お嬢さま……ではなくレアに近づく竜騎士さま
隣の領地の少年からは頻繁に手紙が届き、またアフロディータもすぐに返事を返した。
郵便配達業者などを介さず、竜を使っての速達直行便である。なんでも領地の見回りついでに手紙を届けたり回収したりしてくれているとのこと。
リングロウ領地の平原で、少年少女は、あるいは少女と青年は逢瀬を重ねていた。月に一、二度組み込まれるようになった予定。
部外者のレアは離れたところから、おやつの用意をしつつ竜をからかう三人を眺めていた。
ローレンディとアフロディータが竜の尻尾だとか頭で転がされて、笑い声が響く。それに飽いたらミッドナイト・ブルーの鱗を撫でながらおしゃべりに勤しむ。
喉が渇いたと水分補給にやってきたラウは、レアの淹れたお茶をうやうやしく受け取った。アフロディータが淹れたお茶ならまだしも、侍女でしかないレア相手にされると大げさである。
「レアは、竜騎士に興味がないのか? お嬢さまのように」
もしかしたらアフロディータからの質問責めに疲れて避難してきたのかもしれない。
「どちらかといえば竜のほうが気になります」
間近で接する機会が増えた。レアはその度に竜を凝視する。大きくて凶暴そうな見た目に反して、美しく気高く心優しい。
「女性で竜好きなのは珍しいな」
竜騎士好きにはよく遭遇するが、と小さくこぼした。
ラウから向けられる関心を逸らしたくてバスケットを開く。
「竜はなんでも食べるときいたのですが、柘榴はどうでしょうか? 旬の季節だからお嬢さまが差し上げたいと」
リングロウの特産品のひとつで、真紅に色づいた実をアフロディータとともにたくさんもいできた。
「ありがとう。美味しそうだ」
じっとあちらに目を定めると、ローレンディとアフロディータの背もたれになっていたイアルイドがラウの寓目に気づいた。
重さは感じさせるが、こちらに優雅に歩いてくる。
「いまのはどうやって意思疎通をしたんですか?」
「なんとなく、注意がほしいときはお互い察するな」
「絆が深いのですね」
竜と青年を交互に見やる。目に見えない糸を探るように。その体のどこかに紋章でも刻まれていないか。
「よく勘違いされるんだが、血の契約などは交わしていないぞ」
「……違うのですか?」
てっきり特別な儀式を通して繋がっているのだと思った。
軽く目を見開いているレアにラウは苦笑する。崩す相好に人間味を感じてほっとする。無表情や真剣な様子だとどうにも作り物めいて近寄りがたい。
「竜と騎士との間に明確なパートナー契約などはないんだ。強いて挙げるのなら、騎士が単身でその背に乗ることを許したらそれが正式な証になるか。それで奇妙なことに、竜は騎士の行くところに着いてまわるし、わかりあえるものなのだから自分のことながら面白いとは思う」
ギィ、と小さく鳴いた竜。何か用か、と言った気がする。
「不思議ですけど……生涯を通して信頼しあえる存在がいるのは素敵ですね」
アフロディータとローレンディも追いついてきた。
「柘榴ね? ラウ、イアルイドにおやつをあげてもいいかしら?」
どうぞ、と了承したので彼らはレアが開けたバスケットから柘榴を取っていく。
ローレンディの隣で真似をして果物を差し出すアフロディータに竜が鼻を近づけて検分した。そのうちにぱくりと食べたので、お嬢さまははしゃいでいる。無邪気に心の内を明け透けにする彼女はなんと愛らしいのだろう。
レアはひとつ柘榴を手にして、ラウに渡そうとした。その手首をやんわり掴まれて、イアルイドの口元に持ち上げる。イアルイドは鋭い歯を立てず唇の先の方で柘榴を挟み、何度か首を振って奥歯へ運び噛み砕く。
レアは尖った口よりも、己の手首を掴む手にばかり目がいってしまった。ゆるく掴んでも第一関節以上に余る指先に、溶け込むようなあたたかさや乾燥しかけた皮膚の厚みも感じられてしまう。
びっくりしすぎて手を引くことすらできずにいたなか、イアルイドが果実を食べ終えたらすっと離れた。アフロディータはローレンディと話していて見られていない。籠をお嬢さまに掲げると、ひとつ果実を選んでラウに見せる。今度こそ彼は受け取って、イアルイドに与えた。