お嬢さまと子竜のじゃれあい
次回の訪問には、ラウがローを連れてやってきた。
ローレンディは用事があるが、代わりに元気になった子竜を寄越すから遊んでやってほしいとのこと。
ぎゅる、と鳴いた子竜は心なしか、紫の鱗が健康的に艶めいて見える。
「久しぶりね、ロー」
アフロディータがしゃがんで挨拶をすると、ローも人間のお辞儀を真似する。自然と少女の笑顔を引き出した。
怪我を治してやった恩義を感じているのか、子竜は少女に傍目にもよく懐いている。
「竜って普段はなにを食べるの?」
「基本は雑食です。個体レベルでは好き嫌いもありますが、肉野菜果物なんでも食べますよ」
少女はたくさん質問を投げかけて、竜騎士の青年は一つひとつ答えていく。
それを見守りながら、侍従は巨竜に寄りかかった。体表は固いけれども、内実は熱くやわらかい。やけにゆっくりした鼓動が聴こえる気がした。
無垢だったアフロディータの笑顔は大人びてきており、レアにまだ甘える態度をとることもあるが、外では立派に淑女らしく立ち回る。独り立ちーー結婚も視野に入れる時期に差しかかっているのだと、嫌でもわかった。
切ない。
彼女の未来が明るいことを願うのに、実の妹のごとく可愛がってきた少女を手放す未来を、少しでも遠ざけてしまいたくなる。
竜が顔を寄せて振り返った。静かな目はレアを慰めるように見つめている。縦に長い瞳孔に映ったレアは、すっかり迷子の様子だった。
レアは、お嬢さまの美しい微笑みを守りたいだけ。いままでもそうだったし、これからもおそばで眺めたい。
竜騎士の彼のことを好きだと言うのなら、応援するしいくらでも結ばれる手助けをするつもりだ。
そうして彼女の幸せをひた祈る。
レアはアフロディータを敬愛している。いや、親愛のほうが強い。きょうだいのなかでレアは次女だった。貴族の端くれの両親は男児を望んでおり、姉とレアと二人女児が続くと三人目に期待した。しかしなかなか恵まれず十年以上経って諦めていた矢先に母の妊娠が発覚してみな驚いていた。
両親からの愛情は、弟が生まれるまではおそらくあったのだろう。もとから向けられる関心は長女よりも薄く、いつでも寂しさを抱えていた。「どうせいつか家からいなくなる子だから」という両親の無関心を幼いながらも感じ取っていた。手のかかる弟に遠慮して関わろうとせず、自分からうまく甘えることもできずにいたせいで「冷たい子」とすら両親から言われていた。
救いはレアが家を出て行くことを止められなかったことだ。紹介状と交換に「お世話になりました。もう戻りません」と手紙を置いてきた。それ以降、家族から連絡がきたことはない。
早くからアルデコチェアに住み込みで働くようになって、小さいながらも個室を与えられ初めてプライベートを持つことになる。それまでは姉と同室だった。屋敷に来て数日は乳児だった弟の泣く幻聴が聴こえて夜中に起きてしまい室内を確かめることもあった。
侍女としての教育を終え、顔合わせした幼いお嬢さまからはまっすぐ無垢な愛情を向けられた。
それで初めて、愛情に飢えていたのだと自覚した。心が満たされて、また彼女の心を満たしたいと骨身を砕いているうちに、アフロディータの一番の信を得られた。
下手をしたら実の家族よりも、お嬢さまに持つ愛は深い。