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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

食パンシリーズ

伝えたかったこと

食パン企画 第二弾


このお話は数年前に閉店した高級食パン専門店の集客のために『インスタ企画』として考えていたものの第二弾です。世に発信することもなく企画倒れになったためなんとなくもったいなくて、というよりはせっかく考えたのにと言う作者の個人的な心残りがあるため今回のは、ほぼ加筆修正はしておりません。

当然食パンの話が出てきます!そして作者の意図として身近に起こりうる可能性を考え、あえて名前を設定しておりません。無理やり感が否めないかもしれないですがあまり深く考えずにお読みいただければと思います。

少し悲しいお話です。残酷描写は念のために……。

「ねぇお母さん、私ね食パン専門店をオープンしたんだよ。お母さんはパン屋さんになるのが夢だったんだよね……」


 私の母は思い立ったら即行動する自由気ままな生き方をする人だった。【1度きりの人生だからやりたいことやって楽しまなきゃ】と良く口にしていた。失敗を恐れず上手くいかないことがあっても、それを糧にすぐ頭を切り替えて前に進んでいく、そんな母の姿を生まれてから長年にわたり見てきたのだが私には到底できないことだなと羨ましいとさえ思っていた。それに比べ私は慎重派で石橋を叩いて渡るタイプだ。そこは父の性格を引き継いでいるように思う。でもそれは私にとって時々苦痛だった。この時は何故母がそのような自由な生き方をしているのか知るよしもなかった。


 街中で可愛いアクセサリーや服を見た時に私にはどんなものが似合うのだろうか悩んだり、受験のことや自分の進むべき道に迷った時には決まって母に相談していたが、いつも返ってくる言葉は同じで【あなたの好きなようにしなさい】だった。友達にそのことを相談してみても逆に羨ましがられるだけだった。自由に決めて良いなら好き勝手できるし楽だと思いがちだが、そのくせに何も咎められず一方的で突き放されている感覚になった。だからこそ私には関心がないのではないかと、疎外感を持つようになっていった。


 相談しようものなら『そんなの贅沢だよ』と返されるばかりで誰にも理解されない悩みを抱えながら過ごすのは時々嫌でたまらなかった。大きな視野で見ればちゃんと理解してくれる人はいたかもしれないけれど、当時の私の周りにはいなかったんだ。だから私の心は少しずつ黒いもやで覆われていった。蓄積された思いが些細なきっかけで爆発して取り返しのつかないことになり、後悔するなるなんて思いもよらなかった。母の言葉を深く追求することもせず、その意図も知ろうとしなかった。そのせいで起きてはならない出来事が起きた。


 ある時から母は夜出掛けて朝方に帰ってくることが増えていたから、そこまでして働かなければならない事情があるんだと思っていた。生活が苦しいのではないかと1度だけ聞いたことがあったが【あなたが心配するようなことはないから大丈夫よ】と言っていた。けれど子供に心配かけないために黙っているんだと思い込み、その時の私は何故だか信じて疑わなかった。本心では話してほしかったけれど何も話してくれない母に対して行き場のない思いを抱えていた。子供なりに母の助けになりたいと思っていたのに……。


 私にはまだこれと言ってやりたいことはない。それでも多少憧れはあった。だから大学に行って夢を見つけたいと思ったし、サークル活動にも参加してゆくゆくは好きな人と結婚することが漠然とした未来設計図だった。家計が苦しいなら就職して家にお金を入れた方が楽になるのかなとも考えていた。だから聞いたんだ。

「大学行かずに就職した方が良い? なんだか毎日大変そうだから」

 そして返ってきた言葉がこれだった。

「お母さん達のことは気にしなくて良いのよ。これでもやりたいようにやってるんだから、自分が思う通りの生き方をして良いのよ」

 私はまたかと思い少し寂しくなった。だからだろうかいつの間にか言ってはいけないことを口走っていた。《もっと私を見て!》《もっと私に関心を持って!》そんな思いから出た言葉だったんだと思う。

「いつも好きにして良いって言うけど、それって私のことなんてどうでも良いって聞こえるよ。極端な話私が万引きしても良いって言ってるのと同じじゃん! もうお母さんなんて大嫌い」


 私はそう言うと夜の町に飛び出した。追いかけてくる足音と声を振りきるように……。何度も携帯に着信があったけれど、少しは私のことを気にかけてほしいと言う反抗心もあってしばらく無視し続けていた。でも段々と虚しくなって、言い過ぎたかなと反省していた。携帯を確認するとものすごい数の着信履歴が残っていたけれどそれらは全て父のものだった。母からは1度もかかっては来ていなかったので私は怒らせてしまったのかなと思いながら、家に帰った。でもそこには誰も居なかったんだ。


 代わりに隣近所のおばさんが出迎えてくれて、お母さんが病院にいることを教えてくれた。父からの着信はそれを知らせるものだった。隣近所のおばさんは親切にも車を出してくれて、私は知らされた病院へ急いで向かった。隣近所のおばさんは母が病院にいる理由を話してくれたのだが、なんでも飛び出した私を追いかけたせいで交通事故に合ってしまったのだ。私は物凄く後悔した。もう遅いのに、私は心の中で何度も誤った。


(ごめんなさい。許してくれなくても良いの! だから笑顔のお母さんにもう一度会わせてほしい)


 病院へつき母がいる場所まで案内されると、焦燥しきった父の姿が目に入った。病院のベットに横たわる母の姿を見ながら、願っても願っても母は目を覚ますことはなくそのまま帰らぬ人となった。最後に交わした言葉が″お母さんなんて大嫌い″だったからもう謝ることもできない。言いたいことも聞きたいことも沢山あったのにその全てが叶わなくなった。お母さんの作ったご飯だって、美味しかったのに、何だか照れ臭くて一度も伝えたことなんてなかった。いなくなって初めて本当は大好きだったんだって気付いた。


 私の心はボロボロだった。それでも懸命に生きていかなければならない。大分落ち着きを取り戻してきた頃、普段寡黙な父が母にまつわるとある話をしてくれた。

「お前のことどうでも良い子なんて思ってなくて、むしろ大切にしすぎていたんだ」

 何だか信じられないけれど最後まで話を聞いて、私は夢を持って歩きだす決意をした。本当は私が成人してから話をするつもりだったみたいだけど、今話すべきだと教えてくれた。


 母は良いところのお嬢様だったらしく、厳しい両親のもとで育ってきた。ただ決められたレールの上を歩くことしかできず、自我なんてないも同然だった。やりたいこともろくにできずに、親の言いなりだった。そんな家庭環境で育っていることを知っている友人が、少しでも気分転換になればと開催された食事会で父と出会い恋に落ちた。交際が明るみになった時、親に反対されて引き離されそうになった。それでもどうしても諦めきれず、初めて親に反抗し縁を切るつもりで一緒になった。自分は夢を諦めてきた、だから子供には自分のような思いをさせたくなくて自由にさせたかったんだと……。


「お前の手がある程度離れてから、お母さんも自分の夢を叶えようとその準備をしていてね、だから夜から朝まで家を空けていたんだよ。それが逆に誤解を生んでしまったようだね」

 父はそう告げると切なそうに微笑んだ。

「お母さんはね、パン屋さんになりたかったんだよ」

 そんな過去があったなんて想像していなかった。本当は常に私の為を思ってくれていたんだ。こんなにも愛されていたことに、失ってから気付くなんて私はバカだ。だからせめてもの償いのため、お母さんの夢を叶えようと思う。


 不器用な私は、そんなに多くの事はできないから、食パン1本に絞って味と品質にこだわった、高級なものにするね。そしていつかまだ会ったこともないお母さんの両親、私にとっては祖父母になるけれど、私が作った高級食パンを食べて貰いたいな。だからお母さんのために頑張るね。



 ――数年後――

 パン屋さんで修行を積んだ私はようやくお店をオープンすることができた。

「高級食パン専門店 ○○でございます。本日オープンです! 自慢の味と無添加で安心安全な食パンです」


 私は今母の墓前にいる。

「お母さん、これ私が作った高級食パンだよ。お母さんの夢とは少し形は違ってしまったけれど叶えることができたんだ。それとね、お爺ちゃんとお婆ちゃんにも会えたんだよ。そしたら涙を流しながらお母さんのこと謝ってたよ。食パンも美味しいって言ってもらえたし、私が言うことじゃないかもしれないけどお爺ちゃんとお婆ちゃんのこと許してあげてね」


 そして私はそっと食パンをお供えした。


 世の中突然何が起こるかわからない。だから今家族のこと大切にしたいと思った。できるだけ沢山の思い出を作りたいと思った。私は母とのことで勝手な思い込みで相手を判断してしまってることが多いと知った。だからもしすれ違ってしまったとしたら、ちゃんと話し合おうと思う。誤解が解けるなら、今以上に幸せになれる気がするから。


 直接伝えられなかったけれど、お母さん私を生んでくれてありがとう! 育ててくれてありがとう! 私は今幸せです。

 私はその晩母の夢を見た。いつも笑顔でいる母が夢枕に立ち涙を流しながら話しかけてきたんだ。

(あなたにとって良い母親でいられなくてゴメンね。苦しめているとは知らなかったの)

(ううん、私が素直になれなかったから、本当は大嫌いなんて言うつもりなかったの。私の方こそごめんなさい)

(いいのよあなたは優しい子だって分かっているから、きっと本心ではなかったんでしょう? でもありがとう。お母さんの夢を叶えてくれてそれだけで幸せだから――)

 翌朝目が覚めると私の枕は涙で濡れていた。


 この食パンには沢山の愛情と甘酸っぱい涙の隠し味がしてあることは、2人だけの秘密だよ。

お読みいただきありがとうございます。


私は時々考えます。喧嘩したその日に謝ることができずその相手に2度と会えなくなったらと……。

分かっていながらも先延ばしにしてしまうこともありますし、何故こちらから謝らないといけないんだ

という心理も働くと思います。この意見は万人共通ではありませんね……。

でもこの小説のような喧嘩別れしてしまう展開は実際に聞いたことありますし、私自身も気を付けないといけないことだなと思います。まぁ1番は喧嘩しないことでしょうか。

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