お嬢さまのお気持ちと竜騎士さま
大人たちを交えての謝罪の場が終わり、少年少女には別室が設けられた。お茶でも飲んで交友を深めていなさいとのことだった。両親たちはお酒でも嗜んでいることだろう。
隣に座ろうとするラウを避け、レアはさも用事があるふりをして立ち上がった。実際この場で接客のために動かなければいけないのはレアだったから。
レアは屋敷に戻ってからラウと距離をとるように意識していた。話さないように。近づかないように。視界に入らないように。それでお嬢さまこそが想い人である竜騎士の近くにいられる。
そう努めても、どうしたってラウはローレンディとともにアフロディータのそばにもいるのだから、目に入ってくる。
彼らがにこやかにするたびに、お嬢さまのかわいらしい笑い声が上がるごとに、胸の奥にもやもやと濁ったものが溜まっていく。レアはあの竪琴のようなお声が好きなはずなのに。
目を伏して、乾燥しないように巻いていた生菓子の包装を外していると、ラウが隣にいた。
ローレンディとアフロディータはきちんと席についておしゃべりをしている。内心ぎくりとしたが、冷静を装う。
「レアと話がしたいんだが」
「アフロディータお嬢さまに関することでしたらお伺いします」
不用意に触れてしまい、お菓子のトッピングが崩れた。これは使えないので皿からどかす。
「……なぁ。俺はきみの機嫌を損ねるようなことをしただろうか。いや、誘拐の件は本当に申し訳ないが」
困ったようにしながら目を合わせた。
「それは終わったことです。謝罪を多分にいただきました。私は分をわきまえているだけです」
「どういうことだ?」
「竜騎士さまを従える団長殿へとるべきふさわしい態度を心掛けております。失礼がありましょうか?」
ラウは息を吐いた。
「俺の身分などあってないようなものだ。気にしてくれるな」
身分がないだなんて、大ボラを吹くものだ。
「団長さまともなれば身分はなくとも立場がございますでしょう」
「まだ正式に任命されたわけではなく、暫定なんだ。団長(仮)といったところだ。ドズワル団長の目が黒いうちはな」
どうりで一団を率いるには若いと思った。団長見習い、引き継ぎ中といったところか。
「きみが、竜が怖くて俺とも離れたいのなら引き下がる。けれど立場で突き放されるのは寂しいな。
無理強いはしないが、どうか以前のように話してほしい」
冗談だよ、もう話しかけない、と彼が言うのを待ったがその言葉はついぞ出てこなかった。レアの変わりようは無礼だから、きっと不興を買うと予想していたのに。
「ラウさん、と呼んでも構わない、とおっしゃるんですか?」
「そうだ。俺たちは仲良くしていたほうが都合がいいだろう。うちのお坊ちゃんとそちらのお嬢さまのこと、気づいてないわけがないよな?」
「それは……」
ローレンディはアフロディータを好ましく思っているが、お嬢さまはラウに憧れている。その構図をわざわざ説明するのは野暮というもの。だが、彼はわかっているのだろうか。
「ラウさんこそ、お気づきでないのですか?」
お嬢さまが彼に向けてきた目や態度。
レアは口にはしないが、外部から俯瞰してよくわかる三角関係が成り立っていた。
「アフロディータさまのお気持ちに? ……もちろん」
「お嬢さまのお心を蔑ろになされば、私も怒りますよ」
キッ、と目を吊り上げてみせたのだが、ラウは微笑むだけだった。
「そういうことにはならない。これから見ていればわかるだろう」
では、ラウは少女の恋心に応えるのだろう。ほっとすると共に、うら寂しくもある。かわいいお嬢さまが、お嫁にいってしまうのか。そう遠くない未来を想像すると早くも鼻の奥がツンとした。