お嬢さま、がいない間のレア
竜の厩、と言えども収納する建物はなくだだっぴろい広場に案内された。柵も役に立たない、そもそも飛び立つ時に邪魔なのだそうで。鱗の色も体格も違う数頭の竜がそれぞれくつろいでいる。
一段と大きな竜が地面にぺったりあごから尻尾までつけてうつ伏せて、あらん限りの謝罪を表明していた。反省しているのは言葉が通じなくともわかる。
「さきほど厳しく叱っておいた。賢いはずなんだが、いかんせん子供っぽいところがあって……申し訳ない」
「連れて来られてびっくりしました。次に来る時はちゃんと、人間側に連絡を頼んでから来てくださいね」
竜はギィ、とひと鳴きした。尻尾を上げてからぱたん、と下ろす。首を持ち上げてレアに頭を撫でつけた。ラウは神妙な顔で腕を組んでいる。
「竜が、きみの心の傷になっていたらどうしようかと責任の取り方を考えていたんだが」
「失神してたので心の傷になるほど記憶にないです」
なにしろあの竜はイアルイドかも、と思った直後にはもうこちらの屋敷に着いていたのだから。
一歩引いたところにいるローレンディに微笑む。
「ね、ローレンディさま。私は平気ですよ」
ギギ、ギィィォ、と竜は少年に対して鳴いた。
「イアルイドがレアに『遊びたくて連れてきた。ごめんなさい』って……」
翻訳された謝罪。それを成し遂げたローレンディに驚いた。
「竜の言葉がおわかりになるのですか?」
「だいたい、簡単なことなら」
もしや竜騎士や、竜の世話をしていたり近しい存在なら会話ができるようになるとか。
「ラウさんも?」
「いいや、こいつが俺に主張するのは『腹が減った』『疲れた』『飛びたい』ぐらいだ。それも言葉じゃなくて態度でな」
竜はそれだけじゃない、と不満そうに鼻を鳴らした。ラウがぽんぽんと鼻頭を叩く。
イアルイドがきょろりと目を動かして、頭をもたげた。
シューッ、とイアルイドの背後を横切って、一回り小さい一頭の竜が着陸した。それから小柄な人物が降りてくる。
「だーんちょー! あっ、ローレンディさま。アルデコチェア家からのお手紙お持ちしましたよー!」
懐から取り出した手紙を、呼びかけたラウではなくローレンディに手渡した。
「ご苦労さま。手紙は僕が父上に届けるよ。そろそろお戻りだろうから。フレーフォイルスも何度も往復ありがとう」
名前を呼ばれた竜がお辞儀するような仕草をしている。ローレンディが屋敷に戻ってしまった。
「お疲れのところすみません」
被っていたフードを外している人物はレアに振り返った。手紙を持ち帰ってきてくれた竜騎士だ。
「お嬢さまがお家にいらっしゃったかどうか、ご存知ですか?」
「ああ、はい。アフロディータさまならアルデコチェアのお屋敷に戻ってらっしゃいましたよ」
「よかった……ありがとうございます」
「ありがとうな、エルワナ」
小柄なその人は、ラウとレアに対してニッと笑って敬礼した。近くで見たからわかる、少年と間違えそうなこの子は少女だ。あっと思っているうちにすぐにパートナーの世話に戻ってしまった。
「イアルイドさんは、きっとお嬢さまと私を間違えたのです。お嬢さまにこそ……遊んでいただきたかったのかもしれません。それでこちらまでお連れしようとしたのかも」
「どうやって間違えたと?」
竜は匂いで個体の特定をする。目も悪くない。アフロディータとレアは体のシルエットも違うし、並んでいれば尚更区別はついたはずだ。
「私がとっさにお嬢さまを庇ってしまったからです」
「いや。それならきみを降ろして、改めてアフロディータさまを連れてくることもできたはずだ」
「あ……そうですね、私は気を失って抵抗できませんでしたし」
最初から目的はレアだったということだろうか。しかしレアを連れて得なことが思い至らない。そりゃあ、おやつは時折運んでいるけれど、腹の足しにもならない量だ。
初めて会ったときも、アフロディータと遊んで懐いていたようだった。だからやっぱり、お嬢さまと間違えたけど戻って取り替えるのは面倒くさいし、レアで手を打とうという考えだったのではないかと推理した。
会話はそれでお終いになるかと思えば、ラウがあちらで寝ているのが一番大きくて、こちらでいま帰ったばかりの鞍を外しているのが一番若くて飛ぶのが早い、などと竜について解説してくれるのを聞いたりしていた。
晩にはルティーシュ家の夕餉の席に招かれ、ドレスも持ち得ぬレアを咎めるどころか歓待してくれた。我が家の竜が失礼をしたのだから、と身分もない女に謝罪さえして。破格の待遇に大変萎縮してしまう。
予告もなく飛び込んだ休暇だし、手荷物もなにもなかったので翌日は手持ち無沙汰で過ごしたが、竜の生活を眺めるのだけでも興味深かった。
普通に生活していたらまず拝めない生物だから。
竜の生産地、というのもおかしいが、この国の竜の住処は極東西に振り分けられている。彼らの好む険しい山があるのが国の左右だからだ。パートナーとして認めなければ人に寄りつかないという特性ゆえに飼育も一筋縄ではいかず、維持費用もかかる。飼育費用は主に食費で占められる。肉はもちろん木の実や雑穀も食べるが、とにかく量を必要とする。
おかげで国の中央、王のおわす王宮には竜は本来住まわない。貸借契約という形で両端の領地から竜と付随する竜騎士が王族と都周辺の護衛戦力として派遣されている。
というようなことをレアは聞きかじった。
Feb 20th, 2023
誤字指摘ありがとうございます!