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異端者

 ミホがいた前のパーティはリーダーのイノンの失踪をきっかけに自然消滅した。ミホは新たに男二人のパーティに加わった。メンバーにはジンという剣士一人とルーマという商人らしき一人がいた。リーダーは一応ジンが務めていた。


 旅の途中、ある酒場でのことである。ここではクエストの受注が行われており、このとき追加されたクエストが『街のはずれの洞穴に生息しているというドラゴンの討伐』だった。このドラゴンというのは狂暴で人を襲うらしく、ときには食料を根こそぎ奪われて街がパニックになったこともあるという。


 ミホはこの話を聞いてすぐにでも討伐したくなった。早速ジンに提案すると、

「クエストは受けない。けど、そのドラゴンには会いに行く」

 とのことだった。ミホには彼が何をしたいのか見当もつかなかったし、同時にがっかりした。イノンならすぐにでもクエストを受注し、討伐に向かっただろうに、ジンときたらクエストは受けないわ討伐する気があるのかないのかすら曖昧だった。


 ジンが席を外したところでミホはルーマに尋ねた。

「ジンってさ、いつもあんな感じなの」

「ああ、あいつはそういうやつだ」

「全然覇気がないじゃない。どうしてドラゴンを倒そうって思わないの?街の人が困ってるんだし、ジンだってそれなりに戦えるでしょ。それとも弱いの?」

「いいやあいつ一人でも余程のドラゴンでもない限り、負けることはないだろうな」

「入ったばっかりだけどパーティ抜けようかしら」

 そういってミホはルーマの様子を窺った。我ながらかなり勝手なことを言ったが、こうすることでルーマがイラついて本音をこぼしてくれるのを期待した。


 しかし、ルーマは少し微笑んだだけで、淡々とした口調で話しだした。

「俺、実は詐欺師なんだ。今でもたまに人からお金を頂戴している。これも生きるためさ。ジンだってもともとは俺のカモだったのさ。ところがあいつは俺に金を渡すときに「お前結構儲けているだろ」って言いだしやがった。流石に捕まるかと思ってひやひやしたよ。俺の顔を見てあいつは「そうか、やはりそうか。だがな、ほどほどにしておけよ。人には不快な思いをさせないためにばれてはいけないよ」とか「これだけでお金は足りるのかい。もう少しくらいなら出せるけど」とか言ってくるのさ。しまいには「どうだい、僕のパーティに入らないかい?それなりに腕は立つから食料には困らないだろうよ」って勧誘してきやがった。なんか変な奴だと思ったし、もらえるものはもらっておこうと思ったから、金は追加してもらった。でも俺は仕事をやめるつもりはなかったし勧誘は断ったんだけどさ。

 それからしばらくして詐欺師の大量検挙が始まった。捕まったやつは同業者を告発すれば罪を軽くするとでもゆすられたのだろう、ドミノ式にたくさんの同業者が捕まってた。組織ごとしょっ引かれるのは見ててぞっとしたね。もちろん俺にも魔の手が来た。俺は個人でやってたから割と猶予があって、財産の整理を済ませ逃げようとしたんだけど、そこを取り押さえられた。こうなると俺はあっさり諦めてしまったんだがね、そのときにジンが来て俺を誘拐するようにして救出してくれたんだ。とにかくあのときのことは感謝している」


「それで仲間になったの?」

「まあそう急ぎなさんな。確かにジンはもう一回俺を勧誘したとも。だが俺はそんな気はなかった。人を騙す方がよっぽど向いていると思ったし、わざわざ新たに骨の折れる仕事をする気にはなれなかったからな。ただ断ってひどい目にあわされるのが怖かったから「飽きるまでついていくよ」とだけ返したさ。ただの杞憂だったがな。

 そんであいつと行動を共にしていたんだが、ジンのやつ馬鹿なんだよな。腕が立つとか言っておきながらプライドが高いんだよ。だから仕事は選ぶし、気に入らないとすぐに断ってしまうんだ。自分勝手な上司だと分かると前金を投げ捨てて仕事を放棄するからな、徹底している。今まではそれでも良かったのかもしれないが、俺の飯も食わせるとなると余裕はどんどんなくなっていった。しまいには一週間ろくな食にありつけないことすら出て来たんだ。俺だって詐欺師の前はそんな貧乏暮らしだったから空腹を少しは我慢できたんだが、お互いのためにもジンのもとを離れようと思った。ただあいつは俺を助けてくれたし、食事があるときは自分だけ多く食うこともなく律儀に接してくれたんだから、最後に一儲けしてその半分くらいはくれてやろうと思った。

 一儲けは上手くいってさ、その半分をジンに分けてやったら、

「そうか、ありがとう。これじゃあ僕の方から君に詐欺をやめろとは言えないな」

 とか言ってじっとその金を見つめていたんだ。その姿といったら無様で見てられなかったよ。なんというかさ、このままこいつのもとを去ったらそのまま死んでしまうんじゃないかって不安になった。いや俺一人だって生きるのは苦しくて他人なんか気にしてられないってのにな。それでもう少しだけ一緒にいてやろうって気になった。それからはジンも詐欺をするようになった。俺が教えてやったんだ。だがあいつなりにポリシーがあったみたいでな、騙した以上相手に騙されたことをいつまでも気づかないように工夫してやがったな。それで上手くいったのは見たことない。いずれにせよ騙しには変わりないんだが、それで今に至るってわけさ」

 ミホはルーマの目が涙ぐんでいることに気づいた。

「わざわざ私に詐欺師の顔まで教えるなんて馬鹿ね」

「別にチクってくれてもいいぜ。ジンも俺も捕まることに抵抗がなくなってきたんだよ」

「変なの」

「今からすることだって変だぞ」ルーマはミホから視線をそらし、「お前のことだ、ドラゴンを遠くへ逃がすとかだろ」

「ふっ、ばれたか」


 ミホが後ろを向くとジンが立っていた。

「なんでよ、みんなドラゴンに苦しめられてるっていうのに」

「逃がすかどうかは実際にドラゴンにあってみないと分からない。ひとことドラゴンって言ったって人懐っこいのもいれば凶暴なのもいる。もちろん人の嫌がらせのせいで凶暴になったのもな」

「嫌がらせ?」

「例えばドラゴンから牙をへし折るとか、卵を奪うとか」

「牙をへし折るって殺さずにできるものなの?」

「最近はそのための武器が売られてるって話だからな。傷跡が綺麗なもんだからその武器を使ったかは一目瞭然だとよ」

「わかったわ」ミホは席を立ち、「私も真相を確かめたい」

「そうと決まれば行こうか。先回りされたらご破算だからな」





 洞穴の中は上から光が差し込んでおり、ほぼ全体を見渡すことができた。差し込む光のカーテンの向こうに一匹のドラゴンが眠っていた。三人はドラゴンの前まで歩き続けた。光のカーテンをくぐった頃合いでドラゴンは侵入者に気づき目を覚ました。すかさず歯をむき出しにしてグルルルルという音とともに威嚇しだした。


「で、私はどうすればいいの」ミホはジンに尋ねた。

「眠ってくれてれば良かったんだけどな。とりあえず観察したいから、ドラゴンがあまり動かないようにしてほしい」

「そんなことできたら言われなくてもやってるわよ」

「ルーマ、見た感じどうだい?」

「ああ、歯の一本は例のアレでやられたっぽいな」 

「歯一本でそんなに狂暴になるものなの?ドラゴンって」

「狂暴かどうかは今から判断するんだ」


 ジンは剣を引き抜きドラゴンに向けた。ジンに攻撃する気がないとみてミホは防御魔法を展開した。三人とドラゴンの間に透過性のある壁が表れた。ドラゴンは三人を満遍なく睨み続けていた。同時に翼を大きく開け、大きさを見せつけて来た。

「なんだ、そんな能力があるなら初めに言ってくれよ。ジン、剣下ろせよ」

 防御魔法を見たからドラゴンは攻撃をしないとは考えにくいので、

「もしかしてこのドラゴン大人しいんじゃないの」とミホから意見した。

「そのようだな。逃がしてやるか」とジンは応じ、持参していた袋の中から笛を取り出した。

「なんなのよ、それ」

「獣全般が嫌がる音の出る笛だよ。これもこいつが生きるためさ」


 ジンは笛を吹き始めた。ルーマ曰く、この笛は人には聞こえる音に加えて獣だけに聞こえる音も出ているらしく、その音がドラゴンを混乱させたようだった。確かに聞こえる音は何ら不快さをミホに与えなかった。そしてドラゴンは反応し、激しく暴れ出した。けれどもドラゴンは一向に逃げる素振りを見せず、こちらの防御壁に体当たりを食らわせてきた。壁を伝って衝撃がミホに与えられた。ミホはそのまま倒れ、防御魔法は解除された。あっけなく三人は無防備にさらされた。

「妙だな、逃げそうにない」ジンは吹くのをやめた。「ルーマ、探ってくれ」


 ルーマはドラゴンのもとへ走り出した。同時にジンは走りながら剣を大きく振り回して注意を引こうとした。狙い通りドラゴンはジンのいる方を睨んで炎を吐き出した。炎で周りが赤々と照らされ、暗くて見えなかった一部が色を得て確認できた。ドラゴンの足元も照らされ、そこに卵らしき物体をミホは見た。

 ドラゴンが逃げない理由はおそらく卵を守るためだろう。ドラゴンの近くへ行ったルーマもおそらく気づいているとミホは考えた。卵を奪い取り、ドラゴンを外へ誘導して逃がすシナリオを思い描いた。


 そのときだった。複数の荷車が向かってくる騒がしい音がしてミホは思わずそちらに振り向こうとした。

「ドラゴンに背を向けるな!」

 ジンの鋭い声に従ったが、ドラゴンはミホに向かって大きな口を開けて迫っていた。ミホは驚いて尻餅をついてしまった。非常に危うかった。しかしドラゴンの顔は複数の槍で貫かれ、そのままミホの横で倒れた。即死だったらしい。


「大丈夫だった?」

 見ると別の五人組パーティがいた。それぞれが槍を発射する残酷で合理的な兵器を携えており、今現在使われたのがわかった。ミホは自分の中で煮えたぎるものがあるのを感じた。作戦は私を助けるために失敗したのだと責任に苛まれた。

「さて、もらえるものは貰っておかないと」

 彼らはドラゴンを荷車に乗せ始めた。

「それをどうするんですか」

「売っぱらって報酬の足しにするのさ」

「ご苦労様、はい後払い」

 そう言ってお金の入った袋を投げたのはジンだった。お金を受け取った五人組の一人が、

「他に何か金目のものはない?」

 とたずねた。ミホは卵のことを思い出した。そして渡せば卵の子は殺されると直観した。だが、自分だけ黙ってれば守れるのだろうか。ジンは気づいているか分からないが、ルーマはすでに持っているだろうし、止めようと自分が走ればこの五人組にバレる。ただ緊張を隠しながら黙っているしかなかった。

 ジンはそんなミホのことは知らず、

「おい、なんかお宝ある?」

 とルーマの方に叫んだ。何もない、と反響が返ってきた。

「てことでその金で諦めてくれ」

「大損した気分だなあ」

 一人がそう言って五人組は去っていった。

 ミホは今起こったことが理解できなかった。おそるおそるジンの方を向いた。彼は悠然と立っていた。そこに罪悪感は微塵も感じられなかった。自分がしたことが分かっているのだろうか。逃がすと言っておきながらドラゴンを殺したのだ。ミホは騙されていたことを認め、身体を震わせながらジンに突っかかった。

「あんたさ、私を騙してたの。最悪ね、殺してやりたい」

「何をそんなに怒っているのさ、僕だってドラゴンを守れなくて悔しいよ」

「嘘ばっかり!!あの五人組を呼んだのあんたじゃない!守りたいって言う人がすることじゃないでしょ」

「確かに呼んだよ。でも僕は守りたかった」

「意味わかんない。呼ぶ必要がどこにあったのよ。余計なことじゃない!」

「呼ばなかったら、ドラゴンは生きていたとでも?まあ半分は当たってるかな。ただそれじゃだめなんだ」

「何がだめなのよ」

「僕はドラゴンの行く末を運命に委ねた」

「あんた自分に酔ってるの?」

「僕たちがドラゴンを全力で守ろうとし、彼らが全力でドラゴンを殺そうとする。この構図の中で僕たちは彼らに勝たなきゃならなかったんだ」

「何よそれ。ドラゴンはあんたのおもちゃじゃないのよ!」

「おもちゃ……まあ一種のゲームに見えるか。君の言うことはもっともだよ。でもね、何が一番正しいかなんて分かりっこないから、己の運命に従うしかないんだよ」

「くだらない。運命運命って都合よく使うんじゃないわよ!」

「都合がいいというよりどうしようもないんだ。運命は僕らが所持しているというより、付き纏っているからね。仮にドラゴンが無事逃げられたとしよう。そのあとすぐ殺されたかもしれないし、食糧が手に入らなくて餓死したかもしれない。人を食い荒らした可能性だってある。その一方でドラゴンに喰われることでしか幸福になれない人だっている。いちいち考えてられないのさ。結局僕は運命の中の自分を意図的に作り出すしかない」

「ただの思考放棄ね。ほんとくだらない。あんたがかわいそうに思えてきた」




 ミホはもっと言ってやろうとしたところで、

「ジン、これが逃げなかった理由らしいぞ」

 ルーマが卵を持って戻ってきた。どうも先ほどの返事は嘘だったらしい。

「なるほどな、こいつが残ったのか」

「それ、私に寄越してもらおうじゃないの」ミホが答えた。「ルーマ、卵を守るなんて案外いいやつなのね」

 ルーマは頭に?を三つつけたまま答えず、代わりにジンが、

「共有ならいいよ。僕はこいつを育てていこうと思う」

「ふざけないで!どうせまた崖から落とすような真似をするんでしょ!」

「そんなことはしない。僕らが親だって思い込みながらこいつは生きていくんだ。対して僕らはこいつに生き様を語り、同時に親であると騙り続ける。その中で僕は進むべき道に気づかなければならない」

「やっぱり俺には分からねえや」

「ルーマ、お前はそのまま好き勝手生きればいいんだ。わざわざ面倒な道を選ぶことはない」




 ジンの言い分にミホは全く正当性を感じなかったし、意味も分からなかった。せっかく生き残ったドラゴンの子もこれでは気の毒だ。いっそ彼らを詐欺師として告発したかったが、それはジンの思う壺のようで気に食わず、やめた。

 せめてこの子のためにもジンをもっとも絶望する形をもってして潰さねばならない。ミホは強く固く決意するのだった。そのために彼らとしばらく行動を共にすることになったが、それはまた別のお話。

 

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