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お茶会にて。

※異性装が出てきます。

「リリ・ブラシェット様、どうか僕との婚約を解消してください!」


ここは爽やかな風が心地いい王宮の中庭。

今は王家主催の、貴族の子息たちの交流会という名のお茶会が行われていた。

そしてパーティーの中央、大勢の前で騒いでいるのは、パスチック男爵が長子、ベンジャミン。

対して、広げた扇で口元を隠し、そちらに鋭い視線を送るのは、ブラシェット伯爵が第二子、リリ。


二人は婚約関係にあるのだが、ずっと前からベンジャミンはその関係を解消したがっていた。


ベンジャミンは着飾っているものの、体躯が貧弱なのを隠そうと大きめの衣装を着ている分、逆にブカブカなのがモロバレで、バランスが悪く少し不恰好にみえる。

対して、リリ。

濃い睫毛に彩られた強めの視線。

丁寧に櫛を入れたブルネットの長い髪。

自分の見せ方をよく分かった上で、あえて派手目にしてあるドレス。

ベンジャミンよりも背が高く、背筋もピンとしているのでますます彼女の方が大きく見える。


二人が並び歩いたら、女主人と(ベンジャミン)に見られそうで、ベンジャミンは色々嫌だったがそれも嫌だった。


「おっしゃる意味が分かりませんわ。もう一度お願い致します」


少し低いトーンでゆっくり話すリリの声は、聞く人によっては圧を感じるものだった。

取り巻きの女子も口元を隠しながら、クスクスと笑ってベンジャミンの方を見ている。


「どうぞ?」

「ヒッあ、あの!僕との婚約を解消――」

「嫌ですわ」


ベンジャミンは勇気を出してもう一度伝えたが、今度は言い終える前に遮られた。


「わたくし、ベンジャミン様に一目お会いした時からお慕いしておりますの。それに、前からお伝えしている通り、家の格差なんて関係ありませんわ」

「でっでも!この婚約は通例から外れています!それに、リリ様ほどの方なら、もっとすごい人からとか…引く手数多だと思います!」


ベンジャミンの細く甲高い声が震えている。


この国の従来通りなら、嫁ぎ先となる家の方が格が高く、また、夫となる家から婚姻の申し入れをするのだが、この二人の場合は違った。

ベンジャミンよりリリの家の方が格式が高く、婚姻の申し入れも、リリの家から。


そんな事もあって、ベンジャミンは婚約を破棄してほしいと"お願い"する立場になってしまったのだ。


「ベンジャミン様は、わたくしの何がお嫌なのです?容姿端麗、成績優秀、小さい頃から家の経営にも関わっておりますので、結婚後の家同士の政治関係もお任せいただければ。あと、最近はサロンで占いも嗜んでおりますわ」


(そういうとこだよ!)

ベンジャミンは内心突っ込まずにいられなかった。


自信家で、大口をたたくがそれにあった結果を出せる人物、リリ。

コンプレックスを刺激されるのか、ベンジャミンと同じようにリリを忌避する男子はいるが、その親世代からは口から手が出るほどほしいと思われているに違いない。


ベンジャミンは早々に戦意喪失となってしまった。

膝から崩れ落ちて、地面にうずくまる。


「あらあら」

リリは取り巻きから離れ、座っていた長椅子から立ち上がる。

そして、ゆっくりとベンジャミンの方へと近づいてきた。

「ベンジャミン様、しっかりなさって。わたくしは、どんな貴方様でも受け入れますわ」

「――です」

「はい?」

リリが完全に近寄る前に、ベンジャミンが何かを呟いた。

思わずリリは立ち止まる。


「僕は――です」

「なんですの」

「僕は"女"なんですぅ!!」


ベンジャミンは半分泣きながら立ち上がった。

上着のボタンを引きちぎ…るのはできなかったので、ボタンを外して胸をはだけると、リリにだけ見えるように近づいた。

リリは驚いて目を見開く。


「何ですって?」

「僕のおじいさ――祖父が、僕が生まれた時に男として育てるように決めちゃったんです!この胸が証拠です!だからリリ様と結婚しても後継が生まれません!!」


本当は今日、この場でここまでぶっちゃけるつもりはベンジャミンになかったのだが、思ったより婚約解消を拒否されたのでとうとう言ってしまった。


――婚約の話しをもらった時、ベンジャミンは両親にやめた方がいいと進言した。


『相手は伯爵家ですよ、誤魔化せる訳ない!!僕の正体が分かったら、絶対騒ぎになる!下手したら"お家断絶"とか!』

『でもねえ、ベンジャミンちゃん。本来ならこんな格差婚、下の者たちが拒否できるものではないのよ?』

『それに、バレた時はその時だ。みんなで謝ればきっと許してくれるさ。はっはっはっ!』

『そんな訳があるかー!!!』


だが生来ほんわかしている父と母は、ベンジャミンの言葉を取り合わなかった。祖父の変な命令に従うだけある。

なのでベンジャミンは今まで孤立無縁でこの結婚に反対してきたのだ。


他の貴族子息にも自分の正体を伝えた事がなかったので、今周りが騒がしいのはしょうがないと、ベンジャミンは思う。

周りの顔色を伺う勇気はなかったので、代わりにリリの方をずっと見続けた。

リリは相変わらず口元を隠したまま、何も読み取れない表情でベンジャミンを見ていた。


と、ベンジャミンは、リリの瞳が紫水晶(アメシスト)色なのに気がついた。

思えば存在を怖がりすぎて、今までちゃんと彼女の顔のパーツなんて見た事がなかったかもしれない。


(綺麗だな…。僕が女として育っていたら、友人になりたかった。いや、それよりも本当に僕が男だったら一緒になれたのかな)


自分が今まで彼女に臆していたことも忘れ、ベンジャミンはリリの方をじっと覗く。

しばらくして、リリの瞳が静かに閉じた。


ベンジャミンには、それがこの時間の終了に思えた。


「……失礼いたします」


ベンジャミンは立ち上がると、リリに一礼し、踵を返して帰ろうとした。

もうここまで騒ぎを起こしてしまったのだから、もう会うこともないだろう。

彼女の瞳をもう見れないのは残念な気もするが、ベンジャミンはずっと抱えてきた秘密を暴露できてホッとした。


が。


「お待ちになって」


リリに声をかけられる。

つい、ベンジャミンは立ち止まってしまった。

その後すぐにパチン、と背後で音が聞こえた。

なんだと振り返ると、一度も閉じたことのないリリの扇が閉じられている。

リリの顔が全て見えた。

そしてその顔を見て、ベンジャミンは呆然とした。


「は?」

「ベンジャミン様は何か勘違いをなさっておられます」

「へ?」

「わたくし、先ほど"どんな貴方様でも受け入れます"とお伝えいたしました。それに――…」


リリが近づいてきて、ベンジャミンの胸元を隠すようにボタンを閉めた。

そして、今まで見た事のない笑顔で微笑みかける。


「わたくし、男ですわ。なので何も問題ございません」

「はーー!?」



後もう少しだけ続きます。

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