時間と止めて戻してやりたい放題
時間を止める。
人知を超えたその所業。
素晴らしいことだ。
時間を止めている間、何でもできる。
カンニング、スリ、痴漢、殺人、何でもだ。
「……」
テスト時間。
俺は今時間を止めている。
このクラスで特に勉強の得意な奴の、その回答を見ては書き写している。
「……よし」
問題を解いている振りをして、テスト終わりになって時間を止めた。
こいつの答えはほとんど百点に近い。
俺は大体八十点くらいを目処にして答えを書き記し、後は適当に埋めたり空欄にするだけで十分だ
「さて」
時間を動かす。
一切合切が停止していた時間が動き出し、静まり返っていた空間に筆圧の音が聞えてくる。
残り五分。
見直す振りをしながら高得点を確信して、俺は息を吐く。
――この力が使えるようになったのは十二歳の誕生日。
その年のテストで答えが全く分からなくて、隣の席の優等生を見て「時間止まらないかなあ」と考えたのが発端。
気づけばすべての動きや音が止まり、俺だけがその時間を行動できるようになっていた。
力を使いこなすのに少々時間はかかったが。
サッカー部で時間を止めることによって相手の動きを簡単に見切ることができるようになった。
街中でいちゃもんを付けられた相手に対しては、一発顔面にお見舞いして、ついでにお金も取って、その場を後にして隠れた場所から様子を伺うと一人で派手に飛んでいた。
お金が欲しい時は、少し手間だが色んな人からの財布から百円を抜き取った。
金持ちからは一万円を、時には二、三万円ほど。
痴漢だってしてみた。
好きな人の胸を触ったり、お尻を触ったり……。
「…………」
けれどどうしてか。
どこか満足に欠けていた。
時間を止めれば何でもできる。何でもだ。
これだって言える満足感は得られていない。
カンニングはもはや作業。
スポーツでの活躍もただの作業。
お金だって俺が稼いだものじゃないから使っている感覚がない。
好きな人にいらずらしたって、リアクションが返ってくるわけでもない。
何でもできることがつまんねえのか、何も得られていないことがつまんねえのか、それとも――。
本当はこんな力に頼らずに、欲しいものを手に入れたかったのか。
「はあ……」
チャイムが鳴った。
前の奴にテスト用紙を渡す。
今日のテストは今日で終わり。
昼で終わりをつげ、俺は放課後へと突入する。
テスト期間中は部活がない。
そのまま家に直行である。
家に帰り、部屋に進み、ベッドに倒れる。
眠い。
「止まれ」
カチン、と。
時間が止まる。
俺の時間も止まり、老化もしなくなる。
睡眠時間も基本止めている。その無時間で俺は睡眠を取り、そこから時間を過ごすわけ。
何もかもがチート。
楽しかったのは最初だけ。
力が発言してもう一年。
犯罪行為は完全に成りをひそめた。
やるだけ無駄だと、馬鹿馬鹿しくそう思ったから。
「カンニングも次からは辞めるか」
楽して点数を稼ぐことに楽しみを見出せなくなった。
時間なら腐るほどある。有効活用すれば一日で、いや一秒未満で有資格者になれる。
俺は頭が良い方ではないけど、同じことをすることにはあまり苦を感じない。
時間を掛けて覚えることが面倒だからしなかっただけで、無限に時間があるなら飽きるまでいくらでも。
面白半分で始めたサッカー。
やりたくてやったわけじゃない。
高校生ではバイトを始めてお金を稼ぐ。それを早く味わいたかった。
「ま、時間は無限に在るんだ。やれることは何でもやってみればいい」
手始めに。
翌日の放課後。
俺は体育館裏に彼女を呼び出した。
「それで、話しって何?」
落ち着かない様子で彼女はそう言う。
俺はと言うと。
「その……」
ドキドキと五月蠅い心臓。
頭が真っ白になる感覚。
断られたらどうしようという恐怖。
けれど俺は彼女に告げると決めたのだ。
決めた以上、覚悟を持って伝えるのだ。
「真田さんのことが好きです。付き合ってください!」
誠心誠意頭を下げた。
痴漢した人間がどの口を、と言いたくなるが。
「えっと、ごめんなさいっ!」
彼女はそれだけ言うと、その場から逃げるように走り去っていった。
俺は頭を下げたまま、うつむいたまま。
「戻れ」
彼女に気持ちを伝える前の時間に戻した。
彼女に気持ちを伝えることを決意したほんの一秒前の自分に。
「……」
彼女は相変わらず綺麗な笑顔だった。
可愛くて、落ち着いて楚々としていた。
「ま、そりゃそうだよな」
テストが終わり、俺は帰路に就く。
失恋を無かったことにした。
けれど失恋の痛みは残る。
「ま、そううまくはいかないよな」
現実は現実。
とりわけ彼女とあまり話をしたことが無いんだから。
「俺って気持ちわりいなあ」
電柱にふさぎ込む。
「……ま、いいや」
結構な痛みみたいだ。
少し引き摺るかも。
一週間くらい?
「人生だもんな。仕方ねえよ」
時間を戻せることに気づいたのは一か月前。
こうなれば何でもやりたい放題だ。
「でもあんまりそこまで」
大きな意味も価値もない。
宝くじ。
実はそうでもない。
試したは試したが、毎回番号が変わる。結局はそう言うことなのだと。
「世の中ってよくできてるよなあ」
立ち上がり、歩き出す。
家に帰りながら思う。
盗んだ金とか、痴漢って大丈夫だよな、と。
因果応報とかならねえよな、と。
少しばかり怖い気がしてならなかった今日この頃だった。