お嬢さま……ではなく、レアと竜騎士さまのデート
領主の子息令嬢誘拐事件は一晩のうちに収束した。
裸足で岩肌を歩かされたためにレアだけはすり傷を負ったが、怪我という怪我もなく戻ることができた。アフロディータも似たようなもので、ルティーシュ家の客室で彼女たちは抱き合って喜んだ。
裏切りのメリアデグや山賊の首領はじめ誘拐関係者はすべからく二度と日の目を見られない場所に投獄された。
利用されていた竜のゾイヴィットは毒を中和されて、賢く鋭利な目つきになったとのこと。試験的に設けられたリングロウの幼竜養育の平原で飼育されており、経過観察で異常がなければ自然に帰す予定なのだが、どうにも居心地がよいらしく離れたがらない。ローレンディも説得していたが、ゾイヴィットが子竜たちの面倒をよく見ていることから保育係として受け入れられつつある。
この平原は守りの地ガルドと名付けられた。
季節は春となり、ラウは休日に私服でやってきた。よそ見もせずレアの居場所を探し当てる。
「デートしよう。どこに行きたい?」
こちらの都合は、とか諦めないのか、とか訊きたくはあったが、一度求婚を断った手前レアからは誘いづらいのでなんだかんだ誘いに乗ってしまう。
だって、好きは好きなのだ。その先に進んではいけないと思うのに。押されれば断れない意志の弱さが恨めしい。
それにデートの誘いは今日に始まったことではなく、ラウは彼女の休みの度にやってくるのだ。
順調に仲を深めている。深めてしまっている。
「では、ガルドの地へ行きたいです」
嬉しそうに手を取られると、勝手に頬が赤くなる。こんなの、ラウが好きだと公言しているようなものだ。
命の恩人の喜ぶことはしてあげなければ、と誰へともなく言い訳をしてイアルイドに乗せてもらう。
「レアは竜が好きなんだな」
「かっこよくて、きれいで、誇り高く優しいですから、好きですよ」
ラウが想像している以上に、きっとレアは竜に傾倒している。イアルイドの鱗を撫でるレアを、ラウは優しく抱き寄せた。ふたりして竜に寄りかかる。
「イアルイドもレアをとても気に入っている。だから、俺との関係をなにも不安に思うことはない」
祭りの後で誘拐された夜、迎えに来てくれたイアルイドとラウは、本来ならローレンディとアフロディータを探しに出ていた。職務としての義務を曲げてまでレアひとりのために助けに来たのは、イアルイドの意思もあったという。だから、竜はレアのことは認めているのだろう。それもとっくの昔に。というかはじめから。でなければ、レアを度々拐ってラウのところまで連れてくるわけがない。大事なパートナーとの間に立たせるわけがない、とやっと気づいた。
「それはなんとなく、わかってきました」
ラウの両腕はレアを抱きしめるために使われている。彼の片目にかかる髪を指先でどかし、耳にかけてやった。青い瞳は、温もりの大地色をした瞳を一心に見つめている。陽の光の下でいっそう明るくなって輝く。幾度空へ飛び立とうとも、必ず帰ってくる場所の色を持つレア。
どこへ行っても、ラウはレアのいるところへ戻ってくる。
求婚を断ってからはしょっちゅうお出かけに誘いつつも、返事を強要したり気持ちを押し付けてきたりはしなかった。
そこはレアから踏み込むべきなのだろう。
「好きですよ、ラウさん」
期待していなかった告白に意表を突かれた。ラウがゆるゆると眉尻を下げる。
ああ、この人は本気で私のことが好きなんだ。
照れて、嬉しさに歓喜して。
それが十分伝わる眼差しだった。
「……好きだ、レア」
初めてのキスは控えめに一瞬で終わった。でもその感触は強烈で、数日は消えそうにない。
胸の奥が熱くて、指先まであたたかくなった。
幸せそうなラウの笑顔でレアは浮かれていた。きゅうと胸の奥が苦しくなる。この人の幸せを自分が作っているのだと思うと、もぞもぞ身を捩りたくなるし、ぎゅっと抱きつきたくなるし、ところ構わず好きだと叫んでしまいそうだった。
次回最終話です。
補足。
【Garde】ガルド
守り、守衛
Feb 18th, 2023
誤字指摘ありがとうございました。




