第一話 【探索者時代】
ジュピテイル王国が保有するダンジョン【グリモン】。
その深層と言われる階層で二人の探索者は、深層の狩人と畏怖されている怪物。灰色で狼型の中型魔獣――オルフマルコスを前に、顔を見合せてニヤリと笑う。
「やぁっと、依頼の魔獣見つけたぜ!」
「確か、コイツの爪が依頼品だったけ? あーあ。本当にめんどかったー。深層って何か辛気くさいし、来るの一ヶ月に一回くらいでいいやって感じー」
最初に口を開いたのは、白髪に空色の瞳を持つ溌剌とした少年。
次に口を開いたのは、橙髪に葵色の瞳を持つ気だるげな雰囲気を醸し出す少女。
どちらも同じくらいの年齢だ。
二人の目に恐怖の色はない。
四肢を撓ませ、警戒をしているオルフマルコスを目前に、表情を緩めるくらい余裕がある。
白髪の少年の方は、刃のついていない棒刀を肩に乗せ、全身黒色の軽装。
橙髪の少女の方は、茶色いローブで身体を包み、木製の杖を右手に持っている。
「さーて、いっちょやりますか。さっさとお風呂入りたいし」
そう、気軽に言う橙髪の少女の掛け声が合図だった。
ずっと四肢を撓ませていたオルフマルコスが、俊足の一歩で二人に飛びかかり、距離を零に。
少年達の胴程もある腕が振るわれ、薄汚れた爪が迫る。しかし――
「……うおっと、そう焦んなよぉ!」
白髪の少年が橙髪の少女の前に入り、振るわれたオルフマルコスの右腕を棒刀で軽々と弾き返す。
「そのまんま抑えててねー。今からボーン、しゅばばばって殺っちゃうからさー」
「爪だけは巻き込むなよぉ。また三日間も探すのはめんどくせぇ、ぞ!」
橙色の少女がタンっと地面を蹴って五メートル程背後に下がり、白髪の少年が間髪入れず振るわれたオルフマルコスの左碗を弾く。
「わかってるってーの……と」
白髪の少年の忠告を受け取った橙髪の少女は、気だるい態度を隠さずに持っている杖を正面へと構えた。
「白猿、二十秒」
「余裕だなぁ!」
短いやり取りを交わし、二人は互いに顔を付き合わせることもなく頷き合う。
白猿と呼ばれた少年が前衛で、橙髪の少女が後衛。
その当たり前かのような陣形をすぐさま敷く二人は、それなりに長い関係なのだろう。
「――てなわけで二十秒、対戦よろしくお願いします!」
何を思ったのか、前衛を任された少年――白猿は、律儀にオルフマルコスに四五度頭を下げる。スキだらけだ。
それを舐められていると野生の感で感じとったのだろう。
オルフマルコスが大口を開いて威嚇。その大口の中には、ツララのような鋭い牙がズラリと並んでいた。
「……グルル」
オルフマルコスは、このダンジョン【グリモン】の深層の狩人である。数多の探索者を自慢の速度で狩って、己の糧としてきた。
今回もその例に漏れず、この無礼な探索者を糧とする。先程は腕がダメだった。なら次は己の牙で。
オルフマルコスは大口を開けたまま、未だ頭を下げている無防備な白猿へ、突風のような速度で踊りかかった。
時間にて瞬きの間、オルフマルコスの牙が、成人男性の身体半分は齧られるであろう大口が、白猿を覆い隠し――
「おいおい、挨拶は大事だろ! 挨拶しろやこの、犬っころがぁ!!!」
「ガるるるぅ?!」
しかし、その大口は鈍く重い音とともに、強引に閉じさせられた。
白猿が珍妙な言い掛かりと合わせて振るった大上段、強烈な一撃がオルフマルコスの脳天を叩く。
「いい声上げてくれるじゃぁねぇか! おい! 気に入ったぜ!」
その衝撃は凄まじいものだったのだろう。
オルフマルコスは酔っぱらいのようによたつき、目は虚ろに揺れる。
だが、白猿はそんなのもお構い無しにと、最初の一発と同様に棒刀を振りかぶり、今度は鼻面へと叩きつけた。
「お、ら! もっと楽しもうぜ!!」
「ぎゃうんっ」
その攻撃で顎をかちあげられたオルフマルコスは、後方へとぶっ飛ぶ。
深層の狩人と大層な呼び名とは思えない、可愛らしい苦鳴をあげながら。
「まだまだ行くぜ。犬っころ!」
ぶっ飛ばした張本人。白猿は、脚に力を入れ、まだ空中に滞在しているオルフマルコスへと肉薄すると、
「おらっ、おらっ、おらあぁあ!!」
裂帛の咆哮とともに追撃を繰り出す。
一撃、二擊、三擊。
白猿が棒刀を振るう度に灰色の体毛が散り、筋肉質なオルフマルコスの身体を埋没させていく。
「ちょっとー。白猿さんやー。アタシの見せ場もとっといてよー。一応準備したんだからさー」
と、白猿の背後、橙髪の少女が唇を尖らながら言う。
そんな彼女の目前には、自身の身体と同じくらいの水球が、雲のようにフワフワと浮かんでいた。
「わかってるてよぉ! それに、後五秒じゃぁ、流石に倒せねぇ、よ!」
本当かと疑いたくなるほど、現在も一方的に白猿は、棒刀をオルフマルコスに向かって叩きつけている。
そうして叩きつけながら、彼は未だ空中に滞在しているオルフマルコスの下に潜り込こむと、
「そぉら。ラストだ! 対戦ありがとうございましたってなぁ!!!」
「ぎゃいんっ!」
腹部を蹴り上げる。
よって、後方へと強制的に移動していたオルフマルコスは、その移動を急停止。
今度は真上、灰色の天井へと吹き飛ばされた。
「弾女ぁ! 五秒経ったぞ!」
「はいはい」
気炎を吐く白猿とは対称的に。
弾女と呼ばれた橙髪の少女は蓮っ葉に返事を返すと、自身の持っている杖をオルフマルコスに向ける。
その際、杖と連動してるかのように水球が動き――――急速に拳サイズに収縮した。
「――バレット」
弾女はそう静かに一言呟く。
と、収縮した水球――弾丸が音もなくオルフマルコスへ向かい、軽い音を奏でて着弾。灰色の身体に埋まる。
しかし、その弾丸はオルフマルコスの厚い皮膚を貫けなかったのだろうか。
弾丸による外傷は見当たらず、かといって何かしらの変化があったわけでもない。
オルフマルコスは灰色の天井へ向かっていくだけだ。
だが――
次の弾女の一言で、変化が起きた。
「弾けろ」
――――瞬間。
オルフマルコスの胴体が風船のように、徐々に、徐々に膨れあがっていく。
弾女は、その急変を退屈そうな表情で眺め、
「あーあ、傘持ってくれば良かったなー」
言いながら、彼女はローブの後ろに取り付けてあるフードを深く被った。
そうして、弾女が膨張を続けるオルフマルコスを眺めること数秒。天井へと到着する目前。
灰色の腹部が、地面に叩きつけた水風船のように一気に弾け、周囲に暖かい赤い雨が滴り落ちた。
「ま、どうせこの後お風呂入るしいっか。おーい、白猿。さっさと剥ぎ取って帰ろーぜー」
「ったく。お気に入りの装備が血だらけじゃねぇか。昨日新調したばっかなのによぉ……」
「はいはい。すいやせんした。魔石はあげるから、それでいいっしょ」
「よし! 全然いいぜ!」
ぼーっと血の雨を浴びる弾女に、駆け寄る白猿。
最初こそ彼は非難を言っていたが、弾女のその言葉に態度を百八十度ガラリと変え、喜色満面の笑みを浮かべる。
と、同時に空からべしゃりと深層の狩人だったモノが落ちてきた。
白猿は弾女に背を向け、どこかルンルンとした様子で亡骸に近づく。
「……ふわぁ。なるべく早く解体終わらせてねー」
「あいよ!」
眠そうにあくびをかます弾女を背にして、元気よく返事を返した白猿は、深層の狩人を解体するべく、腰に納めているナイフを抜く。
そうして解体を終え、目的を達成した二人は、手慣れの探索者しか帰ってくるこのできないと言われる深層を後にした。
◇◆◇◆◇◆
夕暮れ時。多くの人々が仕事を終え、そろそろ夕飯の支度をする時間帯だ。
そんな時間帯だというのにカウンターに座るその男は、既に酔っぱらっているらしく、顔を赤く染めていた。
「聞いてくれよ、マリンちゃん」
「どうしたんですか。ラカントラマさん」
黒服を着用したブロンドの髪色の女性に、甘えた声を溢すラカントラマと呼ばれた男性。
彼は二十歳から探索者を始め、今年で十五年目。中堅からベテランの域に入っている、今年三十五歳の探索者だ。
「このまま、ここで働いていてもいいのかなってな。他にも何か道があるんじゃないかなって」
ラカントラマは毛の無い頭を擦り、トントンとカウンターを二回程小突く。
どうやら彼は、人生の岐路で悩んでいるようだった。
「なる、ほどです。……そうですか。確かに悩みどころですね、探索者は稼ぎはいいですが、その分いつ命を落とすかわからないですし。此方としては痛手ですが――」
ガヤガヤと喧騒の堪えない室内。
自身の職場を見渡すマリンちゃんは、ジュピテイル王国に設置している探索者協会の支部長であり、本名はマリリン・エッフェルトと言う。
年齢は不詳で秘密だが、その見た目は二十五でも全然通る程美しい。
そんな彼女は悩める中年、ラカントラマの空いたグラスに琥珀色のお酒を注ぐと、
「ラカントラマさんは、他に何かやりたいことでも?」
「それも悩みの一つなんだよ。女を抱きてーとか、酒を飲んでいてーとか。そういう小さくてしょうもないのはあるんだが……」
「しょーもないことはないですよ。小さな欲求、それは人間が日々を生きる上で欠かせない活力です。私はそういう人達が好きで、その人達がなるべく命を落とさないように尽くすのが仕事です」
「でも、俺も歳っちゃあ歳だ。ベテラン連中のように今後も動けるとは限らねぇ。俺は強くもねぇし。――不安、なんだよ」
と、ラカントラマは今後の人生への憂いを嘆き、グラスに手をつけて酒を煽る。その姿は、不器用な子供みたいだった。
そんなラカントラマの様子にマリリンは、ブロンドの髪を揺らし、悠然と微笑む。
「ですがラカントラマさん。今、時代は変化しています」
「おん? ……と、言うと?」
ふいに投げ掛けられた意想外の言葉に、ラカントラマはトロンと据わった目をマリリンへと向けた。マリリンの次の言葉を待っている。
「ラカントラマさんがご存知かわかりませんが……現在はダンジョンの利用価値が変化しているのです」
言いながら、後ろの棚から新しいグラスを三つ取り出すマリリンは話を続ける。
「昔、ダンジョンを廻る戦争があったのはご存知ですよね?」
「ん? あぁ。知っているぜ。理由も有名だ。でも、それがなきやぁ……俺は探索者になってなかっただろうな」
その事実はラカントラマの知識にも存在している。
ダンジョンの魔獣や壁や植物、至るところから産出される――今では生活の必需品であり、どこでも使用されているエネルギー源。通称、魔石。これをめぐった戦争だ。
なんでもその昔、このジュピテイルを含め、ダンジョンを保有する七大国は、その魔石をせっしめていたらしい。
それに憤りを感じていた小国の連合が戦争を引き起こした。
ラカントラマがじいさん連中に聞かされた話によると、戦争は悲惨だったがそんなに長くは続かなかったらしい。
ともあれ、長くはないが悲惨な戦争をおさめた後、七大国は二度とダンジョンをめぐって戦争が起きないように猛省し、誰でも、どの国の人間でも、ダンジョンに潜れるよう中立の立場として、ダンジョンのある七つの大国に探索者協会を設置した。
そうした過去があって、世界は、時代は、だんだんと平穏を取り戻して、現在も続いている探索者時代へと突入する。
それが大体二百年前だったと、そうラカントラマは記憶していた。
「それは私も同じですよ。――そうですか。なら、そこは飛ばしてもいいですね」
「あぁ。大丈夫だ」
ラカントラマが理解しているのを確認したマリリンは、三つのグラスをカウンターに。
その一つのグラスに、コトコトと紫色の液体を注いだ。
「今では探索者が取ってくる魔石はこの世界の運営、生活の大部分を担いとても大切な代物になりました。
ダンジョンが解放された後は、取れるものが財を成し、大変豊かな生活をしたと記録に残っています」
「それも、知ってるぜ。深層クラスから落ちる魔石程度で、一生暮らせたらしいなぁ」
今では考えられないと、額をペシリと叩いて大袈裟に嘆くラカントラマに、マリリンは眉を悩ませる。
「そうですね。今の探索者さんは命とお金。その天秤で言うと、均衡は保っていないと。私ももっとお金を出したいところですが――心が苦しいところです」
「それもこれも分業のせいか……いや、そういえば、そんな話じゃなかったな。で、変化っていうと?」
「ふふ。実はその話も少し関係しているんです」
と、ジュピテイル王国特有の蒼の瞳を細め、薄く微笑むマリリンは腕を組む。
厚手の黒服の上からでも、豊満だと主張する彼女のスイカが上へと持ち上がった。
「ラカントラマさんの言う通り、昔ほど稼げなくなった理由は分業制になったからです。
昔は全て探索者協会がその役割を担っていましたが……。
時代が経つにつれて、魔石を収集する探索者、それを加工する職人。そして、売る商人に別れ、それは今も細分化を続けて、どの大国も基本は資本主義の路線へ行っています」
「ほう?」
その出っ張り、こぼれ落ちそうなスイカに視線を写すラカントラマは、まるで鶏のようにカクんと虚ろな目で首を傾げる。
「ラカントラマさんは、最近の探索者協会の依頼に対しての変化に気づいていませんか?」
ラカントラマの視線に対し、気にしていないのか、それとも慣れているのか。
明らかな直視。気付いているだろうにマリリンはあえて指摘せず、呆けるラカントラマにグロスを塗った艶やかな唇で言葉を紡いでいく。
「少し前までは魔石が八割。ダンジョン内で取れる生物の一部や植物や鉱物――所謂素材と言われる物が二割の割合で依頼されてきました」
そういえば、確かにそうだったなぁ。と、頭の中に過るも、眠くなってきたラカントラマは、弾むスイカに視線を揺られ、うつらうつらと船を漕ぎ始めた。
だが、そんなのお構い無しにマリリンは、
「しかし、ここ最近は、急激に依頼状は五分五分の割合になっています。つまりそれは、素材の重要度が増してきたということ表しているといことで――」
左手と右手。その両手を組み合わせて、ズイっとテンションをワントーン上げてカウンターから身を乗り出す。
「戦う力が必要で、魔獣倒してなんぼ、深層行けてなんぼが、今までの探索者の在り方でした。けれどこれからは、戦う力がそんなになくとも植物への知識だったりがあれば、命の危険が少ない上層でも十分に稼げることを意味します。――十分な変化ではないですか?」
「お、おぉ……確かにそうだな。素晴らしいなこれ――じゃなかったそれは」
たゆん、たゆん。
揺れに合わせてラカントラマは頷く。
熱の入ったマリリンの言葉は、ほとんど耳にはいってない。雰囲気だけで相槌を打つ。
「ダンジョン、イコール戦闘だけではない時代がもう来ているんです。そこで、探索者協会もその変化に対応するべく、戦う力が乏しいけれども賢しい子達を迎え入れたいのです」
「ほほう……ん? ……ちょい待ち。マリンちゃんよぉ、そんな事情を俺みてぇなヤツに話して大丈夫なのかよ?」
と、そこでラカントラマは目をぱちくりとさせる。
適当に話しを聞いていた彼ではあるが、次第に話がでかくなっていることに気付いた。なんとなく焦る。
しかし、それは杞憂であるとマリリンは微笑み「はい」と大きく頷いた。
そして、自身の手をラカントラマの分厚い手に伸ばし――そっと握る。
「ですので、そのような経緯もありますし――ラカントラマさんのようなベテラン探索者さんにそういった子達の指導、生きる術を教えていただきたいなと私は思っています」
「はえ? お、俺がかー? そんな急に言われても……それに、俺は別に手練れでもねーし、ランクだって――」
急に舞い込んだ話は、つまるところ探索者を卒業、あるいは探索者をしながら人を育てることだった。
戦う力が乏しいヤツを育成していくなると、基本的にダンジョンの上層での仕事になるだろう。
命の危険が少なくなるというのは、いいことだ。
しかし――。
自身は平均平凡。むしろ年齢的に考えれば平均以下の一探索者に過ぎない。
そんな自分がどうしてそんな役割をと、ラカントラマは困惑を額のシワで表現する。
「難しいお顔をなさっていますね、ラカントラマさん。お給金はそれなりに協会側からお支払致します。無論、無理強いはしません。……ですが、向いていると思いますよ?」
「うっ……給金はまぁいいとして……どうしてマリンちゃんは、そう思うんだよ」
給金。という言葉にラカントラマの心が揺らぐ。
安定した給料――探索者は、基本的に依頼を達成した量で自身の手取りが決まる。
稼げるときは稼げるが、稼げないときは稼げない。夢はあるが不安定な職業だ。
それはさて置き、前述した通りラカントラマは、ベテランではあるものの特段優れた探索者ではない。なのに、どうしてなのだろうか。
その理由にマリリンは、お茶目にウインクを一つ。
「――――だってほら、ラカントラマさんは年下に好かれるでしょう?」
「はぇ……そ、それだけ?」
一本だった額のシワがズズズっと三本になった。マリリンの意図外の右フックに、ラカントラマの時計の針が止まる。
しかし、それはほんの少しで、マリリンが「ふふ」っと悠然に微笑むことで直ぐに秒針が刻まれた。
「勿論、それだけじゃないです――。ですが、ラカントラマさんのような年下でも接しやすい大人というのは、とても貴重な存在ですよ」
「くっ……それは、ただ単純に舐められてるとか、馬鹿にされているだけだってーの」
ラカントラマの茶色の目に、マリリンは自身の目を合わせて柔らかく言う。
しかし、ラカントラマはその理由に不貞腐れた態度を取った。握られた手を大雑把に離し、そっぽを向く。
そんなラカントラマをマリリンは慈母のような笑みで見つめ、二つめのグラスにミルクを注ぐ。
マリリンから柔らかな視線をくべられている事に気づかないラカントラマは酒をちびっと口をつける。と、同時にラカントラマはここ、探索者協会の支部に併設された、食堂兼酒場に来た当初の目的を思い出す。
「――そういえばよ、マリンちゃん。ニクスのガキとレイチェルのガキを見てねぇんだが……仕事じゃねぇのか?」
そう。ラカントラマが今日ここに来た目的は、馬鹿にしてくる年下達――とくに舐め腐った態度を取るその二人に用事があったからだ。
二人が停泊している宿屋に最初行ったが、その二人は五日前に仕事へ出掛けたとの事だった。
であれば必然的にここにいるだろうと、ラカントラマは当たりをつけたわけだが――
「む、ダメですよ、ラカントラマさん。二人を本名で呼ぶのは。――メっ! ですよ!」
「メって……ガキじゃねぇんだからよぉ……それにレイチェルはともかく、ニクスのガキは別にいいだろ」
「ふふ。そうでした。ともあれバレットさんと白猿さんは、現在はお仕事ですよ?」
自身が探している人物を支部内の通り名で呼び直すマリリンに、やっぱりかと納得するラカントラマ。
やはり、事前の情報通り二人がいる場所は、ダンジョンで間違いないだろう。
今回は何を討伐しに行っているのだろうか、どんな突拍子もないことをしでかすのだろうか。
ラカントラマは、酒の入ったグラスを顔の前で揺らす。
琥珀色の自身の表情は、どこか元気がなさそうだった。
「なるほどなぁ……」
五日間もダンジョンの中というのは中々に長い期間だ。二人がなんの仕事を二人が気にはなるが、探索者には暗黙の守秘義務がある。深くは聞かないし、そこらへんは弁えているつもり。
しかし、次のマリリンの言葉にラカントラマは自身の耳を疑った。
「――深層に」
「は?」
――深層。
他の国のダンジョンはどう呼ばれているか知らないが、ジュピテイルのダンジョン【グリモン】は、上層、中層、下層、深層に区分され、探索者協会が定めたランクによって行ける階層が決まっている。
深層は探索者のランクが【Ⅳ】にならなければ入れない。
ラカントラマの記憶では、件の二人はまだランク【Ⅲ】の筈だ。
「先日お二人はめでたくランク【Ⅳ】に上がったのですが、その足でそのまま深層へお仕事に行かれました」
なぜ、という疑問が表情にでているラカントラマ。マリリンがその疑問を解消する言葉を告げると目を見開いた。
「なっ! ――――っ……付き添いは誰か行っているのか?!」
初回に深層へと行くときは、義務はないが慣例的にランク【Ⅳ】以上の探索者がついていく事になっている。
自惚れではないが自身以外、大人の言うことをなかなか聞かない二人だ。悪い予感がして、ラカントラマの背筋が凍った。
「お二人が付き添いを必要とするかどうかは、ラカントラマさんが一番わかっているのでは?」
「やっぱりか! こんちきしょう。……こうしちゃいられねぇ!」
案の定、想像通りの二人に一瞬でラカントラマの顔が酔っぱらいから精悍な探索者の顔に。
よろけながらも立ち上がり、懐からお金を取り出すと、机にそのお金を叩きつけた。
そのラカントラマの焦る様子とは対照的にマリリンは微笑む。
「そういうところが向いているんですよ」
しかし、その小さな呟きは血相を変えたラカントラマの耳には拾われない。
マリリンは、今にでも飛び出して行くであろうラカントラマに優しい音色で再度声をかける。
「まぁまぁ。心配しなくともお二人は無事です。必ず帰ってきますから。なんたって彼らは――」
「そうじゃねぇ! そういうことじゃねぇだろ!!」
宥めようとしたのだろう。しかし、ラカントラマは一喝しマリリンの言葉を遮る。
ガヤガヤと賑わっていた室内は静まり、それをしでかした当の本人は、周りを見て気まずい顔をしながらも、扉へと視線を向けた。
と、そこでその扉が静かに開く。
そして――――二人の人間が、静まりきった室内へと堂々とした出で立ちで入ってきた。
一人は軽装の白い髪の少年。
一人はフードの隙間から橙色が溢れる少女。
どちらも血濡れだ。
白い髪の少年がラカントラマを指す。
橙色の少女がマリリンを指す。
「あ、ハゲラマ」
「あ、詐称女」