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不滅の花は、世界に希望の大花を咲かす  作者: 星の夜
■第一章 ジュピテイル王国編
3/15

第二話 【仕事終わりの一杯】

 ダンジョン【グリモン】がある街、フォクス。

 この街は、ジュピテイル王国の貴族、ヤツア・フォクスが管理している領地である。


 王国特有の濃灰色スレート材の屋根がキリッと引き締める、赤茶のレンガの建物のが立ち並び、車道には何かしらを乗せた貨物車が通る。

 夕暮れの時間帯の今、飲食店の前には客を呼び込む為の人が立ってはいるが、行き交う人はまばらで活気は至って普通だ。


 白髪の少年、ニクス・エルウェはそんな街並みを眺めながら、相棒の橙髪の少女、レイチェル・ベリーと自身の職場へと戻るべく、大通りを歩いている。


 と、そこで一際大きい貨物車が二人の脇を通り、剥き出しのシートに座った運転手がニクス達の姿を見て――一瞬、目を見開く。

 だが、ニクスのその背に背負ったモノを見て、なんだと言わんばかりに頷く。

 それからも何人かとすれ違うが、大抵の人間が二人に同じ反応を示した。


 それもそのはず。なんせ、二人の格好は血濡れである。

 至極真っ当な反応で、普通の街なら即通報モノだ。しかし、ここ【グリモン】のある街フォクスでは、血濡れの探索者が闊歩することは、珍しくはない日常である。


 そんなこの街独特の視線を受けながらも、ニクスは我関せずとばかりに、目前。木炭を運んでいる貨物車に対して、人差し指を向けた。


「なぁ、アレって昔は生き物が運んでたんだよなあ?」


「ん? ……んなの知るか。てか、今でも首都では伝統とかなんかで馬が人を乗せたり、荷物を乗せたりしてるって習ったでしょーが」


 レイチェルは一瞬目を向けるも、しかし話題に一切興味がないのだろう。

 そう言ってトコトコと足を早める。


 ダンジョンに潜って五日間、身体を水で拭きはしたものの風呂に入っていない。

 レイチェルは綺麗好きだから、きっとそれで機嫌が悪いのだろう。


 ニクスは背中に背負った大荷物、今回の依頼品を背負い直し、左手に持った無加工の魔石(マテリアル)をポンポンと弾ませ、急く彼女の後ろを追った。


 そうして暫く歩っていると、民家の煙突から次々に煙が上がってくる。

 その煙はとてもいい匂いがして、ニクスの腹を鳴かせた。


 レイチェルも気分が立っているが、自身の腹もどうやら気分は立っているようだ。


「案外楽だったな」


 なので、その気を紛らわすために怠そうに歩く隣の少女にニクスは話しかける。


「アタシの魔術があったからね」


 顔は正面を向いたまま。右手に持った杖を軽く振るレイチェルはドヤ顔だ。


 確かにそれもある。レイチェルの魔法は凄いのだ。

 ニクス自身魔法を使えないわけじゃないが、かなり不得意だ。その魔法を自在に操るレイチェルを素直に尊敬している。


 今回、依頼を無事達成できたのも、彼女の力なくしてはこうも簡単にはいかなかっただろう。しかし――


「ハゲラマの言うとおり、しっかり準備しといて正解だったなあ」


 それも影の立役者があってのことだ。

 ニクスは頭の中に浮かぶ、厳ついハゲ頭にも感謝する。

 しかし、レイチェルはその名前を出した途端、苦い顔をして、


「アイツうるさい。アイツ臭い。アイツ名前呼ぶから嫌い」


「でも、悪いヤツじゃねぇ」


「――チッ」


 不機嫌に喚くレイチェルではあるが、ニクスのあっけらかんとした言葉に思うようなことがあるのだろう。

 舌打ちはするが、その後の反論はどうやらでてこない様子だった。



 それから十分程度歩き、ご機嫌斜めなレイチェル。鼻歌を歌うニクス。二人の前に一際大きな建物が見えてくる。

 大樹の看板が立つそれは、彼らの仕事場である探索者協会の建物だ。


 二人はその建物の扉を開き中へと入り、エントランスへと向かう。

 エントランス内は、思ったより人が少なかった。

 いつもはもっと忙しなく探索者が歓談しているところだが、今は両手の指で数えられる程の人しかいない。

 

 はて。どういうことだろうか。

 ニクスは立ち止まり、その違和感に首を傾げる。と――。


「なにボサッとしてんの? さっさと受付行って報告済ませんぞ」


「悪ぃ」


 どうやらレイチェルの方は、さして違和感はないようだった。あるいは気にしていないのかもしれない。

彼女は早くしろと言わんばかりに、顎をしゃくってニクスを急かす。


 ま、こういう時もあるか。

 そう自身を納得させ、ニクスはレイチェルとともに受付へと向かった。


「お仕事お疲れ様でした。こちらが今回の報酬となります」


「……おぉ。マジかよ……」


 依頼の品、オルフマルコスの爪を納品したニクスは、台に乗っている大量のお金に目を輝かせた。

 今、拠点を置いている場所であれば、レイチェルと分けても二ヶ月は何もしないで暮らせるだろう。


「弾女見てみろよこの報酬! 深層すげぇ!」


「そう。よかったじゃん」


 多額の報酬に対し、興奮気味のニクス。しかし、お金ではレイチェルの興味は引けなかった。愛想がない。


 もっとも、彼女がお金に興味がないのはニクスは既知である。

 なのでその態度は別に気にならない。


 受付の職員に報酬を二分してもらい、レイチェルへと渡すと、彼女は鼻をならして、無造作に懐にしまった。


「さてと――」


 この後、ニクスは協会の食堂兼酒場へと向かい腹を満たす予定だ。

 レイチェルはというと、仕事が終わると直ぐ宿へ戻る。毎回一緒にどうかと誘っているが、一回も来た試しはない。が、一応声をかける。


「酒場で一杯飲んでいくか? 奢るぜ」


「――――。ま、今日くらい付き合ってやるよ」


「マジかよ……」


 今まで一度も付き合うことのなかったレイチェルのまさかの返答。

 なんの気紛れかわからないが、珍しいと思いつつ、協会に併設された食堂兼酒場へと向かった。



「なんかやけに静か。いつもこうなの?」


「んや? どんちゃんしてるぜ?」


 慣れしたんだ茶色の両開き扉の前へ立ち、ニクスはレイチェルの問いに首を横に振った。


 傷だらけのその扉の奥は、料理の作れないニクスが足しげく通った食堂兼酒場なのは間違いない。

 普段、この時間帯は扉の外まで声が聞こえてくるくらい賑わっている。

 しかし、現在は怖いくらいに静かだ。


「臨時休業でもねぇみてぇだし……ま、開ければわかるだろ」


「そ」


 扉の横の看板はオープンの文字。

 であれば、ただ単に人がいないだけだろう。

 深くは思考せず、そう思ってニクスはそっと扉を開けた。


「お?」


 扉を開けると、見知った人や知らない人が大勢居た。

 埋まっていない席がないくらいの大勢の人達だ。

 しかし、ニクスはその人達が眼中に入らなかった。


 なぜなら――――その中、いや。

 その正面奥、カウンター席には何かと世話を焼いてくるハゲがポカンとアホ面でこっちを見ている。

 更にその奥には、ブロンドの女性が悠然と微笑み、此方にむかって小さく手を振っていた。


 いち早く今回の成果を報告したかった二人を見つけ、ニクスは喜色満面の笑み。口角を持ち上げ、そのハゲを勢い良く指差す。

 隣では、レイチェルがその奥にいるブロンドの女性をだらりと指で差し――。

 ニクスとレイチェルは同時に口を開いた。


「あ、ハゲラマ」

「あ、詐称女」


 と、次の瞬間。

 耳をつんざくような歓声と雄叫びが、室内に響き渡った。




◇◆◇◆◇◆




「――なんっ!?」

「うるさ……」


 突如沸き上がった歓声に、ニクスは眉を寄せる。

 隣にいるレイチェルは目を細め、鬱陶しそうに声を大にする周囲の人達に、睨みをきかせた。


 ニクスもまた、ハゲラマことラカントラマから視線を外し、周囲の声に耳を澄ます。

 すると、どうやらその声は自身――二人へ向けられた声のようだった。


「深層から本当に帰ってきたのかよ」

「白猿もバレットもやるじゃねぇか」

「俺達も負けていられねぇな」

「どうせズルしたんだろ」

「――チッ。生意気だなホント」


 賛辞、祝福、猜疑、嫌悪。

 様々な視線と言葉を受けるも、なにがなにやら。

 あまりの人の多さと声の多さに、ニクスは困惑に顔を歪め、隣のレイチェルも同様なのだろう。首を傾げている。


「お仕事お疲れ様です。白猿さんとバレットさん。白猿さんは、いつも通りミルクですよね?」


 二人が周囲に戸惑っていると、スッとそんな言葉が伸びてくる。それはカウンター席の奥からだった。


 名前を呼ばれた白猿ことニクスは、その人物に視線を向ける。

 ブロンドの髪に碧い瞳、支部長であるマリリン・エッフェルトを視界に捉え、


「おう! ぬるめで!」


 と、溌剌に声を張り、微動だにしないレイチェルの手を右手で掴む。

 すると、レイチェルは唇を尖らせ、頭一個程高いニクスを見上げた。


「なに?」


「行こーぜ」


 このまま視線と言葉を受け続け、立ち往生していたら相棒の機嫌が最低になり、最悪暴れだすかもしれない。

 なのでニクスはそう言って、未だ降り注がれる視線を無視し、カウンター席へと向かった。



 カウンター席に着き、ニクスは飛ぶように椅子に座る。その右側にレイチェルは、ゆっくりとローブの裾を折り畳んで座った。

 

 そうして、座った二人を順繰りに見て、マリリンは微笑む。

 ニクスのために予め用意していたのだろうか。ミルクの入ったグラスを瞬で差し出した。


「はい、白猿さんミルクをどうぞ。――バレットさんは何に致しますか?」


「さんきゅ」


 礼を言って、ニクスは受け取ったミルクをチビチビと飲む。程よい温さ、仕事終わりの一杯は格別で自然と頬が緩む。


「紅茶、暖かいの。砂糖多めで」


 たぶん、視線が気になるのだろう。

 レイチェルは後ろを一端確認し、渋面を作りながら注文を済ませる。


「承りました。――ラカントラマさんも何時までも立ってないで、座ったらどうでしょう?」


「……おぉう」


 カウンターの上に乗っている空きのグラスをしまい、代わりにカップを取り出すマリリンは、未だ立ち呆けているラカントラマにそう言う。

 するとそれに素直に従い、ラカントラマは力なく椅子に腰をストンと降ろした。


「えーっと……ハゲラマ、何か変なモノでも食った? それとも酒の飲み過ぎで遂にアホになった?」


 ラカントラマの様子が普段と違うことに、ニクスは訝しむ。心ここにあらずというか、なにやら戸惑っている感じがした。


 いつもの彼ならアレコレしつこく聞いてくる。

 仕事はどうだったかとか、人に迷惑かけてないかとか。

 しかし、今のラカントラマは十歳くらい老けてみえる。覇気が全くないのだ。


「誰がアホだ糞ガキが。――それよりも、お前ら深層行ったんだってな。…………どうだった?」


 やっとかと、その言葉を心待ちにしていたニクスは、ニンマリと口角を上げる。レイチェルは、マリリンから紅茶を受け取りながら。


「「大したことない」」


 二人の言葉が重なる。

 それに対し、マリリンは「ふふ」と薄く微笑み、ラカントラマは驚嘆に目を瞬かせた。


「お二人はお強いですから。絶対帰ってくると確信していました」


「おう、俺達はハゲラマの二倍は強いぜ!」


「んなわけないっての。五倍以上は確定」


 マリリンからの信頼の籠った眼差しを受け、ニクスは胸を張る。

 しかし、レイチェルはそれに納得していないのか。鼻を小さく鳴らし、ラカントラマに向かって小馬鹿にするように視線を飛ばす。


 倍以上も歳の離れた子供にそんな生意気な事を言われたら、普通、堪忍袋の緒が切れるだろう。だが、


「……流石に五倍はねぇだろレイチェル。三倍だ三倍。――と、それよりもお前ら怪我してねぇよな?」


 慣れた様子で二人の横暴な態度を流すラカントラマは、大人だ。

 もっとも、二人が戦闘面だけで見れば、ラカントラマよりも強いのは事実であり、協会内の誰に問うても、同じ回答が返ってくるだろう。


「ピンピンだぜ!」


「アタシがいんのよ。怪我なんてするわけないでしょ。てか、名前呼んだな。今、絶対言ったよな? 次言ったら殺すからなハゲ」


 ともあれ、たとえ実力差があったとしても心配されて嫌な気持ちになるヤツはそうそういない。

 ニクスは力こぶを作って無事をアピールし、レイチェルは当然と鼻を鳴らすが、名前を呼ばれた事で徐々にヒートアップ。キッと眦を鋭くさせる。


「いい名前なんだからいいだろ。誇れ。それよりも何討伐したんだよお前ら」


 ラカントラマに配慮という言葉はないようだ。

 本名で呼べば必ずレイチェルが逆上すると、何回もの邂逅で彼は理解しているのに、なおもその名でレイチェルを呼ぶ。


「こんっ……離せ白猿! 今日こそそのハゲ散らかしてる学習能力のないハゲの脳ミソを爆発させるんだよお!」


「まぁ、落ち着けって弾女ぁ! 確かぁ……オルオルマルマルだ。沢山稼いだぜ!」


 案の定というか、当然のごとくレイチェルは声を荒げて激昂。

 無論、そうなるだろうと予測していたニクスは、早めに杖を取り上げる。が、それでは対策は不十分だ。

 杖がないなら拳で。殴りかかろうとするレイチェルの、その両肩を抑えつける。


「あん? オルオルマルマルなんてーのはいねぇだろ……あぁ! オルフマルコスか! そっか、あのオルフマルコスを二人でかぁ……」


 ふしゅーと、蛇のように熱息を吹くレイチェルを見ながら、平然と話すラカントラマ。そして、その成り行きを止めるでもなく見守るマリリン。


 周囲の人間も慣れているのか。

 またいつものがはじまったとばかりに呆れ顔や、もっとやれなどの小さなヤジが飛ぶ。


 そう、この三人が集まると自然とこうして賑やかになる。

 これは協会内でみられる、なんの偏屈もない日常であり、英雄譚にてヒロインと主人公が出会うようなありふれた一頁にしかすぎない。


「何、黄昏てんだ糞ハゲ! 無視すんな! 白猿も離せ!!」


 しかし、それは周りの人間がそう感じているだけで、渦中のレイチェルにとっては関係ないことだ。

 彼女は小柄な体躯を生かして、ニクスの拘束からスルリとうまく抜け出し――


「……お」


「ははっ。甘いぜ白猿! ――そんでもってそこの糞ハゲ! 食らえ鉄拳! バレットパンチをなぁあ!!!」 


 カウンターの上にお行儀悪く乗ったレイチェルは、グラスを避けながらそのまま横移動。

 光沢のあるラカントラマの額に、拳骨を上から突き降ろした。


「――っだぁー! いてぇ! ちゃんと抑えとけあほがあ!」


 ゴンッと鈍い音が響き、その一撃の重さを丁寧に表している。

 避ける猶予なく受けたラカントラマは額を抑え涙目でニクスを睨むも、そのださい姿を見て、


「だーっははは!! 調子戻ってきたじゃねぇか!」


 ゲラゲラと腹を抱えて笑うのであった。

 それに、よく見ればラカントラマの額がぷくーっと膨れている。餅みたいだ。


 ともあれ、その一発で溜飲がさがったのだろう。

 スッとカウンター席から降りたレイチェルは自身の席に戻り、ニクスから杖を奪うように取り上げる。と、立ったまま豪快に紅茶を飲み干した。


「あーもう、アンタ達といると疲れる。だりぃ。風呂入りたいし、アタシ帰るから」


「飯はいいのかよ?」


 流れとして一応誘ったニクスだが、無論、断られるだろうともわかっている。


「一杯は付き合ったんだから、それ以上は勘弁」


 やはり。だろうなと納得。

 そもそも、レイチェルがこうして一杯付き合うことさえ珍しいこと。

 長年というほど長い付き合いでもないが、短くもない付き合いだ。

 プライベートというより、一人時間が彼女にとっては一番大事なのをニクスは理解している。

 なので、引き止めることはしない。


「わかった。気ぃつけて帰れよー」


 今日はもう会うことはないだろう。さて、夕飯は何にしようか。

 ニクスはレイチェルから早々と視線を離し、頭の中をハンバーグ色に染める。


 しかし、そんなニクスにレイチェルは思い出したかのように、


「あ、白猿さ、飯食い終わった後、いつでもいいからアタシの部屋へ来い」


「お……おう!」


 と言って、今度こそ踵を返すレイチェル。

 彼女はそのまま振り返ることなく、食堂兼酒場の外へと出ていった。


「……」


 そのいなくなった扉をぼうっと見つめながら、ニクスはレイチェルの言ったことを吟味する。


 来てではなく来いか。

 レイチェルらしい物言いだ。

 彼女とニクスは同じ宿屋に拠点を置き、部屋も隣同士だ。

 向かう手間も無いし、飯食ったあとは風呂入って寝るだけで、その後は特に用はない。しかし――。


 レイチェルから部屋へ来いとは初めてのことだ。背中が〝ゾワゾワ〟する。

 色恋や楽しみの〝ソワソワ〟ではない。〝ゾワゾワ〟である。そう、ニクスは少し恐怖を感じていた。


「……んだよ、その顔は。気持ち悪ぃな」


 と、彼がそんなことを感じていると――

 ニヤニヤというか、不気味な笑みを浮かべるおっさんが小指を立ててニクスを覗いていた。まるで、狐の目めいた狸顔で。


「やっぱ、お前等そういう関係だったのか」


「そんなんじゃねぇよ」


 ラカントラマの言いたいことを察したニクスは、キッパリと断言する。

 レイチェルとニクスの関係性は、桃源郷のような甘い関係ではない。簡単に言えば同級生で、彼女は数少ない友人の一人だ。


 もっとも、そんな事実を知らないラカントラマもなんとなく二人の関係は理解しているのだろう。それ以上は深入りはせず、肩を上げておどけてみせる。


「ちっ、そうか。つまんねぇの。――そういやお前、この街に来てどんくらいたった?」


「六ヶ月過ぎたあたりじゃねぇか?」


 約六ヶ月前、ニクスはこのフォクスがある領地より上。ジュピテイル王国が納める領土の最北端に位置する領地、スノーパスにある学校を卒業後、レイチェルとともに直ぐにこの街に来た。


「六ヶ月でランク【Ⅳ】かよ。やべぇなあ。……俺なんて十五年経っても【Ⅳ】止まりだってーのによ」


 しんみりと語るラカントラマだが、こうも早くニクスがランク【Ⅳ】になれたのは、ちょっとしたスタートダッシュがあったおかげだ。


 そのスタートダッシュというのは学生時代、レイチェルを含めた三人の友人と行った卒業試験の科目の一つ。

 ダンジョンで魔石を採取するという科目にて、四人はあまりにも現実離れした成績を残したので、最初からランク【Ⅱ】という特典を得たのだ。

ただ――。それでも六ヶ月でのランク【Ⅳ】は、異例ではあるのだが。


 ジュピテイルの探索者協会の〝ランク〟は【Ⅰ】から【Ⅹ】の十段階あり、そのランクの高さは強さではなく、協会へ納めた魔石の量で決まる。

 即ち、強さだけではなく、生き残る力をジュピテイルの探索者協会は評価しているのだ。


「ジュピテイルだと最年少記録らしいぜ。でも、他んとこだともっと低いヤツもいるらしいから世界は広いぜ」


 それは、ニクスがランク【Ⅳ】に上がった際に聞いた話。

 他の国の話にはなるが、深層へ行って仕事を完遂した最年少は、確認できるかぎり十三才のこと。

 有名な話で、無論ラカントラマも知っていることだろう。


「あー。そういや。お前らまだ十五だったな。生意気すぎてすっかり忘れてたぜ。……まぁ、他のダンジョンとここのダンジョン。法律も基準も違うし、時代も違うからそこはなんとも言えねーな」


 酒がちょっぴりとしか入っていないグラスを傾けながら、難しい顔をするラカントラマ。


 言うことは理解できる。最年少の話も何十年も前の話だ。

 それにニクスは、別に悔しいからそう言ったのではない。言葉通り、感心したからそう言ったのだ。ともあれ――


「まだ、十六になってないだけで俺は十六だからな!」


 そこは譲れないところ。口に白髭をつけながら、ニクスは空色の瞳でラカントラマを睨みつける。


「はんっ! 糞ガキにはかわりねーっての。酒飲めるようになってから誇れ」


 言って、グイっと残りの酒を煽るラカントラマ。


「じゃあ、後一年か。なげぇな」


 ニクスは今年で十六歳。ジュピテイル王国では、十六から成人とみなされ、ニクスももう少ししたら立派な成人年齢である。


 しかし、ジュピテイルでは飲酒できる年齢は十七歳からだ。

 酒がどうしても飲みたいというわけではないが、覚えるのがめんどくさいので統一してほしいところ。だが、決まりなので仕方ない。


「一年なんてあっという間だぞ。きっちり十七になったら、一杯おごってやるから。だから、そん時まで必ず生きていろ」


 飲み干してガンと勢いよくグラスを置くラカントラマ。その表情は、何故か険しい顔だ。

 多分、アルコールがきつかったのだろう。他の探索者もキツイ酒を飲むとそんな顔をする。


「ハゲラマもなー」


 酒よりも飯のがありがたいが――ともあれ、死ぬ気もないし、今のところレイチェルのおかげもあるが、ダンジョン内で危険を感じたことも死に近づくような窮地に陥ったこともない。

 これからもきっとそうだろうと、笑いながら気楽に言うニクス。だが、その発言を受けたラカントラマは神妙な面持ちだ。


「――はぁ。……お前ら協会へ入って二ヶ月経ったあたりからほぼ休みなんてないくらい仕事してたろ。……何を、そこまで急ぐ? お前が金にがめついのは知っているが……」


「別にがめつくねーし。貰えるもんは貰うだろ普通。それと、オレは別に急いでいるわけじゃねー。けど――」


「けど?」


 言いかけて、ニクスはこれ以上言ってはいけないと自制し奥歯を噛む。

 と、同時にニクスの頭に浮かぶのはレイチェルの〝夢〟だ。


 ラカントラマは親切に接してくれている人物であり、自身の気持ちとしてはそれを伝えてもいいと思っている。だが――。

 それはあくまでニクスの気持ちであり、レイチェルはどう思っているかわからない。なので、


「ま、いろいろあるんだよ。それよりも、飯だ。ハンバーグ定食大盛りとオムライス大! お代はハゲラマにつけといてくれ!」


 今は腹の虫をおさめるべく、グラスを磨いているマリリンへと注文をする。


「ふふっ。承りました」


「うおい!! 勝手に承るなっ。こいつめっちゃ食うんだぞ!」


「たっりまえだ! 成長期だからな!」


 と、やいのやいの言い合いながら飯を食うのだった。

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