お嬢さまの想い人、レアの想い人
最終話です。
夏の手前、雨は途切れ晴れ間が続くようになってきた。
竜はリングロウ領とスターサル領の往復で忙しいが、活動区域つまり飛べる範囲が広がったことをみな喜んでいるようだった。領主たち家族も積極的にお互いの家を行き来している。
ラウはいつものようにレアをデートに連れ出すためにリングロウを訪ねた。
「ご存知の通り、アフロディータお嬢さまがローレンディさまにリングロウ領地をご案内してます。泊まりがけです」
もちろん、彼らは保護者つきで未成年の貴人らしく品格のあるお付き合いをしている。
「ああ。うちの団員のピエールとパートナーのガルドリがお連れしている」
「でもって私はお休みをいただいたんですよ。お嬢さまがいない間。明日も予定はないんです」
「そうか、ゆっくりできるな」
これまでラウは夜にかかるまで連れ回すことはせずにいたので、今回も陽が沈む前に帰してくれようとしていた。それをレアは裏切った。
「はい。ですので、ラウさんと……夜遅くまで一緒にいていいですか?」
惚れた女に求められて、断る馬鹿ではない。好き合う大人の男女の大人な恋愛関係を咎める者がいたのなら、ラウに駆除されているだろう。
「遅くと言わず翌朝でもいいだろう。
俺の家に来るか。と、言ってほしいんだな?」
にやり、と悪巧み顔のラウも素敵だな、とレアはキスを受け止めた。
「なら決心が鈍らないうちに泊まりの用意を済ませてくれ」
もともと荷造りは軽く済ませていたので、出発まで早かった。
ラウの私邸は一人暮らしには大きいが、竜騎士団長という肩書きにしては小ぢんまりとしていた。その代わり庭がだだっ広い。イアルイドを置くためだと言う。使用人の姿もない。
「たいそうな家をもらっても一人では掃除も管理も行き届かないからな」
ひと家族が住めるくらいの部屋数もあるが、半分はがらんどうだった。
「気を遣う相手もいない。だからレアも好き勝手に過ごしてくれ」
ふたりで台所に並び、夕ご飯を作って食べた。
寝巻き姿のレアをラウはベッドの上で膝に座らせた。
「ほんとに、大丈夫ですか? 私相手で」
最後のさいごになっても、懸念は消えない。彼の想いを試すわけではないけれども、ラウが竜騎士として生きられなくなるとしたら。その原因がレアになるとしたら自分を許せなくなりそうだ。
「レアと夫婦として結ばれるのなら、イアルイドと生き別れになっても後悔はない」
「……わかりました」
「逃げてもいい。ただしレアが逃げるのならどこまでも追いかけるからその覚悟でいてくれ」
それは逃げていいとは言ってないのでは。レアは笑った。
「逃げたりしません。ラウさんのそばにいます」
キスに酔う、ということがあるのだ。そこまで酒を嗜むこともないけれど、酒酔いよりよっぽど気持ちがいい。二日酔いよりも酷く後を引くけれど。
「大好きです」
とは、ちゃんとラウに聞こえていただろうか。
「……愛してる」
ずっとあたためていた言葉を、お返しにレアへ囁いた。
ーーーー…………。
「レア、おはよう」
ずっと寝顔を眺めていたのか、ラウはたて肘に頭を乗せていた。目の開ききらないレアの額に唇を落とす。
「おはよう、ございます……あ」
意識のはっきりしたレアの頭に浮かぶのはひとつだけ。いや、一頭だけ。
「イアルイドさんは、まだいますか?」
「……、気になるなら窓の外を見てくるといい」
ラウは意地でも愛する人を離すつもりがないようで、毛布にくるまりながら背後から小柄な肢体を抱きしめる。毛布の下は二人とも裸だ。
窓いっぱいにミッドナイト・ブルーの鱗が張り付いていた。大きな目がレアとラウを見ている。
「イアルイドさん!」
ぱあっとレアの顔に笑顔が広がった。竜が瞬いたのがウィンクに見える。この窓では小さすぎて片目しか覗けない。
「レアはほんとうは俺よりイアルイドのほうが好きなんじゃないか……」
口をへの字に曲げられれば、嫉妬してくれているのかとレアの胸の奥を熱くさせる。
「私はもう、ラウさんの『比翼』ですよ」
いつまでも愛しています、と振り向いてレアから口づけをすれば曲がった機嫌はまっすぐに直った。
ベッドに連れ戻されて、しばらくごろごろして過ごした堕落と快楽の時間。
昼頃になって持ってきた荷物を詰めていると、ラウに止められた。
「置いていけるものは置いておけばいい。そうすればいつでも泊まりに来れるだろう?」
声に出して返事ができずに、レアはこっくりと頷く。服は洗濯しなければならないから持って帰るが、次回泊まりに来たときには余分に詰めて来ようとこっそり考えた。
デート終わりにレアを送りながら、ラウはひとつ教えてくれた。
「極秘だぞ。
ローレンディさまがアフロディータさまに結婚を申し込む。だから俺たちも時期を合わせて式をあげればいいと思っているんだが、レアはどう思う?」
アフロディータが結婚するまで、レア自身は結婚しないつもりでいた。それをラウは理解してくれていたのだろう。
「それでいいんですか? ラウさんは」
「ここまできて待てないとは言わない。レアが好きなようにしてくれ。俺は残りの人生をきみだけと過ごすのに変わりはないから」
イアルイドが急にギィオ、と低く唸った。
「あ、いや、もちろんおまえとも一緒だぞ。俺たちの人生の一部だ」
その訂正に満足気に鳴く。きみたちは相思相愛だな、とラウは苦笑してレアにキスをした。
「ありがとうございます。アフロディータさまに合わせたいです」
主人たちの盛大な結婚式の裏でひっそりとラウと式を小さく済まそうとしていたレアだったが、そうはアフロディータが許さなかった。これについてはローレンディも援護射撃しかしなかったので、レアとラウはたじたじだった。
計画はアフロディータのほうが張り切っていて、いつの間にかウェディングドレスもさりげなくお揃いのデザインが散りばめられていた。気分的には、姉妹で同時に結婚するかのようだ。
それでたっぷり時間をかけて準備した合同結婚式が行われた。ローレンディとアフロディータは着実に愛を育んでいて、たまに痴話喧嘩をすると周囲にからかわれていた。
式の準備と称してアフロディータがレアを独り占めしている間、ラウはひたすら微笑んでいた。だから式から一年経たないうちにレアが元気な子を出産したのもご愛嬌。
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ちょっとした後日譚。
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領境で出会ってから三年、式も終えレアは大きなお腹を撫でていた。胎児はぐにょぐにょと腹の形が変わるほど蹴ってくる。脚技に強いのは、父親似かもしれない。
いまでもわからないことがあるんですが、とレアは前置きした。
「私のどこをお気に召したんですか?」
ラウに後ろから抱きかかえられ、一緒に腹を撫でる。
「はじめのローレンディさまへの接し方、俺とイアルイドに対する態度を見ていた。他の竜騎士やルティーシュ家の使用人に対しても親切だった。
とくにアフロディータさまと話している姿が、『いいな』と」
「お嬢さまといるときですか?」
真面目に仕事をしているだけだったので、何か良かったのかと困惑する。
「イアルイドにもそうだが。やわらかくて、あんなふうに好きな相手に愛情を注げる女性なんだなと思ったら俺もレアの愛情がほしくなった」
「そうでしたか?」
「けどレアは名前も教えてくれようともしないし、そのうち避けようとすらするし」
よほど当時はショックだったようで、ラウは長いため息を吐いた。
ラウとしては、そりゃ乱暴に竜に誘拐されれば竜のこともパートナーの騎士もまとめて嫌われても当然だとは思ったが、レアは誘拐を気にした様子はなかった。
なのにラウを嫌うまではいかなくても、近づこうとはしない。やきもきした。
「それは、お嬢さまが……。いえ、それについてはすみません」
「俺のことを好きなのだと思い込んでいたんだろう? ちゃんとローレンディさまとアフロディータさまを見ていたらわかったことなのに」
わからなくなるほどには、盲目だった。
「あとは、そうだな。きみの仕事終わりの乱れた髪が好きだ」
あちこち跳ねて飛び出た髪をそう言ってくれる男性はいないと思う。丁寧に整えた髪を褒める男性は多いだろうけれど。
「真面目な性格が好きだ。頑固だが実は押しに弱いところもかわいい」
「押しに弱いのは、ラウさん相手のときだけですよ」
ラウの唇が尖った。
「そうでなければ困る」
「私もかっこいいだけじゃないラウさんが好きです」
「例えば?」
ちょっと言ってもいいものか迷ってから、正直に口にした。
「……諦めの悪いところ、とか」
「悪口じゃないか? ほんとにかっこ悪いな俺」
「ラウさんが諦めなかったので、いま私はこうしています」
ぽんぽん、と腹の上に乗る骨ばった手を叩く。
「辛抱強く待っていてくれなかったら、私は自分から好きだと言えなかったと思うので」
「それはほんとうに、待った甲斐があった……」
抱きしめる腕に力が入ったので、キスが待ち受けている、とレアは少し体を後ろにひねった。
The Period.
(ほんとにお終い!)
Feb 19th/25th/27th, Mar 4th, 2023
全話通して誤字指摘ありがとうございました!
補足とお礼。
代々ルティーシュ家直系の血を受け継ぐ者は竜に変身できます。太古の昔では竜の総大将を務めていましたが、人間の血の方が濃くなって今では意思疎通ができるくらいです。竜のときの体格もかなり小さくなっています。
レアの家族ですが、レアも幼い頃から頑なだったので、構われると「放っておいて(愛してないくせに)!」と言って拒絶してしまう子だったため、見守るしかなかったという。こっそりアルデコチェア家から「レアは頑張って働いてくれてますよ〜」と定期連絡いってます。
出産して落ち着いたらラウと子ども連れて実家に報告くらいは行ってくれるはずです。
時間をかけて人/アフロディータを愛することで自分が愛されることを受け入れられるようになってようやく、恋ができました。
ということで、最後までお話にお付き合いいただき、ありがとうございました。
サブタイトル考えるの楽しかったです!
レア視点の「お嬢さま」から始まるシリーズでまとめてみました。
ちょっと軽めでほのぼのしたお話を書きたかったのに、やっぱりシリアス気味に……。あれ……?
3万字を目標にしていたために、これ以上は長くなりすぎる!といろいろ端折った部分もありますし、私の表現力の限界で描き切れない魅力もあったと思いますが、書きたいことは書きました。
それではまたお会いできますように。
Feb 25th, 2023
総合PV 130,000を超えてまして、ヒッ……!となりました……。評価ポイントもどうやら2,000を超えてまして、初めての領域です。
みなさま、ご興味を持ってくださり、読んでくださり、また評価してくださりありがとうございます。
Mar 16th, 2023
総合PV 500,000超え、評価ポイント 9,000超え。
なんとブックマーク数が!!1,000件に届きました!!
「わぁぁぁぁ?!?!?!」と心の中でサイレント・スクリームを上げました…。
ひょえぇぇありがとうございます……!!
自分が楽しく書いたものをみなさんにも楽しく読んでいただけたこと、とってもとっても嬉しいです。
初めてづくしすぎてなにがなんだか。
ちなみに日間ランキングでの最終順位は16位でした。
Aug 7th, 2023
第一回SQEX大賞に応募しておりましたが、一次選考通過し、やはりというか最終選考は落ちました。
受賞なさった先生方おめでとうございます!
一次選考に残っただけでほんとビビり倒してました。
こんなことってあるんだなーと。
4,000作品以上の応募の中で第一次選考通過した86作品の一つに残れたことが信じられなかったです。日本語も下手でものを知らない私の書くお話でも、人様の読める形になっているのかもしれないと自信になりました。
一歩の勇気って大事ですよね! 応募して良かったです!
読んでくださって心から感謝いたします。
評価ポイントもまだ1,000を超える作品のほうが珍しいので、こつこつ力をつけてみなさんに楽しんでいただけるお話を生み出していきたいです。
欠点の分、自分にも伸びしろたくさんあると信じて。
これからもよろしくお願いします。
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