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14/20

お嬢さまとレアの祭りの後の夜

 今代から始まった新しい祭典は集客し街は賑わって終わった。


 遅くまで楽しみたいと両親にお願いしたアフロディータは少しだけ夜更かしをし、街の宿に一泊してから帰宅することを許された。両親は家に乳母とともに残してきた幼い弟のために帰った。


 スターサル側では竜での移動ができるので、日帰りする予定だから付き合えないとローレンディは嘆いていた。アフロディータより年少で未成年のため門限を設けられている。


「これから毎年行われるお祭りなのだから、数年もすれば遅くまで遊べるようになるわ。今年よりも来年のほうが、来年よりもその後の年のほうがきっと豪華よ」


「ええ、また来年楽しみましょう!」


 そう次回の約束をとりつける少年少女の後ろにレアは立っていた。向かいにいるラウは澄まし顔。


 なんだかずっと彼に温められていた体の側面が寒い、なんてことは気のせいだと自分に言い聞かせた。



「念の為、明日の朝までメリアデグを警備に就かせます」


 任せたぞ、と先輩騎士団員たちが新人騎士の肩を叩くと彼は敬礼した。常緑樹の色をした中型の竜のパートナーだった。


 深夜近くになって、同室で過ごすアフロディータとレアはそれぞれのベッドでようやく寝付けた。


 しかし窓から吹く風の音でレアは目を覚ました。窓は閉めて鍵も施錠したと思ったが。隙間風だろうか、と身を起こすと、口に何かを放り込まれる。もそもそとした布だ、と判別する前に吐き出さぬように口を縛られた。後ろ手に縄を巻かれて、その手早さに抵抗もできない。完全に覚醒しているときでも、これにはきっと反応できなかっただろう。犯行者は複数で、明らかに手慣れていた。


 頭にあるのはすぐそこにいるはずのアフロディータの安否。


「〜〜〜〜!!」


 必死に口を動かすも、もごもごとした音にもならない。

 暗闇に目が慣れると、覆面の男たちが少なくとも五人はいた。小柄なのは、お嬢さまだ。レアと同じく猿ぐつわを噛まされている。侵入者たちは手信号で会話を済ませ、窓から下ろした縄梯子で一人ひとり部屋から出ていった。


 お嬢さまを助けなければ。


 レアは男に俵持ちされ、渾身の力で膝蹴りを入れてもがいたが、効いた様子はない。

 体に衝撃を感じて、何が起こったのかわからないうちにくたりと目を閉じた。


 祭りが終わって舞台も屋台も撤収し終わった夜中の出来事だった。竜たちも帰巣して警備の薄くなった隙をついた犯罪。

 ひとり、スターサルの竜騎士が見張りとしていたはずだが、経験が足りないせいか多勢に無勢かで押し負けたのだろう。






 目が覚めると体は横になっていた。ゴツゴツした剥き出しの岩に、敷物もなく転がされている。腕と足は縛られていて動かない。頭を上げるとはらりと髪が落ちた。寝るために軽くまとめていたのだが、暴れるうちに解けた。


 口の拘束具が取り払われている。息を吸い込むと、泥臭くて酸っぱい臭いが入ってきた。げほりと()せる。レアの目覚めに気づいた男が見下ろしたままニヤリと口を嫌な形に歪めた。


 どれだけ叫んでも騒いでも平気な場所だ、ということだ。かがり火が遠くに見える。この空間は全面が岩で、空気はひんやりしている。広いため、大きな竜を隠すにはちょうどよい洞窟、つまりは山の上だろう。男たちは山賊くずれなのかもしれない。

 

「お嬢さま!」


 遠慮なく大声を出す。縄付きの不自由な体でぐるりと見渡すも、可憐な少女の姿はない。

 だんだんと焦りが募っていく。


「起きて第一声に主人を呼ぶたぁ、見上げた従者根性だねぇ」


「お嬢さまはどこ?!」


「ここじゃねぇ、とだけ言っておくぜ」


 全員が覆面をしており、区別がつきにくい。いまのも誰の声だったのだか。


「あなたたちはなんなの」


「“ The(ザ・) Ravagers(ラヴァジャーズ)” と名乗っておこう」


 略奪者(ザ・ラヴァジャーズ)ーー。


「お嬢さまに乱暴はーー」


「人質なんだからちゃんと丁重に扱うって。それよりもあんただよ。どうするかねぇ」


 思ったよりちゃんと会話に取り合ってくれていることで頭は元の働きを取り戻してきた。

 アフロディータは無事。しかしここには、レアのそばにはいない。


「竜じゃなくて人間拐うのは初めてなんでね、せいぜい大人しくしといてくれ。竜に使ってる(ヤク)が人間に効くかどうかあんたで試すことになるぜ」


 これらがアフロディータとレアが子竜のローと最初に出会ったときの仲間なのか、まったく別の勢力なのか。とにかく狙われているのは竜だ。そしておそらくは金品と交換のお嬢さま。


 あまつさえお嬢さまと引き離され、レアの救助は絶望的だった。


 扈従(こじゅう)ごときに誘拐事件解決のために人員を割くわけがない。見捨てた方が早いから。アフロディータが見つかってから彼女が懇願してレアの捜索が始まったとしても、時すでに遅し。きっと足がつかないようにこいつらはレアの処分を終えている。


 レアが目に恐怖を浮かべる。予想通りの初心な反応に男たちは嘲った。


「かわいいからってお前ら変な気を起こすなよ。人質は無事だからこそ価値があるんだ。まだ使い道はある」


 良識があるのかないのか、頭領は周囲を制した。


「やるんなら竜騎士団長の目の前でやれ」


 やはりこいつらに正義などない、とレアは身を固くする。


「売るには(とう)が立ちすぎてるしな」


 下品な声が上がる。


「初モノ好きな金持ちに売るのであればちょうどいいんじゃねぇか。()れてもねぇし」


「祭りの時にゃ地味すぎて値がつくかどうかと思ったが、髪を下ろすとまた違うねぇ」


 ククク、と笑いが伝染していく。何人が、何十人が加担しているのだか。熱気が立ち込めている。なのにレアはぞわぞわと寒気しか感じられなかった。

 いまだ命があることに感謝すべきなのか、命があるせいで訪れるであろうこれからに絶望すればいいのか、どちらだろう。


 男たちのうち一人が人質の前にしゃがみ込んだ。

 覆面を前面だけめくり、レアにだけその下が見えるようにした。寒さと恐怖で締まった喉からは掠れた声が出る。


「あなた……」


 昼間に会った。宿の警備を頼まれた新人竜騎士メリアデグ。

 人差し指を立てて黙らせる。


「まぁ静かにしといたほうがいいっすよ」


 それだけ小声で告げ、後ろを振り返って座り込んだ。

 野盗の服装は彼の騎士服より雰囲気に馴染んでいるのがなんだかおかしい。思わず気が抜けてしまう。


「ふっ……」


 潜入していたのか。しかしこの集団を相手に戦いの術を知る彼一人でだって逃げ出すことは不可能だ。

 竜騎士の仲間達と連絡を取る手段があるといい、と願うことしかできなかった。


Feb 21st, 2023

誤字指摘ありがとうございます!

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