お嬢さまとレアの結婚式準備
ブックマーク1,000件記念として、一話投稿します。
ほのぼのであまり激しいいちゃいちゃはしてません(たぶん)が、よろしかったら読んでいってください。
結婚式前のラウとレアです。
「レア」
声をかけるのが早いかその腕が体に回るのが早いか。
手にしていたウェディングドレスの余り布を落とさないように気をつけていたために、婚約者からの抱擁への対応がおざなりになったのは悪いと思っている。
「……ラウさん、いいところに」
「なんだ?」
「ルティーシュ家まで行きたいです。お願いできますか?」
隣接した領地の往復とはいえ、竜騎士団長をただの運転手扱いできるのもレアだけだろう。
式まで一ヶ月となった今朝、いよいよ大詰めというときにアフロディータとレアの結婚式の装いについて一悶着あった。
竜の鱗をスパンコールのように細工して頭に被るベールの終わりに縫い付けるのはもともとの案としてあったのだが、ドレスの胸元にも縁取りを飾りたいとドレスのデザイナーと話して盛り上がってしまった。ほんのごく細く一線だけ、上品になるだろうと。
レアは「アフロディータさまのぶんだけで結構です。私は不要です」と主張したのだが、お嬢さまが譲らなければレアが引き下がるしかない。
ルティーシュ家ご当主と奥方を目の前に、端布を使いながらどこにどういうふうに何色の鱗を組み入れたいのか説明して、恐縮しながらも鱗を分けてもらいたいとお願いした。
ローレンディとラウも同席して交渉を手伝ってくれて、いまレアは竜の鱗が詰まった小箱を手にしている。
一枚から複数個取れるようにごくごく小さく加工して使用するとはいえ、欠損もない美しい鱗は、一枚でひと家族一週間ぶんの食費ほどする。原価だけでそれがぎっしり詰められた箱。
「がめついとか思われていたらどうしようと……お嬢さまだけでなく私のドレスにまで使うって言うんですよ」
「元手はほとんどかかっていない。……いや、食費が嵩むんだよなあいつら。だから値段が釣り上がる」
なにしろあの巨体なので胃もそれなりなわけで。
末端価格は推して知るべし、と。
「やっぱりお高いですよねぇぇぇ?!」
「お館さまも気前のいい方だから気にするな。笑ってらっしゃったし」
「愛する人の人生いちの晴れ舞台なので」と同時に発したローレンディとラウの決め顔にルティーシュ家夫人が「そうこなくっちゃ。ねぇ?」と旦那の背中を叩いていた。レアは顔を両手で覆ってばかり。赤い耳まで隠せれば完璧だった。
というわけで、結婚式の総額費用はレアには極秘となっている。
さらに竜の素材工芸品の喧伝にもなるからとお館さまは出し惜しみしない。
交渉を終えて、ラウとレアは竜の集まる庭に出た。
「エルワナ」
小柄な竜騎士が反応する。
「これをアルデコチェア家へ頼む」
するりとレアの手から小箱を抜き出し、ぽんと革の手袋を着けた彼女に渡す。
「はーい! フレーフォイルス、行くよ!」
敬礼して小竜に乗って軽快に飛び立ってしまった。エルワナの行き先、リングロウ領に帰らなければいけないレアを置いて。
「わ、私が持って帰るのでは……?」
「このまま帰れるだなんて思わないことだ」
今回鱗を受け取るにも、お嬢さまからルティーシュ家に事前に手紙を送っていたから、もう決まったようなものだったのだ。あとは現物のやりとりだけで、レアを遣わすからラウが迎えに来いと頼まれた。
「えっ」
「俺は今日きみを正面から拐いに行ったんだが?」
にやりと口端を上げる。
「犯行声明は届けておいたし明日にはちゃんと帰す」
アフロディータからどうぞどうぞと差し出されてレアはここにいる。
「了承をもらってるなら悪行みたいに言わないでください」
ギッギッと男女を乗せたイアルイドが笑っている。
竜の上で抱きすくめられる。
「きみ、働きづめだろう」
ラウとのデートもご無沙汰で、まともな休日は一ヶ月前。本日は半休扱いだろう。ラウの自宅が見えてくる。
「イアルイドの鞍を外してくるから中へ入っていてくれ」
「手伝います」
「いいから。お茶でも淹れておいてくれないか」
イアルイドもぐりぐりと頭を押しつけて、家の方へ促す。
それで台所でお湯を沸かしながら茶器を出しておいたところで体力が尽きた。
ダイニングテーブルにうつ伏せてすやすや寝息を立てるレアを発見したラウは火元を消して彼女を抱き上げる。
雲のような意識が晴れる。
外の明るさは、夕方のものではない。急激に覚醒した。
「ラウさん……もしかして私」
「何をしても起きないから面白かった」
寝巻きに着替えさせても、髪を解いてもキスをしてもレアはむにゃむにゃ言うだけだった。
「まだ早朝だ、出勤まで余裕はある。朝食にしていいか? 腹が空いているだろう」
ラウはさっさと台所へ行ってしまった。
「ぜんぶやってもらってすみません……」
着替えて髪を整えて、としていたら、あとはもう食べるだけになっていた。
「昨夜の残りを温めるくらいしかしてない」
レアが何時に起きるかわからなかったから、夕食を作ってはいたがこんこんと眠り続けるので起こさず、一人で食べた。寂しくはあったが、寝顔を好きなだけ見れたのは得をした。
「すみません。このところ、すごく眠くて。夜もちゃんと寝てるつもりなんですけど」
「あと少ししたらゆっくりできる」
結婚式を終えたら。そしたら二人の時間を心置きなく過ごせる。
「はい、頑張ります」
アフロディータとローレンディ、そしてラウとレアの結婚式のためにレアが奔走しているのは理解している。それで会う時間が少ないのも仕方ないとは頭には入っている。ただ、ちょっと、せっかく会えたときにただの添い寝で終わってしまう夜にやるせなさを感じるというか満たされないというか不満も溜まる。
それでラウの婚約者と朝から晩まで一緒のアフロディータへの嫉妬心をほんの少し爆発させてしまったのが先月。レアも「恋しかった」と積極的になってくれたし、それはそれでよい夜だった。
その暴走があったために、今回は我慢できた。大人としてしなければならないだろう。
イアルイドに乗ってアルデコチェア家まで戻ってきた。
「ありがとうございました。いってらっしゃいませ」
レアのほうから唇を合わせて、ぎゅーっと抱きついた。ラウが抱きしめ返して、腕を離してもくっついたまま。口元がだらしなく緩む。
なにしろ付き合うまでひたすらラウは押しの一手を貫き通しており、レアが想いを返すまでが長かった。愛情はどうしてもラウのほうが大きい。
「……寂しいと思ってくれているのか?」
「そりゃあ会いたかったですよ」
だからたまのご褒美のようにやってくるレアの甘えに心臓を鷲掴みにされる。
「ならよし」
くしゃりと笑って、もう一度ちゃんとキスをした。
お泊まりから数日。
屋敷の一室にいたレアは大風に揺れる窓を開けた。ミッドナイト・ブルーの巨体が庭で翼を畳んでいる。慌てて作業室を出た。きらきらのついた前掛けを叩きながら、窓から見えたイアルイドを目指す。
「きれいだ、レア。竜姫が人に化けたのかと思った」
いきなりの褒め言葉に頬を染めた。
「な、え、……何を言って……」
「眉尻あたりが輝いている」
走ってきたときに乱れた髪を撫でつけると、ラウの手がそれをなぞった。
指を擦り合わせて観察して、その正体にふっと笑う。
「いまので髪にもついた。この粉末……ああ、これは竜の鱗だな。とても細かいようだが、肌を傷つけてはいないか?」
先ほどまで竜の鱗の加工途中で出た砕けた粒を扱っていた。結婚式でライスシャワー代わりに撒く予定なので袋に小分けにしていたのだが、さらに細かい粒子がついた指で無意識に顔を触ってしまったらしい。
「痛みはないです」
「よく見せてくれ」
顔を両手で包まれて、左右にゆっくり動かされる。
黄土色の金髪の毛先がレアの額をくすぐった。鼻先が触れて、唇が重なる。
「身繕いする暇も惜しむほど早く俺に会いたかったのか?」
低くやわらかい声音に胸の奥が引き絞られる。顔に熱が集まって、でも真面目に答えようとラウと目を合わせ。
はい、と答えようとした半ばでよく通る声が響いた。
「レアーー!」
お嬢さまが手を振りながら走ってくる。
そっと手を離し、ラウはレアの隣に立った。
「はい、何でしょうお嬢さま」
「イアルイドが見えたからレアを外に誘いに行ったらいないのだもの。もうこっちに出てたのね。ラウがいればそうよね」
くすくすと嬉しそうだ。
「どうも、お嬢さま。予定は順調ですか」
「ええ、もう大きな変更はないわ」
そして、あら? と首を傾げて、レアのあごに指先を添える。
「いつ化粧を変えたの? 色の出は強いのに派手じゃなくてさらっとした不思議な輝きね。素敵」
「竜の鱗の粉末がついてしまったようです」
「きれい! こんなに見事に発色する化粧品はないわよ。これお式で使いましょう!」
興奮したアフロディータに腕を組まれ屋敷にとんぼ返りするレアに苦笑して「またな」と口を動かす。レアは頷くだけに終わってしまった。
後日、竜の鱗の粉末を練り込んだアイシャドウの試作品が完成した。化粧の練習に付き合うことになり、感想を求められたローレンディがアフロディータに見惚れて「竜姫……」と呟いていた。スターサル領の男性の発想は似通うらしい。
最後までどたばたしてしまったが、式は大成功だった。麗しい花嫁たちと凛々しい花婿たち、壮大な結婚式はしばらく語り草となった。
お読みくださりありがとうございました!
これを含めて20話できりが良くなりました。
みなさまに良いことが起こりますように!
……な、なんと。
い、いいい10,000ポイントに達していることを確認しました(Apr 9th, 2025)。
読んで評価していただきありがとうございます!