試験管の世界
その声はおもむろに語りだした。
『それは遥か昔、そう、世界も次元もまだ存在しなかった無の時代、それがビッグバンによって終わった時、全てが生まれた。数多の世界、広がる宇宙、多種多様な生命、星たちは無数に生まれては消えていった。
そのうちに、空間にほころびが生まれて、そこから一体の魔人が出てきた。石のようなそれはこの宇宙の創造主すら、知らぬ未知の存在であった。それを創造主はユグガサと呼んだ。未知を意味する、神の言葉だ。
創造主は衝撃を受けた。故に、彼はあるものを作った。それに似せた、だが、それ以上の力を持つ、神ともいえる存在、己すらも凌駕する魔神を』
「それが、鎧神慨装か」
確認するように聞く廻に、肯定する声。
『然り。そうして、七機の鎧神慨装が作られた。それと同時に、それを守護し、次元空間のほころびを管理・修正する種族が生み出された。それが我ら、夜剣の民だ。
長きにわたり、我らは時間を超え、世界を超え、この世界を、宇宙を守ってきた。創造主がこの宇宙を去った後も。しかし、そんな我らの中にも、一人の野心をもった若者が現れた。
その名をヴァーウルと言った。賢いものであり、一族の時期長となる男であった。しかし、奴は鎧神慨装の一つを奪い、残りの機体を破壊もしくは隠匿した。我らに残されたのはカイザリオンただ一機となってしまった。
一族の長の娘、トウカは異なる世界の地球にて連れ添った男とともに、一族郎党を引き連れてヴァーウルと戦った。ヴァーウルに着き従う数名の者たちと彼らの作った疑似鎧神慨装、そのなれの果てにより、我らの数は激減した。我らもまた、鎧神慨装のデータより生み出した疑似鎧神慨装を使ったが、どうすることもできなかった。
ヴァーウルは遥かな次元に逃げ伸び、我らは散り散りになり、次元世界の守護とヴァーウルの足跡の発見を使命としている。以来私はここに居る』
「それで、俺が夜剣の民、というのは?」
『その瞳、その漆黒の髪。そして、その魂の波動。それはまさしく我らと同一のものよ。汝らがここに来たことにも定めがあるのだろう。おそらく、ここに汝らを送ったのであろう、鎧神慨装カイザリオンが』
「ただの機械がか?」
『わかっているはずだ、あれが人智を超えた存在だと。ひとつ、教えておこう。この先にある祭壇、そこにユグガサはおる。ただ黙しているだけだが、真実を知りたいのなら行くがよい。さらばだ、同朋よ。汝らに光あれ』
声はそうして止んだ。二人の足は遺跡の奥へと向かう。廻の記憶には祭壇など、三上崎にはなかった。
「確かめるだけ、だ」
そう、全てはそれからなのだ。
歩いて行くと、街の中心部は抉れていてクレーターとなっていた。その中心にある、巨大な球体。ユグガサでも入っていけるだけの高さの穴が開いていた。
「ここか」
廻が言った。
「んじゃま、行くか」
二人は奥へと進んでいく。内部は暗いが、ところどころにある明りによって照らされて、文様が見えた。
「こいつは、俺が昔に見たものと同じ文字だな」
オクタヴィアヌスが言った。
「まったく、どうして世界にはこうも謎ってのがあるのかね」
「さぁな」
立ち止まる二人。その眼前に広がるのは青空であった。風景はガラッと変わり、外に居るように錯覚する。
「何だ、ここは・・・?」
「さぁ・・・?」
草は茂り、鳥や虫が舞っている。無限に広がる広野。そこには二人だけが立っていた。
空が曇った。と思うと、その頭上にはユグガサがいた。空中に呆然と立っている巨人。
『・・・・・・・』
声、を発したユグガサ。しかし、二人にその言葉は伝わらない。
地に降り立つユグガサ。岩のような体にはひびが入っていた。
「あの身体に、傷が入っている・・・ありえない」
オクタヴィアヌスが言った。さも、信じられないようである。ユグガサの体からはぽろぽろと破片が落ちる。
「・・・・・・」
黙ってそれを見ている廻。
『選べ、操者よ』
突然、二人の頭の中に響く声に驚く。二人は眼前に立つ巨人を見上げた。
『何を望む?』
「一体・・・?」
『刻は満ちた。世界は再び一つとなる』
「お前はいったい何者だ!!」
廻が叫ぶ。眼前の巨人の腕が空へと伸びる。
『この世界、宇宙の真の創造者だ。この、試験管の世界の、な』
「試験管の、世界・・・?」
『全ては我らの計画通りであった。今こそ、その計画の最終局面だ。さぁ、選べ、操者よ。この世界の運命を』