お嬢さま……、ではなくレアの決断
竜騎士たちとは領地内の見廻りの際にかち合う。今回イアルイドとラウは別なひと組を連れてきた。
新入りの竜騎士メリアデグとパートナー竜のゾイヴィットだと紹介される。竜の鱗は深い緑で、どこかぽかんと和ませる顔をしていた。
アフロディータはラウ、イアルイドとともに少し離れて話している。レアとメリアデグはそよそよ揺れる木の影で涼んでいた。
「レアさんは、団長の竜に二度も拐われたんすよね」
「ええ。団長さまには申し訳ないことをしました」
「どういうことすか? レアさんは被害者すよ」
「私のような者のせいで、スターサルは賠償を払うような形になりましたから。リングロウには益ですけれども」
「ならいいんじゃないすか? オレは団長が怪我や結婚以外で竜騎士辞めさせられなくて嬉しいす」
「そんな、竜に選ばれた稀少なお方です、ありえません。
でも、結婚は関係ありますか?」
厳密に言えば、イアルイドに誘拐の意思はなくレアを遊びに連れ出しただけ。それで罪に問われることはない。
「引退が先か結婚が先かって、竜騎士には死活問題っすからね。団長は結婚しない限りは大丈夫でしょうけど」
「結婚……しないほうがいいのですか?」
メリアデグの話し方では、そう聞こえる。レアは竜騎士の結婚と栄職引退の結びつきがわからずに問いかけた。
「団長にはぜってぇ結婚してほしくないす」
「またそれはどうして……? いまだって結婚していてもよいご年齢でしょう」
「竜騎士にとって、人間相手の結婚は賭けみたいなもんなんすよ。竜を納得させらんなきゃ、竜に乗る資格を失っちまう」
「竜に決められてしまうんですか? 結婚相手を」
「あいつらが誰かを候補として連れてくるわけじゃないすよ」
竜も竜騎士もそれぞれ結婚したり伴侶を持つことは許されているが、竜騎士の配偶者となるには門が狭まる。竜の結婚相手がいかようであっても、人間は受け入れる傾向にあるが、竜側の考えはそうもいかない。パートナーの竜が相応しいと選定した人間でなければ、竜騎士は結婚できない。
いや、結婚自体は人間の意志により法に則って可能である。ところが騎士が結婚を決めた前後に、パートナーの竜に逃げられてしまう事件が何度もあってこの事実が発覚した。パートナー竜の匂いが強くついた竜騎士はそれ以外の竜に乗せてはもらえない。というわけで結婚と同時に強制的に名誉の竜騎士引退を余儀なくされることはままある。
「恋人のままでいればよいのでは……?」
貴族でも平民でも内縁の妻、夫というものはあるものだ。竜騎士になるのは貴族でも平民でも関係ない。平民であれば尚更、結婚という契約に縛られる必要性も薄い。
「手を繋いだりキス程度で我慢できねぇすよ、男は特に」
レアはぐっと眉根を寄せた。
つまり軽い触れ合いは許容するが、どういうことか体の関係を持ったかどうか、竜のほうでも察するらしい。情を交わす多くが結婚前後、だからわかりやすい結婚が竜とのわかれ目と言われる。実際は結婚関係なく竜と離ればなれになる者もいそうだが、竜騎士たちは竜への深い愛情を育てる傾向もあるために、恋愛には慎重派が占める。
中には竜に嫉妬した人間の恋人が竜の機嫌を優先する竜騎士に我慢できず別れた例もあった。そうして簡単には靡かない相手、という面も竜騎士の一部人気を高める原因となってしまっている。
竜に乗れるだけの器を備えると称賛もされるが、竜に乗るしか能がない、と評される騎士もいた。現役なのにパートナーの竜に逃げられたとあっては竜騎士としては最大級の恥だし、それまで培った矜持もあるので次の職探しにも苦労する。
「メリアデグ、先に戻っていてくれるか」
「はいっす」
彼はひとりゾイヴィットに騎乗して帰っていった。そこに残されたのはラウとレア。アフロディータはイアルイドと戯れている。
「レア、聞いてほしいことがある」
並々ならぬ気迫に、レアは飲み込まれた。彼の瞳と同じ色が空いっぱいに広がっていて、のしかかってきている錯覚にも陥る。顔に熱が集まっていく。
「きみが好きだ。いずれは結婚して、俺と比翼になってほしい」
竜騎士が「比翼」という言葉を持ち出すのは、竜になぞらえて夫婦として愛情のいつまでも変わらないことへの誓いを示す。
温かな大地の色をしたレア。翼を休める癒しの地。ラウはそれを彼女に見出していた。
昨日までのレアだったならば、悩んではみせても、プロポーズを受けたかもしれない。しかし男女として深く関わればイアルイドがラウの元を去ると知ってしまった後だ。自分がとれる選択肢はひとつ。
「お、断りします」
声は自分で思ったより上擦ってしまった。心臓がかつてない痛みを訴えている。
「私は竜騎士としてのあなたを尊敬しております」
竜騎士という生涯の名誉を傷つけてまで得るような価値は、レアは持ち合わせない。
竜に逃げられるという恥を彼にかかせたくなかった。
「イアルイドさんからあなたを引き離すことは、できません」
ラウは一度目を右上に向けて、顔をしかめた。
「……もしかして、竜騎士の忌みごとを聞いたか?」
目も合わせられずに頷く。
「そうか」
「なので、ごめんなさい」
一礼して、走り去った。アフロディータには気取られぬよう普段通りに振る舞い、帰りましょうと誘う。そろそろ戻らねば夕飯に遅れる。
ラウも深追いすることもなかった。それで決着がついたのだと思った。
Feb 21st, 2023
誤字指摘ありがとうございます!




