極まれり人類愛♡
ある個体が同種の別個体を食らうことを――共食い、と。
人が人をただ喰らうことを――アントロポファジー、と。
宗教的かつ慣習になぞって人を喰らうことを――カニバリズム、と。
それらすべてをまとめて解りやすく、カニバリズム、と呼ぶらしいが。
実の所それが完全なる悪行とは言い難く。
危機的脱却、性的生存戦略、飽和的間引行為――などなど。
有名な話では、パプアニューギニアのフォア族によるクール―病だが、必ずしもカニバリズムによって感染拡大が発生するわけでもなく。
たまたまその土地で発生した病原体が、たまたま医療未発達地域で、たまたま葬送文化で食人を行っていた人間に広まった、という偶然の一致。
コロナを抱えた人間を喰えばコロナに罹ることはもはや自明。
なればこそ。
「うんま」
男が一人、席に座ってナイフを滑らせていた。
テーブルの上に並べられた、手、腕、胸、腹、脚、足の肉から、脳、目、舌、心臓、腸、肝臓、すい臓、胆嚢、といった五臓六腑に至るまで。
人間の各部位がふんだんに使用された料理が所狭しと並べられていた。
「シェフ、最高だよ」
「勿体ないお言葉」
「謙遜するな。飯が不味くなる」
「有難き幸せでございます」
「ああ」
高層ビルの夜景を横目に、彼は『指』を口へと運び、味わうように噛みしめ、そして喉を鳴らした。
手元の血入りワインを口に含み、口腔で右へ左へ転がしながら、ゆっくりと食道へと流し込む。
「あああ……」
全身に染みわたっていく多幸感に、彼は恍惚として身震いした。
「今回の獲物はとても良質でございました」
礼儀を尽くすシェフに、男は微笑んだ。
「当然だ。厳選するのに苦労したぞ」
足元に置かれた黒いビジネスバッグ。
管理施設の書類が見える。
「世界中から集めた孤児の育成、輩出、流石の手腕でございます」
「馬鹿どもがさらに投資してくれたおかげさ。やりやすくて叶わんよ」
ナフキンで口元を多く男。
「社会貢献は素晴らしいぞお。裏稼業よりも楽でいい」
心臓料理を斬り分け、男は口にしていく。
「何も知らずに死んで逝けるこいつも、幸せ者だな」
ぺろりと平らげ、次から次へと料理を腹に収めていく。
「シェフ、鮮度に影響を与えないあの睡眠薬、あれは素晴らしい。畜産や農業に使えないだろうか?」
「勿論でございます。健康管理、無農薬は大変なコストがかかりますから」
「素晴らしい。すぐさま研究に取り掛かってくれ。上乗せしよう。他に利用価値があれば提案してくれ。さらに出すぞ」
「有難うございます」
礼を尽くすシェフに、男はご満悦だった。
「この世界は詰まらん。つまらなさ過ぎて反吐が出る」
夜景を眺め、男は悪態を吐いた。
「俺ならもっと面白くしてやれる。もっともっと変化を促してやることができる」
医療業界、農業界、畜産業界——不動産業界、娯楽業界、小売業界、政治業界、金融業界——。
「クレバーに行こうぜ、クレバーにッ。この世界は圧倒的に、【快楽】と【狂気】で満ち満ち溢れているッ」
男は高笑いを上げた。
愉快愉快と楽しげに。
「全部喰い尽くしてやる」
脳にナイフを突き刺して、ムニュリと丸かじりした。
「愛してるぜ、人類♡」
ニチャアと笑う男。
シェフもまた大きく口角を上げていた。
シェフが手を叩くと、二体目の料理が運ばれてきた。
大ぐらいの男の宴は。
まだまだ始まったばかり。