彼方からの使者
「今日は楽しみにしてろよ」
いきなり食事中に廻にそう言ったコウガ。あれから3日、もう彼は夜剣家に馴染んでいた。父も母も奏の知り合いから預かった子だと言うと、何の疑念も感じずにコウガに接した。懐が広いのか何なのか、と廻は呆れた。コウガの言ったのは、帰ってきたら何かするのか、と思い、ドッキリでもする気なのだろうと思った。4日間過ごしてみたが、彼はその辺の高校生と同じだ。いくら異世界から来たとは言っても。
ナツキをたまには迎えに行くかと思い、彼女の家に行く。わずか200メートル離れた場所。本来はもっと遠かったが、中学前にここに引っ越し、距離が近くなった。お陰で高校も近く、彼女と登校できるわけだが。思えば、兄の一言でここに来ることになったのだ。最近、兄に対する謎の深まるばかりの廻。いつか聞き出そう、と思い、ベルナールが知っているのではないか、と思考転換する。
ナツキを迎えに行くと、すぐさま出てくる彼女。鞄もしっかり持っている。少し早いがまァ、いいか。と廻は思った。一方の彼女は廻が来てくれて嬉しくてたまらないようだ。たまには来てあげよう、と思った廻であった。
学校に行くと、中臣が寄ってきて言う。
「今日、転校生が来ると、担任殿から聞いてな。珍しいとは思わんか?」
こんな途中に転入する奴なんているのか、と廻。ナツキもそれはないんじゃない、まだ一学期はじめだよね、と返す。チャイムが鳴り、担任が入ってきたので各々の席に行く三人。廻とナツキは隣同士なので行く方向も同じであった。
「起立、礼」
中臣が言う。これは彼の仕事なのだ。着席、と言うと、担任がゴホンと席をして言い始める。
「じゃぁ、ホームルームを始めます」
初老の担任が言う。
「えー、今日は転入生がいますので、紹介したいと思います。何分急に決まったことなので、皆さん仲よくしてあげてください。では入ってきてください」
入ってきたのは・・・
間違いなくコウガ・レイテ―であった。
「はじめまして、霊帝 甲賀です。これから、よろしくお願いします」
奴にしては控えめに言う。担任が書いた名前も日本風だ。どうせなら、もっとましな偽名にすればいいのではないか、とも思った廻。朝奴が言っていたことはこれだったのだと気付いた廻であった。
あろうことか、奴の席は廻の隣となった。授業中は案外真面目であり、休み時間も奴は囲まれて、話に花を咲かせていた。話しかける隙が全くなかった。
昼休み、皆がそれぞれ、彼と会話をしに行っている。ナツキもそうだ。廻は頭を抱えたくなった。なんで奴がここに居るのかを、事情を知っているであろうベルナールのところに行く。相変わらずコーヒーを飲んでくつろいでいるベルナール。仕事をきちんとしているのか甚だ疑問だ。
「で、兄貴から事情聞いているんですよね?」
「うん、勿論。彼の手引きで3日前には転入が決まったらしくてね。戸籍もでっち上げたそうだよ」
「いつも思うんですが、兄貴は何の仕事してるんですか?」
ヤバい仕事ではないよな、と暗に確認する廻。相変わらずにこやかに笑う、白髪の男。
「さぁねぇ。僕はただのカウンセラーだし」
ただのカウンセラーが聞いて呆れる。ならどうして色々と知って、侵略者と戦えるのか。聞いたところでこの人は答えないだろう。
「ま、見方は多い方がいい。事情を知っている味方はね。あぁ、僕もその一人だからね」
コーヒーを飲み目を細めてこちらを見る。果たして、何を思うのか。廻にはわからなかった。
「おや、もうすぐ時間だよ。戻った方いいんじゃない?」
渋々退散する廻。そこに走るノイズ。
「っぅ!?」
「・・・敵か」
ベルナールが確認するようにつぶやいたので頷く廻。
「ふむ、僕が処理しておくよ。カイザリオンに言っておいてね。さ、お戻り」
そう言って消えるベルナール。本当に何だ、あの人。と思うが、彼に任せて自分は教室に戻る。
相応強い相手なのだということが彼の様子から分かった。あのノイズはいわば探知である。強大なものが来たという。果たして自分に勝てるのかは分からないが、ここで廻を殺させるわけにもいかない。いざとなったら、奏が来るだろう、とコクピットの中で楽天的に考えるベルナール。
灰色の巨人が碇を構えて立ちふさがる。
「じゃぁ、行きますか。グランマッシヴ」
巨大な影が一体、巨人を見下ろしていた。