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短編

推しと爆散と異世界知識

作者: 借屍還魂

あまり深く考えずお読みください。

 近年、随分と根付いた推し文化。アニメキャラは勿論、アイドルやアーティストなども推しとして、推し活を楽しむ人も増えた。


 そんな中で、私は二次元専門のオタクである。では、何故わざわざ他のオタクに言及しているのか。


 その理由は単純で、私の推しは、殆ど死んでしまうのである。


 バトルものが好きなら、ある程度は仕方がないかもしれない。しかし、死ぬキャラが少なくても、必ずと言って良いほどに死ぬ。

 同じくオタクで、殆ど同じ作品を好んでいる妹に死神と呼ばれながらも、推しが死ぬのは私だけではないと言い訳をしていた。

 しかし、だ。ある日、気付いた私は、妹に尋ねてしまった。


「私の推し、爆散すること多くない?」


「今更?」


 ロボットアニメは仕方ない。乗ってる機体ごと爆散する。それでも推しは特に派手に爆発している気がするが、多分気のせいだ。

 バトルアニメも、多分、仕方ない。魔法ものなら炎や爆発による攻撃だってあるし、色んな事情から自爆することもあるし、建物も爆破されがちだ。

 推理アニメでも、まあ、推しは爆散したのだが。火山が絡む回や、爆弾魔の回が全く無いわけではないからと、納得しようとして。


無理だった。


 極め付けは、小説投稿サイトで読んだ、人は死なないと思っていた異世界ほのぼの系作品で、主人公の親族だった推しが事故死したのである。

 様々な要因が重なったものだが、油による火災が重大化し、推しは爆死した。


 どうして。悲しい気持ちと共に、コンビニでも行こうと外に出た私は。信号無視の車に撥ねられ意識を失い、そして。


 目覚めると、どう見ても二次元コンテンツな麗しい男の御尊顔が目の前にあった。その顔をじっくりと見て、私は確信する。


「……爆散して死ぬ系の顔だ」


 あまりにも推しが死ぬせいで、キャラの顔を見るだけで死にそう、更には爆散しそう、という予想がつくようになったのである。

 判断基準は簡単で、好きだと確信できるキャラは死ぬ。そして、関係ない時間もふと頭に思い浮かべるほど好きな推しであれば爆散する。


 目の前で寝ている人は、藍色の長髪で綺麗系の顔。儚げな見た目で意外と我が強かったり、暗い過去があったりすると引き返せないほど好きになる私からすれば、現時点で外見の好みドストライクの人物である。性格はまだ謎だが、多分好きになると思う。


「あの……」


 私が寝ているベッドの横に座っていたということは、看病してくれていたのだろうか。取り敢えず、好意的な態度だと嬉しいな、と思いつつ声を掛ける。


「……ああ、気が付かれましたか?」


 綺麗な、金色の目が、私を射抜く。ぎこちない動きで頷くと、その表情が少し和らいだ。あ、可愛い。ついでに言えば、女性と見紛う見た目に反して少々低めな声も好き。関係ないことを頭から振り払い、真面目な質問を口にする。


「えっと、此処は?」


「王都にある私の屋敷です」


 顔の造形や髪の色や服装から予想できていたが、やはり、此処は日本ではないらしい。


「私、どうして此処に……?」


「書庫から爆発音がして、様子を見に行ったら貴女が倒れていたのです」


 爆発音がして、扉を開けると白煙が立ち込める中、私が倒れていたとのことだ。本や部屋には爆発の形跡はなく、私も気を失っていただけで外傷はないので、不思議に思っていたらしい。

 意識を失う直前、車に撥ねられた気がするのだが体は何処も痛くない。不思議だが、病院ではなく他人のお屋敷のベッドで寝ている時点で不思議しかないので、考えるのはやめよう。


「助けてくださり、ありがとうございます」


「いえ。特に怪我がなく、安心しました」


 では、本題に入っても良いでしょうか。そう問われ、背筋を伸ばす。そんなに緊張しなくていいですよ、と前置きをしてから胸に手を当て、推し候補は言った。


(わたくし)は、ゼリグナ・ノイベルグと申します」


「早乙女雫です。貴方に合わせると、シズク・サオトメ、ですかね」


 丁寧に名乗られたので、普通に返事をしてしまった。が、こういう時って本名を名乗らない方がいい場合があるな、と言い終わってから考える。

 下手に嘘をついて疑われても嫌なのだが、どうなのだろう。


「異国の方ですか?」


「おそらく……?」


 ダメだ。この顔を見て話をしていると、うっかり見惚れて思考力が著しく下がって嘘を吐くどころか、何も考えてない返事をしてしまう。

 つい先程、本名を名乗らない方が良かったかも、と考えていたのに、もっと誤魔化すべき出身地の事を誤魔化しきれていない。


 気まずい沈黙が、場を支配する。


 が、ノイベルグ様は如何にも理知的といった切れ長の瞳に違わず頭がいいのか、小さく咳払いをして、もう一度尋ねてきた。


「聞き方を変えましょう。異世界の方ですか?」


「えっ」


 異世界転移した時に、異世界の人から異世界って単語を言われることってあるんだ。驚いていると、私の反応を見て納得した彼は説明を続ける。


「我が国には、定期的に異なる世界からの来訪者が訪れるのです」


「そうなんですか?」


 すぐに判断できるほどの頻度で異世界から人間がやってくる国らしい。その割には、屋敷自体は中世ヨーロッパ風だが、理系の人はあまり来ていないのだろうか。


「はい。先程、貴女を発見した時の状況は、来訪者が現れる際の状況と酷似していました。その上、聞き慣れない名前ですので、そう推測したのですが」


「えっと、確信はできないですけど、異世界から来たんだと思います……」


 まあ、前例もあるなら異世界転移で間違い無いだろう。どう考えても車に轢かれたし、典型的なトラ転である。


「成程。問題は、どうして私のところに現れたのか、ですね」


「確かに……」


 王道パターンだと、異世界転移は王城とか神殿で召喚される、というイメージである。特に召喚された感じでは無いのに、どうしてこの屋敷に現れたのか。


「来訪者は、運命を変える存在と言われており、運命を変えられる人物の前に現れると言われています」


 考えている内容は全然違った。この世界では別に異世界人を召喚しているわけでは無いらしい。どちらかと言うと、突然現れては運命を変えるような存在らしい。


「つまり、私は、貴方……、ノイベルグ様の運命を変えに来た、ということですか……?」


「ゼリグナとお呼びください、来訪者様」


 どう見ても貴族で美人な推し候補を、呼び捨てするような度胸はない。名前の呼び方は訂正が入ったが、私が現れた理由は否定されなかった。彼の運命を変えに来たことは間違いないらしい。


「いえ、助けてもらった身で申し訳ないので……。私の方こそ、シズクと呼んでください」


 というか、お前、とか呼ばれても全然気にしない。一般市民に様とか付けないで欲しい。緊張するので。

 必死になって敬称無しで呼んでもらえるよう頼むと、諦めてくれたようで、深々と溜息を吐かれた。


「私は貴女をシズクと呼ぶので、ゼリグナと呼んでください。おそらく、年齢もあまり変わりませんから」


「え、ゼリグナさん幾つですか?」


 思わず、特に敬語もなく尋ねてしまった。


「敬称は必要ありませんが。28です」


「私、25です。こういう時、日本人……、私たちの人種って若く見られること多いんですけど、よく分かりましたね」


 海外に旅行した日本人が子供と間違えられて、お酒を売ってもらえないのは有名な話である。かなり話し方が崩れてしまったが、ゼリグナさんは気にしていないようだ。心が広い。


「歴代の来訪者様は、20から35までの方しかいませんから」


「成程。そんなに来訪者って多いんですか?」


「2、30年に1人の頻度で現れるようです。国の中枢に関わるものや、商工業の発展に寄与するものの前に現れることが多いですね」


 この国は建国から128年経っており、その間に来訪者は7人現れているらしい。因みに、他の国や、もっと古い歴史上の国にも来訪者が現れた記録があるらしい。


「ちなみに、ゼリグナさんのご職業は……?」


「宰相補佐です」


「偉い人ですね」


 文官っぽい見た目をしているとは思ったが、宰相補佐とは。詳しいことはわからないが、大抵宰相は国の中でも片手に収まる偉い人だ。その人の直属の補佐となれば、地位が高いことはもちろん、優秀であることは間違いない。エリートである。


「そうでもないです。平民上がりの文官なので、宰相補佐と言っても3人いる中の下っ端ですから」


「そうには見えないんですが……」


 天から与えられたであろう黄金比の麗しい顔立ちに、手入れの行き届いた髪や衣服。どう見ても平民とは思えない。所作も綺麗だし、言葉も丁寧だ。そう言った部分は、簡単に変わるものではない。

 どう見ても平民な私を委縮させまいと、謙遜しているだけではないか。じっと見つめていると、ゼリグナさんは困ったように眉を下げた。


「厳密に言えば、生まれは子爵家でしたが領地はなく、以前住んでいた屋敷が火事になり家族も財も失い、爵位も返上することとなりました」


「波瀾万丈ですね……」


 なので、現時点では平民らしい。とはいえ、宰相補佐なので一定の稼ぎがあり、火事の後も残ってくれた使用人がいるため、暮らしは貴族のものに近いとのことだ。


「いえ、父の上司でもあった宰相様が、私が働けるようになるまで援助してくださったので。文官になるための教育も施していただき、感謝してもしきれません」


 文官になるまでの間の資金は、宰相様が援助してくれていたそうだ。無事に宰相補佐になってから、そのお金も返し終わったのだという。


「尊敬されているのですね」


「はい」


 尊敬する上司だと、宰相様のことを話すゼリグナさんの表情はとても眩しく、本当に尊敬していることが伝わってくる。


「では、宰相様の役に立つことが目標ですか?」


「そうですね。それと、法の整備を行い、あのような事故を二度と起こさないことを目指しています」


「そうなの、ですね……」


 過去に辛い経験があっても、運命を恨むのではなく、次の被害を無くそうとする高潔な精神。

 平民の身で宰相補佐になるには苦労も多かっただろう。それでも、目的を達する為に突き進む覚悟。


「どうしました?」


「今、確信しました」


 ゼリグナさんは、完全に、私の推しになる。この短い時間で好感度は急上昇している。だが、私が推すということは、命の危機に晒される可能性が高いということだ。

 それも、爆発に巻き込まれる可能性が高い。


「何をですか?」


「私は、貴方の運命を変えに来たことをです。ゼリグナさん」


 そして、自分自身の運命も変えるために、此処にいるのだろう。推しが爆散するという、悲しい運命を断ち切る為に。


「ですが、どうやって……」


「来訪者である私の知識、存分に役立ててください」


 絶対に、助けてみせる。その想いを胸に、私は紙とペンを要求した。



「この世界では、火薬や爆薬といったものは使用しますか?」


 爆発事故を避けるのなら、まずは、この世界にある火薬や爆薬の知識が必要である。幸い、宰相補佐であるゼリグナさんは、幅広い知識を有しており、屋敷に所有する書物の種類も数も多い。

 私たちは、書庫に移動し、具体的な話し合いをすることにした。


「ええ。大規模な工事などを行う際に、爆薬を使って崖を崩したりします」


「その管理に関する法律はありますか?」


「はい。取引や製造、利用に関する手続きが存在しています」


 結果、判明したのは、黒色火薬と思われる物は既に利用されていること。そして、製法も確立されており、供給もある程度安定していることだ。


「えっと、普段の取り扱いに関する法律は?」


「取り扱い、ですか。詳しくご説明いただいても?」


「例えば、製造所の設備や貯蔵庫の条件。取扱量や建築場所、日常点検方法などです」


「認可を与えた者に一任しております」


 だが、しかし、火薬の保管などについての法律は存在しないらしい。基本的に王都や規模の大きい街で保管することはないので、大規模な事故も起こっていないのだろう。

 とはいえ、防げる事故を見過ごすのも心苦しい。それに、ゼリグナさんが事故に巻き込まれてはいけない。できる限り可能性は潰しておくべきだろう。


「認可を与えた者の能力は確認していますか?」


「……爵位による制限はありますが、厳密な審査は行なっていないかと。実際に危険な業務に当たるのは犯罪者などになりますので」


 爵位が高いということは、ある程度の教育を受けているはずだ。しかし、貴族が直接作業の指示を出すわけではない。現場にいる人間が、危険を理解していなければ事故は起こる。


「事故が起これば被害を受けるのは現場や近隣の民でしょう。未然に事故を防ぐための知識を、管理責任者は備えておく必要があります」


「仰るとおりですが、どのようにして……」


 そう言われて、真っ先に思いつくのは資格試験である。筆記試験で一定の点数を取ることで、理解していることを示すことができる。


「文官になるには登用試験はあるのですか?」


「採用は専門のものが本人の能力等を見て決めているので、明確な基準はありませんが……」


 中世でも科挙のような試験はあるかと思ったが、この国は世襲制らしい。

 どちらがいい、というわけではないのだが、似た制度が無ければすぐに試験を実施するのは難しいかもしれない。


「私の世界では、重要な法令を覚えているかどうか、確認が行われていました。また、実務につくものは定期的な講習を受けていました」


「法律は必要に応じて変化しますからね。実務では忘れがちな規則を確認する機会を設けるのですね」


「はい」


 ひとまず、使えそうな案を紙に書き出していく。ゼリグナさんに説明をしてわかりにくい部分は加筆したり、話している間に思いついた改善案を書いたりと、ペンを動かし続ける。


 そうしているうちに、すっかり日は沈み、書庫の扉が控えめに叩かれた。夕食の準備ができたことを、使用人が知らせにきたらしい。


「……時間を忘れていましたね」


「ずっと話してたので、ちょっと喉が渇きましたね」


「そうですね」


 そんなことを話しながら、食堂へと足を向ける。ゼリグナさんは討論結果を纏めた紙を捲りながら、私に問いかける。


「シズクは、何故このようなことに詳しいのですか?」


 それは、推しがよく爆散するというか、爆発に巻き込まれるので、死んでいない可能性を信じる為に調べているうちに詳しくなったからです。


 そんなことを言えるはずもなく、上手い言葉を探すが中々思いつかない。


「……すみません。少し、説明が、難しくて」


 この国の娯楽文化はどの程度発展しているのか。書物があるのなら、娯楽小説もあるのか。その辺りは全くわからないので、説明が難しい。


「言い難いことを聞いてすみません」


「あ、いえ、そういうわけでは、ないのですが……」


 ゼリグナさんのように、過去に事故に巻き込まれたとかではない。だが、並々ならぬ思いで、爆薬などについて調べていたのは本当だ。


 慌てて言葉を探していると、ゼリグナさんは柔らかく笑った。


「貴女の協力には、感謝しています。貴女の話したような規則があれば、小規模な事故が減ることは勿論、大規模な事故を未然に防ぐことができると思います」


「皆さんが厳しくなった規則に従ってくれれば、ですよ。むしろ、問題は今からでしょうから……」


 日本での法律を並べただけでは、この国では使えない。実際に使える形にするには、法律の専門家同士での話し合いが何度も必要になるだろう。私は案を出しただけで、実現する時に苦労するのは、宰相補佐であるゼリグナさん達である。

 そう思って口にしたのだが、ゼリグナさんが考える問題は、別のものだったらしい。


「厳格化された規則を守らない者たちへの対処、ですか?」


 その可能性もあった。確かに、それは大きな問題だ。私は苦笑いしながら、規制を行う際の問題点を挙げていく。


「安全のための基準を守れば、その分、労働者への教育の必要になります。また、管理できる火薬の量が減少すれば商売の規模が縮小します」


 労働者への教育や、試験を受けさせるとなれば費用は勿論、学ぶ時間を与える必要がある。そうなると一人当たりの労働時間が短くなってしまう。

 また、取扱量が少なくなれば、当然利益は落ちる。基準を満たすために設備を強化するとなれば、それなりに費用が発生してしまう。


 安全よりも、そういった目先の損失を避けようとするものは、悲しいが、現れてしまうだろう。


「今までの稼ぎを保つべく、基準以上の量を取り扱う者や、管理を怠る者、そして……」


「競合相手の取扱量が減った機会に、裏で事業拡大を狙う者も現れるかもしれませんね」


  そう言った場合に、法の目を掻い潜り、稼ごうとする者も存在するのである。


「何も起こらないといいのですが……」


 ゼリグナさんの呟きに、私は小さく頷いたのであった。




 私がゼリグナさんの屋敷に現れてから三ヵ月。宰相様を中心とした法改正は順調に進み、私は屋敷から全く出ていないものの、来訪者として宰相様の相談役と言う仕事を手に入れ、比較的穏やかな生活を送っていた。

 そんなある日、いつも通り朝食を摂っていると、書類を見ていたゼリグナさんが眉を顰めた。


「…………嫌な手紙ですね」


 仕事が忙しいのか、書類を見ながら食事しているのはいつもの事だが、その内容について口に出すのは珍しい。思わず手紙をまじまじと見て、封筒に掛かれていた字を読む。


「招待状ですか?」


「ええ、まあ」


 尋ねると、更に珍しいことに、私に手紙を差し出してきた。中を見てもいいらしい。普段は同じ机で仕事をしていても、一応書類は見えないようにしているのに。


「ロバート・フォークス子爵……?」


 あまり聞きなれない名前である。この三ヵ月で国内の主要な貴族や、ゼリグナさんの同僚の名前は殆ど覚えたと思っていたのだが、忘れているのかもしれない。


「……ノイベルグ子爵家と対立していた、改革派の男爵家です」


 ちなみに、ノイベルグ子爵家は、宰相様がトップである保守派に属している。派閥が違い、屋敷が近く、文官を多く輩出している家なので、代々出世争いをしていたらしい。

 ノイベルグ子爵家が無くなってからは関わりがなくなっていたが、最近、具体的に言えば、新法案を出してから何度も抗議をして来ていたらしい。


「この内容は……」

 

 頑張って目を通すが、貴族独自と思われる言い回しが多用されているので内容がわかりにくい。


「新法案について聞きたいことがある、と」


 物凄く要約すると、そうなるらしい。もう少しだけ掘り下げると、新法案で損をするのは納得がいかないから文句を言わせろ、ということらしい。

 革新派は保守派に比べると利益重視で商売を行う家が多い傾向にあり、今回の法改正で不満を抱いている者も多いらしい。

 フォークス子爵家は元々武器などを扱っていた商人が貴族にのしあがった家系で、法案によって損をしているのだろうと、ゼリグナさんは言う。


「なら、私も一緒に」


「いえ、危険です。シズクは屋敷で待っていてください」


「危険なら、尚更ゼリグナさん1人で行かせられません」


 来訪者である私が持ち込んだ知識であり、その理由となる事故などの話をすれば、表面上は納得してくれるかもしれない。

 そう思ったのたが、ゼリグナさんは私が同行するのは反対のようだ。


「貴女が来訪者であることは、私と、この屋敷の使用人数名、そして宰相様しか知らないことです。下手に顔を知られれば、利用されるかもしれない」


「でも……」


 余計なことに巻き込まれないよう、屋敷から出ないよう言われているのは事実だが。こんな危険そうな話し合いに、ゼリグナさん1人で行かせる訳にはいかない。

 だって、どう考えてもフラグが立っている。盛大な死亡フラグである。1人で行ったら運命通り、確実に何かに巻き込まれる。


「待っていてください。フォークス男爵の屋敷は近い。昼から出掛けても夕方には戻ってきます」


「本当ですか?」


「ええ。お約束します」


 あっさりと約束してしまうところも、死亡フラグを濃厚にしているとしか思えない。普段はとても優秀な人なのに、今回の件に関して危機感が薄いのは、この世界の運命だからなのか。

 その運命を変えられるのが来訪者だけならば、やはり、ゼリグナさんは私が守らねばなるまい。


「…………わかりました。いってらっしゃいませ」


 ひとまず、相手の思い通りに行動してもらった方が油断してくれるだろう。ゼリグナさんが1人で向かっている間に、こちらで準備をしなければ。


「……推しの、わかりやすい危機に、黙っているオタクなんていないよね」


 ゼリグナさんが完全に屋敷から出て行ったことを確認してから、私は呟いた。息を深く吸って、大きく伸びをしてから、鋭く息を吐き気合いを入れる。


「皆さん、お願いがあります」


 杞憂となれば、それが一番だ。だが、準備はするに越したことはない。私は、心配そうに私たちの様子を伺っていた使用人たちに頭を下げた。



「やっぱり、ゼリグナさんは戻ってきませんね……」


 夕方。そう言うには少々早いかもしれないが、アフタヌーンティーを楽しんでも帰ってくる気配のないゼリグナさんに、私は行動を起こすことにした。

 今からゆっくり帰ってくれば、ノイベルグ家の屋敷に到着する頃には夕方に差し掛かっているので問題ない。


 そう、私は、私たちは既に、フォークス子爵家の屋敷に到着しているのである。玄関から視線は外さないまま、私は片手を挙げた。


「只今より作戦を開始します。各自、配置についてください」


 ノイベルグ家の使用人は全員、この作戦に参加してくれている。私は、他の人に待機してもらいつつ、執事と一緒に玄関に近付いた。


「フォークス子爵、いらっしゃいますか?」


「……返事がないですね」


 ノック3回。少し待って、もう一度。しかし、返事はなく、屋敷の中から物音もしない。ゼリグナさんが訪れているのに、使用人の気配すらしないのはおかしいだろう。


「それでは、一気に踏み込んで……」


 何か起きていることは間違いない。そう判断した執事が、ドアノブに手を掛けるのを制する。

 無言で鍵穴を覗き込み、中に詰まっている粉をみて、溜め息を吐いた。


「……わかりやすい仕掛けですね。梯子をお願いします」


 玄関からの侵入は無理そうだ。恐らく、扉の先、ホールには何かしらの粉類が撒き散らされているだろう。扉を開けると、粉を落とす仕掛けもあるかもしれない。


「扉を開けると粉塵爆発の恐れがあります。とは言え、これは脅しでしょうね」


 小麦粉などによる粉塵爆発なら、見た目は派手でも、恐らく肌を火傷するくらいで済むだろう。とはいえ、他に爆発物があれば危ないし、危険であることは間違いない。


「大人数を踏み込ませないための措置でしょう。予定通り、梯子やハンマーを使って突入してください」


 ここは大人しく、玄関からの侵入は諦めて別の場所から入った方が良さそうだ。梯子を多めに持って来ておいてよかった。


「後は待機でお願いします」


 家屋侵入をしているものの、更に器物破損で訴えられたくはない。ハンマーを、使った侵入は緊急事態のみ行う予定だ。

 2階の窓は空いている箇所も多いため、其方から侵入することにする。梯子を掛けて素早く登る。一応、ズボンの作業着を借りて来ておいてよかった。


「此処は……、主寝室、でしょうか」


 私が入った窓は、2階でも奥の方に面していたらしい。夫婦それぞれの部屋から真ん中の部屋に繋がっている、主寝室だろう。

 取り敢えず、近くにある扉に手を掛ける。


「マナー違反ですけど、人命優先ですよね」


 子爵の部屋か、夫人の部屋かはわからないが、取り敢えず調べさせてもらおう。そっと開き、中の様子を伺った。


 ぐったりと、奥の壁に凭れ掛かる人影。その髪は長く、光を反射していつもより明るい、青色に見える。金色の瞳は、閉じられていて見えない。


「ゼリグナさん!!」


 近くに危険物がないことを確認してから、慌ててゼリグナさんに駆け寄った。何度か肩を揺すれば、すぐに意識は取り戻したようで。


「シズク? どうして此処に……」


 頭が痛いのか、手を頭に当て、ゼリグナさんは辺りを見渡す。薬か何かで眠らされていたのだろうか。その割に、近くに茶器はない。

 普通、寝室に他人を入れることもないだろうし、応接室から態々運んできたのだろうか。


 そんなことを考えつつ、ゼリグナさんを安心させるべく、笑顔で口を開く。


「夕食の時間に帰って来なかったので、お迎えに来ました」


 そうですか、と納得した後、ゼリグナさんは私の後ろ、部屋の片隅にあるタンスを目にして、顔を真っ青にした。


「早く逃げてください!! この部屋には、火薬が……」


 指さす先には、タンスから溢れんばかりの黒色の粉。わざわざ意識のないゼリグナさんを運んできただけあって、大量の火薬が置いてあるようだ。


「黒色火薬ですね」


 さっさと持って来ていた水を掛ける。黒色火薬は成分的に、注水消化して問題ない。

 確かに、火薬は恐ろしいが、近くに導火線も火の気もない状態だ。本人が巻き込まれない為に放置していたのだろう。ならば、正しく対処すれば大事故にはならない。


「え……」


「大丈夫です。早く逃げましょう」


 とはいえ、玄関や寝室に火薬や爆薬が仕掛けられているとなると、他の部屋も当然、何かあると考えた方がいいのだろう。


「他の部屋にも、色々と仕掛けられていませんか……?」


「水を掛けると爆発するものについては、事前に説明してあります。爆発を防ぐための砂も準備してあります。判断に困ったら、私を呼ぶようにとも」


 何処かで火の手があがれば、屋敷こと吹き飛ぶかもしれない。一応、そういった場合も視野に入れて、全員が砂や水を持って来てはいるが、必要以上に探索すべきではないだろう。


「それで、フォークス男爵はどちらに?」


「わかりません、出されたお茶を飲んでから、意識がなく……」


 最後に見たのは応接室、ということだろう。ゼリグナさんを運んだとしても、それから相当の時間が経過している。


「屋敷は包囲しましたけど、先に逃げられましたかね?」


 私たちが到着するより先に、男爵は屋敷の外に出ている可能性も考えられる。恐らく、屋敷の様子を見るため近くに潜伏しているとは思うが、敷地の外にいるのなら探すのは難しいだろう。


「包囲?」


「えっと……、嫌な予感がしてたので、一応」


 ぶつぶつと声に出して頭の中を整理していると、ゼリグナさんに突っ込まれてしまった。


「どうやって……」


「宰相様に連絡を取って、個人の護衛を貸していただきました」


「いつの間に、そんなことを……」


 ゼリグナさんが屋敷から出てすぐです、とは言い難い。偶々、宰相様の使者が来ていて、事情を説明したらついて来てくれたとか、言い訳できないだろうか。

 取り敢えず、詳しい話は後でしますと笑って誤魔化しながら、ゼリグナさんに手を差し伸べる。


 私より一回り大きな手に力が入り、ぐっと引き寄せられそうになる。なんとか踏ん張ってゼリグナさんを立たせ、部屋から出るべく扉へ向かう。


「屋敷の外の火薬は全部撤去する予定なので、私たちは室内の火薬に気をつけつつ、外に出るだけです」


「手際がいいですね……」


「ゼリグナさんが危ないと思ったので」


 使用人の方々の協力が、あっさりと得られたお陰でもある。全員で仕事を分担して準備したおかげで、ギリギリ間に合った。


「取り敢えず、早く出ましょう。窓に梯子をかけているので……」


 片手でノブを握り、外に向かって押す。押した、のだが。


「あれ、開かない……」


 入る時は、廊下に向かって扉を引いて入ったはず。だから、出るには押せばいい。


 いや、待って。そもそも、私は、扉を閉めていないはずじゃ。


「……シズク、危ない!!」


 ふっと、体が前に倒れそうになる。突然、扉が開いたのだ。


 そして、上体を起こそうと視線を向けた先には、目を血走らせた、茶髪の男性が、モップのような、箒のようなものを構えていた。


「ノイベルグ……!!」


 恨み節たっぷり、と言った声音と、段々と近づいてくる木の棒の先。


 殴られる。


 身構えるよりも、それが振り下ろされる方が速いことを、直感的に理解する。

 少し前に轢かれて此方に来たばかりなのに、今度は撲殺されるのだろうか。嫌だな。どこか他人事のように思いながらも、動かない体にそれが振り下ろされてるのを待っていた。


 体の横に、強い力が掛かる。遅れて、鈍く短い音。その音は、私ではなく、少し、隣からしていて。


「ゼリグナさん!!」


 気付けば、私を庇うように立っていた、ゼリグナさんが頭から血を流していた。


「……フォークス子爵?」


 肩で息をする、中肉中背の男。この人が、フォークス子爵なのだろう。

 折れてしまったのか、棒はかなり短くなっている。刺されると不味い、そう思ったが、興奮で判断力が鈍っているのか、子爵は棒を投げ捨て、荒い息を吐く。


「シズク、逃げて……」


「お前のせいで……、いや、この小娘を利用すれば……」


 倒れ込んではいないが、頭を殴られているゼリグナさんは逃げられない。既に、子爵の手はゼリグナさんの胸ぐらを掴もうと伸びている。


 今度こそ、私が、守らないと。


「触らないで!!」


 2人の間に割り込み、どちらも抵抗できないと判断していたのか、ゆっくりと伸びて来ていた子爵の右手をかわし、子爵の懐に飛び込んだ。


「えっ」


 そのまま、子爵の右手を抱え込み、引きつけて、投げた。


「ぐぁっ」


「…………できた」


 ぐるり、と回転し、背中から床に叩きつけられた子爵。完全に油断していたのか、受け身は取れなかっただけでなく、意識を失っているようだ。


「伸びてますね……」


「ですね」


「シズクは、何処かで体術を?」


「何処かっていうか、基本教育過程で、一応習ったというか……」


「素晴らしい教育過程ですね」


「そう、みたいですね」


 人間、追い詰められたら、高校で習っただけの背負い投げもできるらしい。柔道なんて役に立たないと思っていたが、人生、何が役に立つかわからないものである。

 一回、死んでるけど。


 一応、反撃がないことを確認して、ゼリグナさんにハンカチを渡す。額を切ったようで、派手に血が出ている。

 本音を言えば、少し休憩してから動いた方がいいと思うのだが、ゼリグナさんは早く出ましょう、と今度こそ扉を開けた。


「…………他の使用人も、おおよそ捕えたようですね」


「一件落着……、ですかね?」


 私たちが窓から外へ出ようとする頃には、他の場所はノイベルグ家と、ついでに通り掛かった警邏の騎士によって制圧済みであった。

 私が子爵を投げ飛ばした音は、階下に響いていたようで、慌てて寝室まで来た執事がゼリグナさんこ顔を見て、真っ青な顔をしていた。


「帰ったら怪我がないか診てもらいますよ」


「それは、ゼリグナさんの方が必要なのでは……」


 帰り道、使用人達は、夕食の準備をするからと早めに戻ったり、事情聴取に残ったりしているため、ゼリグナさんと2人で歩くことになった。

 殴られたはずのゼリグナさんは、血が止まってからは私の心配ばかりしている。


 とうとう背負って帰りましょうか、と言い出したゼリグナさんの手を押し返し、気付く。拳を握り締め、真剣な声で、尋ねる。


「ゼリグナさん、本当に痛いところ、ないですか?」


「殴られた箇所は痛みますが、他は問題ないですよ」


 お茶を飲んだ後の、頭が痛いような、ぼうっとするような感覚も今は消えたそうだ。


「そうですか。なら、良かった」


 ほっと、息を吐く。視線を足元に落とすと、夕日が透けて、赤く染められていた。


「戻ったら、宰相様に報告をしなければいけませんね。シズクも協力して……」


「ごめんなさい」


 報告は、多分、できない。私が足を止めると、異変を感じたゼリグナさんが振り返る。


「シズク……? まさか」


「私の役目、終わったみたいです」


 私が変えるべき運命は、変えられたのである。ゼリグナさんは、爆発に巻き込まれることなく、フォークス子爵家から脱出した。


「体が、透けて……」


 私は、どうなるのだろう。元の世界に戻るのだろうか。あちらの体は、生きているのだろうか。考えても仕方がないことだ。小さく、頭を振る。


「短い間でしたが、お世話になりました」


 ただ、私がこれから、どうなるとしても。ゼリグナさんを助けることができて、良かった。それだけは、胸を張って言える。


 だから、どうか、そんな顔をしないで欲しい。眉間に皺を寄せ、眉を情けなく下げ、金色の瞳は歪んでいるのに。

 それでも、カッコ悪いと思わないのは、目を離せないほど、綺麗だと思うのは。この3ヶ月、一緒に過ごしたからだろうか。


「どうか、元気で……」


 私、うまく、笑えているだろうか。最後に、今までの感謝を込めて、頭を下げる。

 3秒。しっかりと頭を下げて、ゆっくりと顔を挙げると。


「待ってください……!!」


 手首を軽く掴まれたかと思えば、満月のような黄金の瞳が、すぐ目の前に、迫って来ていた。


「えっ」


 何かが、触れた感触がして。反射的に一歩後退り、口元を自由な方の手で覆う。その手は、夕日とは違う、血液によって赤く染まっている。


「…………戻りましたね」


 ゼリグナさんは、私の手を離さないまま、いつもより少し低い声で言った。


「ど、どういうことですか?」


「役目を終えた来訪者は、この世界に未練や強い想いがあれば残るという話は本当だったんですね」


 強い、想い。心当たりが、ないとは言えない。というか、ゼリグナさんも、その心当たりに気付いているから、先程の行動に出た訳で。


「そんな話を知ってたなら先に教えてください!!」


 私は、思わず責めるように言ったのだった。


「最初に説明して時には知りませんでしたよ。宰相様に調べてもらって、やっと判明した方法ですので」


「それにしても、強引すぎる気が……」


「貴女を失いたくはなかったので。嫌でしたか?」


「……そういう話はしてないです」


 しかし、すっかり調子を取り戻したというか、私の反応で寧ろ調子を良くしたゼリグナさんに、口で敵うはずもなく。

 これは、不味い。流される。距離を取りたくて一歩後退りするが、笑顔のゼリグナさんに、両手を取られる。


「シズクさえ良ければ、これからも一緒にいて欲しいのですが」


 お願いだから、そんなに嬉しそうな、柔らかい声で言わないで。


「………少し、考えさせてください」


 顔を逸らす私に、ゼリグナさんは畳み掛けてくる。


「私としては、すぐにでも宰相様にご報告したいのですがね」


「お願いですから、待って、ください」


 待ってと言っても、答えは、初めから出ているようなものである。私が、ゼリグナさんの、運命を変えに来た時点で。推しが爆散するという、運命を変えに来た、その時から。

 そんな人と、3ヶ月、一緒に過ごして。毎日、優しくされて、危機を乗り越えて、そして、こんな風に引き止められて。


 断れるはずが、ない。


 でも、もう少し、覚悟を決めるまで、待って欲しい。そう思うのも本心で。


「わかりました」


 全てを見透かしたように、藍色の髪を揺らして、ゼリグナさんは微笑んだ。


「早く頷いて頂けるように、毎日、私の気持ちをお伝えしますね」


「お手柔らかに、お願いします……」


 推しの爆散を回避したら、今度は、私の心臓が爆発してしまいそうである。


推しが爆散するオタク女子を書きたかっただけです。

お読みいただきありがとうございました。

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