンの地方政府からかけられてた賞金も込みで、合計で五十万エーテルか。……まぁ、ボチボチってところかな」

「ごじゅ……!?」


 日本円でだいたい五千万円といったところか。

 ちょうど、救助費用と同じ金額なことに度肝を抜かれながらも、ノルンが指を折り曲げながら計算を始める。……というか、俺を救助したやつらぼったくりすぎだろ。ただ国籍がないだけでケツの毛まで毟りやがって。


「情報料がだいたい十万エーテルってところだから、そこから四人で割ればひとり十万エーテルだね。きみは前金ですでに一万渡してるから、残りは九万エーテルか。はい、情報端末貸して。振り込んであげるから」

「いや、待て待て待て。賞金首の情報から宇宙船から何まで用意してくれたのはアンタたちだ。すこし取り分が多すぎるんじゃないか?」

『そうはいかない。お前さんも命を懸けた以上、正当な報酬を受け取る必要がある。それに――』


 ノルンの提案に異を唱えると、ジェンガが説得してくる。


『こんなのは傭兵にとっては端金はしたがねだ。加えてその装備についての正当な情報料でもある。……なに、こちらの気が変わらないうちに早く渡すんだな』


 俺が懐から出した情報端末とノルンのそれとを近づけると、ピピ――と軽く電子音が鳴り、エーテルが振り込まれる。情報端末を開き、口座を確認してみると前金込みで十万エーテルが通帳に刻まれている。


 十万エーテル。

 日本円にして約一千万円ほどの価値のそれは、一般人であれば十年ほどは静かに暮らせる金額ではなかろうか。というか、ちょっと他人の宇宙船に乗り合わせただけでそれとはこの商売ボロすぎである。むしろ、何か裏があるんじゃないかとすら思ってしまう。


「贈与税とか所得税とかかからないんだな」

「この星に住んでるわけでもないのに? まさか! そんなのかかるわけないでしょ」


 ぽつりと漏らしたその言葉を、ノルンが笑い飛ばす。

 どうやら、この世界の常識として住居を持っていなければ諸々の税金はかからないらしい。タックスヘイブンにも程がある。


「…………」

「ああ、そうだった」


 と、そのとき、ちょいちょいと隣に座っていたリンが俺の脇腹をつついてくる。

 そこで思い出した俺は、ジェンガたちにひとつ提案をする。

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