お嬢さまとお坊ちゃんの双肩の結盟のお祭り
秋になり穀物や果物の収穫も落ち着いた冬の手前。二つの領地、スターサルとリングロウの交友を記念して祭りを執り行うことになった。
子竜とアフロディータの実際の出会いは平原だが、境の森は南に行くにつれ尻すぼみ、一つの街へ終着する。開催地はそのスコルシュワロウの街が選ばれた。
その街は古くから残っており、元よりスターサル領民とリングロウ領民が混在する場でもあった。税関係や土地の所有など分割管理は複雑ではあるが、どちらにも属しどちらでもない、という特殊な環境であり続け、両方の代々の領主とも付かず離れず、曖昧なまま現在まできてしまった。
それが今回好転したのである。両地を繋ぐ重要な中間地としてこれから発展すべく注目されている。
「それでは、スターサル領とリングロウ領の更なる興隆を願います。結盟の宴をみなさまでどうぞ盛り上げてください」
きっかけとなった子竜のローとアフロディータは舞台に上がり挨拶をして、お祭りの開会宣言をした。
舞台袖に引っ込んだアフロディータはローレンディを探した。彼の父母がこの場にいるのに、息子がいないのは考えられない。
「あの、ローレンディさまはいらっしゃらないのですか?」
おばさまとも慕う夫人に、アフロディータは尋ねた。夫人は申し訳なさそうに困り眉をして弁解する。
「あの子なら日課の剣術が外せなくて遅れるの。ごめんなさいね。もうすぐこちらに着くはずだから、アフロディータさんを迎えに行かせるわ。そうしたらお祭りを一緒に回ってくださるかしら?」
「ええ、もちろん。ありがとうございます」
運営側のテントの下でお嬢さまとレアがくつろいでいるとローレンディがラウを連れて迎えに来た。
素知らぬふりをしているが、レアは求婚を断ったので大変気まずい。ローレンディもアフロディータも大人ふたりの間に何があったか知らないはずだ。そしてラウは何事もなかったかのように微笑むし、奇妙に感じているのはレアだけだった。できるだけ気配を消しておく。
「お待たせしてすみません」
「いえ、こんな日まで剣の訓練だなんて驚いたわ」
待たせたことへの嫌味ではない。ローレンディはアフロディータの笑顔にほっとした。
「毎日剣を振るわないと上達せんぞ、とは師匠の言でして。怪我もしくは体調不良以外の理由は却下されます」
師匠は引退した竜騎士の元団長で、体力と暇が有り余っているので容赦なく付き合わされるのだとか。
「厳しい方なのね」
「はい。おかげで上達はしてますが。
では行きましょう」
差し出された少年の腕に少女は手を置いた。
歩き出した彼らの後ろに着くと、当然のように横に並んだ青年がいた。ちらりと見るとばちりと音がしそうなくらいしっかり目が合ってしまい、全力で逸らした。斜め前に進みつつ距離を取る。
その拒絶を無視するように、一気に近づいたラウはレアの腰を抱いて引き寄せる。レアは急なことによろめいたが、皮肉にもラウのおかげで持ち直した。ガッチリした体幹に助けられて、しまった。
「な、なに、を」
「その反応は、まだ俺も期待をしてていいってことかな」
朱の走った頬を隠す暇はなかった。ラウの瞳が嬉しげに輝く。
「冗談抜きで言うと、きみがガラの悪そうな男に自ら突っ込んでいきそうになってたから焦った」
ラウはレア越しに舌打ちを耳にしていた。あちらは故意にぶつかるつもりだったのだろう。
振り返ると、人相も服装もよろしくない恰幅だけがよい男がいた。次の標的を探すようにしている。
「それは、すみません……。見てませんでした」
「だろうな。警邏の者を置いているが、周囲に気を配るに越したことはない」
はい、と従順にした。
「気をつけるので、離してください」
腰に置かれた手に力が込められた。
「きみが冷静になるまではこのままで」
「こうされてるほうが冷静になれないんですけど?!」
「なぜ?」
「なぜって……。私、あなたの申し出を、その。断りましたよね?」
ラウからの、彼の一生で唯一の存在になってくれというプロポーズをレアは却下した。
「竜騎士の凶事を知っていることに『そうか』と確認はしたが、あれの返答について『わかった』と受け入れたつもりはないな」
大した詭弁だった。ラウは求婚の断りを了承していないと言う。
「ラウさんは、竜騎士であり続けたいんでしょう?」
「ああ。だから俺たちはよくある例と違う、とじっくりわかってもらえればいいと思っている」
時間をかければ理解を得られるのだという、その自信は一体どこから湧いてくる。
最悪、体を許さなければいいのだ。いくらラウに求められようとレアが拒否し続ければ。ラウもレアのことが好きで大事なのなら無理矢理襲うようなことはしない、と信じたい。
焦らされるほうが燃える、という彼の特性をよく知っていたのならレアも苦労はせずに済んだのに。
結局、腕の中から解放してもらえたのは別れ際だった。祭りを楽しむのに熱中していた主人たちはラウとレアの親密度に最後の最後まで気付いていなかった。のか、見て見ぬふりをしてくれていたのか。




