09_レジェンダリー装備(腹が減ったんじゃが)
「医療ポッドに入れておいたよ。数時間もすれば元に戻るでしょ」
ノルンの報告に、ジェンガは『うむ』と頷く。
カリスト沿岸警備隊によって輸送ポッドの落ちた地点が封鎖されたいま、ジェンガたちはおとなしくネオ・サントリーニ島の宇宙港へと帰還していた。自動操縦のまま海面から千メートルほどの高度を航行中である。
ヘドロの容体はなんてことはない、ちょっと肩が外れた程度の軽い怪我である。しかし、ジェンガにはヘドロの宇宙服の性能に反して、まるで痛みに対する耐性のなさに違和感を覚えていた。まさか痛覚遮断インプラントすら入れていないということはあるまい。
『……うぅむ』
「そんな難しい顔してどーしたの。もしかしてちゃんと賞金が払われるか不安なの?」
『いや、そのことではない。すこしな……』
ノルンにそう言われ、ジェンガは操縦席に座りながら頭を捻る。
シールドを発生させるほどの高度な技術の使われた宇宙服に、輸送ポッドの装甲板を蒸発させるほどオーバーパワーな荷電粒子砲……かと思えば痛みに対する耐性のなさ。
『ヘドロとかいう少年の着ている宇宙服、普通のものではない』
「そう? たしかに高そうには見えるけど、それなりに金を出せば買えるものじゃないの?」
ジェンガはなおも頭を横に振る。
『おそらく、あれにはシールドジェネレーターが搭載されている』
「嘘でしょ⁉ あんな細身の宇宙服にそんなスペースないでしょ⁉」
シールドジェネレーター。
それは外部からの攻撃を防ぐ偏向シールド発生装置のことである。宇宙船や軍用の大型アンドロイド兵などに搭載され、砲撃や銃弾を防ぐだけでなく大気圏突入時には必須とされる装備である。しかし、その小型化・携帯化には研究者たちも頭を悩ませており、宇宙服に搭載するのは数世代は先の技術だろうと言われてきた。
『普通、量子シールドを展開するためには大型の冷却装置がセットになってついてくる。もしやバッテリー駆動かとも思ったが、レーザー弾を浴びてシールドが割れる様子もなかった。考えられるのは、あの宇宙服には未知の技術が使われており、このガンダール連邦のどの組織の先進技術よりも上回る性能をしているということだ』
「それ、簡単に言ってるけど、ばれたらヤバくない?」
『ああ、非常にまずい。そんな未知の技術を欲しがる企業などいくらでもいる。オレももぐりで宙族狩りをしてたころなら、情報屋に売ってたやもしれん。加えて、あの携帯型の射出装置……あれは『反物質粒子砲』だ。そもそものモノが違う』
「なにそれ? 反物質グレネードしか僕知らないけど……」
『ガンダール連邦内のすべての軍事企業が開発を断念した幻の兵器だ。荷電粒子砲が運動エネルギーの伝達や熱で目標を蒸発させるのに対し、反物質粒子砲は目標の材質、硬さをすべて無視して対消滅させる。つまり完全な上位互換だ。しかし、何をどうしたら反物質粒子をあんな小さな銃で放てるのか、皆目見当もつかない』
ジェンガがそう言った、そのとき――さっと通路を横切る黒い影があった。
ノルンが振り返るも、ジェンガは操縦席に座りながら見ないふりをする。
「そういえば、あの子ついてきちゃったけどどうするの」
『……うぅむ』
一瞬だったが、操縦室を覗いていた人影。
それは間違いなく、あの人質にされていた少女で――
『ま、なんとかなるだろう』
ジェンガは諦めたような声色でそう言うと、六本ある手をすべて合掌させ、スリープ状態に入るのだった。
***
ふと、誰かに見られていることに気がついた。
医療ポッド、といってもSPACE CITIZENでは死んだときリスポーンするための湧き場所を作る意味合いが強かったので、治療する目的で使うのは久しぶりである。大怪我したときは死んでリスポーンした方が早いからね。
もっとも、治療している間とくにすることもないので天井を眺めているか、寝ているくらいしかすることがないため、俺は目を閉じていたのだが――さっきから誰かに見られているような気がしてならない。
「…………」
俺はそーっと瞼を開け、そして口元をへの字に曲げた。
(げっ……)
医療ポッド越しに俺の顔をガン見していたのは、あの人質の少女だった。
真ん中の髪の分け目を境に左側が白、右側が黒の髪色をしたお団子ツインテ―ルの少女は、太極図のように髪色と反転した白黒のオッドアイの瞳を丸めてこちらを観察している。ぶっちゃけ、オセロ(*ボードゲームの一種)を擬人化したみたいなやつだった。
俺はパンツ一丁の半裸なこともあり、少女に見られていることから思わず恥ずかしさを覚える。
「おい、お前……」
「…………」
「見るなって、恥ずかしいから」
どこから乗り込んだのかは分からないが、カリスト沿岸警備隊の目を盗んでこの船に乗ったらしい。難民にしては珍しく、少女は髪の色とこれまた同じ柄の白黒のチャイナドレス(チーパオ)に身を包んでいる。
【治療が完了しました】
そのとき、ピピッと電子音が鳴り、カプセルが開いていく。俺は人質の少女に見守られるがまま、医療ポッドから降りると右腕の調子を確かめるのだった。
(レーザーを照射するだけで治るのか。こういう部分はゲームじみてるんだけどなぁ……)
右手の感覚を確かめていると、少女がちょんちょんと脇腹あたりを指でつついてくる。……なんだ、と思い視線を向けると――少女はパカッと口を開けると、自分の喉ちんこを指さしながらぐぅと腹の虫を鳴らすのだった。
「腹が減ったんじゃが」
***
「なに見てるんですか、先輩」
「ん、いやちょっとね」
銀河警察機構のカリスト支部のオフィスにて。
青いイカのような触手を頭から生やした女性は藍色の警察の制服に身を包み、手元のタブレットに視線を落としている。隣の席に座り、話しかけてきたのは植物を頭から生やしたドライアドの気の弱そうな女だった。
彼らは漂流していたヘドロを見つけ、救助した宇宙船のパイロットたちだった。偶然、パトロールに出ていたところSOS信号を拾って駆けつけたのだ。
「例の漂流していた青年を調べていていたんだけど、どうにも不可解な点が多いのよねぇ」
「ああ、あの若そうな子ですね。地球人っぽい見た目の……」
「うん、あの後、あの周辺の宙域で宙族に襲撃されたとか、暗礁宙域で難破した宇宙船がないか探したけど、そういうのが一切出てこなかったの。これっておかしくない?」
「つまり、あの青年はどこからともなく現れて、漂流していたってことですか?」
青いイカの触手のような髪型もとい頭をした女性警官は、タブレットを卓上に置きながらコーヒーを啜る。
「情報端末の中身が空だったのも気になる。まるで新品の端末をいま開封したみたいな状態だったらしいし、それなのに一目で見て高スペックな宇宙服と銃を持っていた」
「どうやら、ガンダール連邦の国籍も持ってなかったみたいですね。もしかして、もぐりの傭兵とかでしょうか?」
「納税したくないからって、わざと国籍を登録しない連中もいるにはいるみたいだけど、それもここ数百年でかなり減ったでしょう。昔はコロニーによっては居住権(*選挙権、年金、国民健康保険など)が欲しいなら、傭兵に今までの稼ぎの一部を納税するように促してたみたいだけど、今どきそんなコロニー誰も住みたがらないしね」
「あー、ここカリストじゃ、名のある傭兵を囲い込むために傭兵のひとは所得税なしとか言ってますもんね。フットワークの軽い傭兵はちょっとでも不満があるとすぐに別のコロニーに移住しちゃうし、評判のいい傭兵にいてもらった方が周辺宙域の治安も守れるとかで、そうした優遇措置があるって聞いてます」
青い触手を生やした女性警官は大きく背中を伸ばすように両手を上げると、後ろにのけぞった。ドライアドの後輩警官は、青いイカ触手先輩警官の後ろに立つ人物を見て、ぎょっと目を丸くし慌てて仕事に戻る。
「はーあ、わたしも公務員じゃなければなー」
「おい」
そのとき、誰かにべしっ――とファイルで頭を叩かれ、青い触手の女性警官が涙目になる。後ろを見ると、そこには蟻特有の複眼に触角、顎を生やした女性の上司がいた。ヘドロを尋問していた女性警官である。
「そんなに公務員が嫌か? 随分な会話じゃないか。……ええ?」
「ひ、ひえぇぇ……そ、そんなこと言ってませんって!」
「どちらにせよ、サボってるのには変わりないだろ! 世間話する暇があるなら、今すぐ犯罪者のひとりでも捕まえてこい!!」
「は、はいぃぃぃ!!」
蟻の上司のひたいには青筋が浮かんでおり、青い触手の女性警官はドライアドの後輩を連れて、急いで犯罪者を捕まえるべく外に停めてあるUFO型の宇宙船に乗り込むのだった。
ちなみに、カクヨムの方が5分だけ投稿時間が早いです。




