不思議な世界観を描く作家
個人展に来ていた。
彼の書いた絵が、その天才に完成された絵が、何十点と展示されている。
その絵に魅了された者は、彼に多額の金を払って手にしていた。
「へえ」
独特な世界観を描いていた。
『すべてはただ平等』『神世界』『無歓心』『有体に言えば平行』『仁義なき正義』――。
そんなタイトルを掲げた作品が多数。
一般人からすれば何を描いているのかさっぱりだが、それを理解できる奴らはここにいる。
一言で表すなら『いい加減』。
技法も統一性もバランスもあったものではない。
ピカソの方がまだ理解できそうだ。
「…………」
けれど不思議と吸い込まれる。
その世界観に、のめり込んでしまう。
吸い寄せられるように、入り込んでしまう。
「気に入るモノはあった?」
話しかけられる。
見ると、帽子とマスク、黒メガネをかけた若い男。
よくもまあ解りやすい変装だこと。
「あったよ」
「それはよかった」
男がにこりと笑った。
変装越しでも、その異様な雰囲気を察せられた。
――俺だけに対して。
「これなんてどう?」
『千双』というタイトルの絵。
うり二つの男女性を抱えた人物が喜怒哀楽を鏡のように映して見つめ合っていた。
「まるでこの世界みたいだな」
「おお、解る?」
驚く男。
「この世界は鏡そのもので、すべては自分が映し出すただの自分自身だって」
「笑えない話だ」
男は笑った。
「やれ政治のせい、やれ身内のせい、やれルールのせい――って、馬鹿馬鹿しいよね」
そしてその絵の中央から端に向かって刻まれる小さな傷。
「これなんてどう?」
深い穴に落ちていく天使の絵。
天に上っていく悪魔の絵。
ある程度の距離を置かれた、似た構造の絵が並ぶ中での二つの絵。
「『ジ』と『ゴク』——自極」
「あれま、漢字解っちゃう?」
「あんたのコンセプトを見れば何となく」
「へえ、君、天才だね」
にやりと笑う男。
「天才? ただの偏屈なだけさ」
他人に興味のない自己中心的な人間だよ。
「人間臭いね。楽しんでるでしょ?」
そう問われ、鼻で笑う。
「楽しまねえとやってらんねえよ」
「違うでしょ?」
じっと見つめてくる青い瞳。
聞いた話だと、純日本人じゃないとか。
「楽しくて仕方がない、でしょ?」
断定的に聞いてくる男。
小さく息を吐いて、答える。
「この後飯でも食うか?」
サラサラとSNSの連絡先を書いた紙を渡した。
「あ、JENさんじゃん」
それを見て殊更喜色の声を上げる男。
「……知ってるのか」
「知ってるよお、底辺作家でしょ? フォロワー数五人の」
「……馬鹿にしてるな?」
「全然。むしろ尊敬?」
「疑問符をつけるな」
「あはは」
愛想笑い。
「いるんでしょ? 他の四人」
じろりと周囲を見る男。
「SNSで書き込んでたでしょ?」
「何処に何しに行くなんて書いてなかったんだけどな」
「それこそ馬鹿にしてるでしょ?」
下から目線で見てくる男。
「神様みたいな人」
「……そんな大層な人間じゃない」
「そう?」
スマホを操作してその画面を見せてくる。
「『世界はただの鏡。人生の全ては【相手】が見せてくれる』って」
「恥ずかしいな、お前」
「そりゃ、最初のフォロワーだからねえ」
「って、お前かよ。DM、ほんと迷惑だったぞ」
「でも対応してくれたでしょ?」
「……ただの気まぐれだ」
デコピンを食らわせてやった。
「ラッキー、JENさんからの初デコピン」
でこを押さえて恍惚とした顔。
「きっしょ」
「あはは」
愛想笑い。
「あ、電話だ」
不服そうな男——JEL。
「そりゃ残念だ」
そう言ってその場を離れた。
後ろから不機嫌そうに電話相手に話すJEL。
「……神様みたいな人、ねえ」
チラリと周囲を見ると、他の四人がそれぞれに目に入った。
「俺、なんかしたかな?」
ただ言いたいことを、伝えたいことを形にしているだけ。
別段特別なことは何もしていないんだが。
「ま、面白いからいいか」
あんな変人に好かれるのも一興。
俺はスマホを取り出し、会場からほど近いファミレスで過ごすことを呟いた。