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お嬢さまとレアの遠乗り

こちらまでいらしてくださりありがとうございます。

完結までの間に予告なく暴力・流血、性的描写が出てきます。


 お決まりの散歩コースの折り返し地点で、賢い馬は操るまでもなくヒヒンと鳴いて足を止めた。いつも通りここで休憩をとるために、ふたりは馬を降りた。


 深い森を隔てて、リングロウ領とスターサル領は隣り合っている。

 侍女のレアは主人であるアフロディータに付き従い、その境目近くまで馬に揺られ遠乗りに来ていた。太陽は高く、お嬢さまのプラチナ・ブロンドを輝かせる。


 ぎゅるぎゅる、と家畜とは違う鳴き声に辺りを見渡す。まれに放牧の群れからはぐれた牛や羊がぽつりといることはこれまでもあった。しかし見つかったのは家畜にはなりえない生き物だった。


「お嬢さま、そちらでお待ちください」


 レアは主人を置いて、それに近づいた。

 足を伸ばしてもレアの腰に届かない程度の体長で、硬い鱗に覆われ楕円の形をした目を持っている。竜だ。手足とは別に翼を背中に生やしていたが、片羽は傾き左右の高さが違う。


「レア、その子は怪我をしているの?」


「そのようです」


「わたくしもそちらに行ってもいいかしら?」


 幼い竜に攻撃の意思はないことを認めると、レアは彼女を手招いた。


「怖がらせないように、ゆっくりおいでください」


 鱗も紫がかってきらきらとしていたが、その中に銀の光があって、首に下げたペンダントに気づいた。


「この紋章、スターサル領のルティーシュ家のものだわ。あなた、お隣の領から迷い込んでしまったの?」


 ぎゅ、と短く喉を鳴らしてふらりと足を曲げて座り込んだ。

 それで説明はついた。隣の領は竜騎士を有しまた輩出することで名を広めている。竜を御することは大変に難しいが、スターサルでは数多く成功している。保護者のいない子竜は珍しい。なので彼の地で育てられている子竜が何かの手違いでここまでやってきてしまったのだろう。


「あなたの怪我を治すわ。いい?」


 アフロディータは魔法の心得があり、治癒から攻撃まで一通り習っていた。

 子竜はまぶたを閉じて治療を受ける。終わるとぎこちなく翼を動かして、くるりとその場で回転してみせた。


「もう痛いところはない?」


 竜はぎゅる、と飛び跳ねた。


「アフロディータさま。屋敷に戻って、スターサルへ知らせを出しましょう」


「ええ、そうね。あなた、馬の上に座ってくれるかしら。念のためにまだ飛んじゃだめよ」


 ギォォォ、と遠吠えが響いた。発生源は頭上だった。


 ぎゅる、と近くで幼い竜が呼応する。

 子竜を抱きかかえたところで急に空が翳ったーー次には強い風が巻き上がる。風圧にすがめた目で探すとアフロディータは馬にかばわれ無事だった。子竜はアフロディータにしがみついているようにも、小さい体で彼女を風から守ろうとしているようにも見えた。


 あの生き物は義理堅い、のだろうか。


 陽の光が戻れば、平原に降り立つ成竜が見える。

 遠くに見えてなお、その巨体は荘厳な雰囲気があった。アフロディータとレアが手を繋いで回してもきっと周りきらない首の太さ、体に至っては家にあるどんな家具よりも大きい、部屋そのものほどもある。


 人間がひとり、手綱を頼りにしてひらりとその背から飛び難なく着地する。その表情には焦りがあった。


 キッと一点に眼差しが集中すると、森を目掛けて長い脚で駆け抜ける。レアを通り過ぎたときには抜剣していた。

 木の葉の中から飛び出した三、四人で取り囲まれる。薄汚い服を着たあれは賊だろう。一人残らず手にきらめくものを握っている。


 あれらが子竜を害したのだ、と悟ったレアは慌てて周囲を見渡し、他に奴らの仲間が居ないとなるとアフロディータを馬に乗せようとした。


「お嬢さま、お逃げください!」


「いいえ、大丈夫よ」


 背を向けて馬の鞍と手綱の状態を確認しているうちに、男達の勝敗は決していた。

 紺色の竜が悠揚と歩いてくる。女達のスレスレを横切ったときに馬がよろけた拍子に押されてレアは尻餅をついた。

 巨竜は倒れる男たちを足で踏みしめ、上に向かって鳴いた。


 ギィィォオオ!




 剣を納めた男がずんずん進んでアフロディータの前に、というより子竜の前に跪く。衣服に赤い汚れはない。血は流さなかったようだ。落ち着いた黄土色の金髪(フラクセン・ブロンド)は短く整えてあり、深い青の瞳は子竜へ向けられている。


「ローさま、ご無事ですか」


 子竜はそれに答え、跳ねるように歩きながら騎士の横へ立ち並んだ。

 アフロディータもレアもそれぞれ別方向から、子竜と騎士を眺めていた。

 騎士が柔和に手を伸ばしてきて、それがレアを立ち上がらせるためのものだと理解するのに時間を要した。おそるおそる乗せた手はぐい、と引っ張られ、予想より高い位置にあった顔にお礼を告げる。


「あの、スターサル領の方でしょうか?」


 馬の胴体を間に挟み、アフロディータが自慢の白金の横髪を耳にかけながら尋ねる。ひとつにまとめていたが風で解けてしまった。青年は女性二人に頭を下げた。


「はい。俺はラウ・ケルドセン。スターサル領を管下とするルティーシュ家に仕える者です。子竜を保護してくださり感謝します。大事な方なのです」


 騎士の小さな主人が怯えもせずそばにいたということは、少女たちは安全な人間だったのだろうと察する。

 身分証明のため、青年は腰に下げた剣の鞘につけた飾りに、子竜の持つものと全く同じ紋章がついているのを見せた。

 レアがふわりと顔を綻ばせる。


「すぐにお迎えが来たようで安心しました。お怪我をしていましたので、こちらのアフロディータお嬢さまが治癒しましたけれど、お戻りになりましたらお医者さまに診てもらってください」


 竜騎士のきりりとしたものから柔らかい表情に変わるのを見て、アフロディータは頬を染めた。


「ありがとうございます。そちらはアルデコチェア家の方々とお見受けしますが」


「……はい。アフロディータ・アルデコチェアでございます」


 いつもやんちゃなお嬢さまの返事の仕方で、レアは愛する主人が恋に落ちたのがわかってしまった。なにせ全国民から尊敬を集める、乙女の憧れの竜騎士と生身の会話をしているのだ、無理もない。


 固有の鳴き声で会話しながら、数頭の竜が平原上空に到着した。ラウが手を上げれば、留まって遊回する。


「ここはリングロウ領地でしょうか」


 なにかしらの犯罪が行われたのはどちらの領かはっきりさせねば、どちらに審判権があるかで対応が変わる。森の途切れ目を境に土地を分けることになってはいるが、仕切りがあったり目に見える線が引かれているわけではない。一連の行為が越権に当たるだろうか、と青年は訊いた。


「彼らが犯行に及んだのはスターサル領地でしょう。もし賊を捕らえて連れ帰る必要があるのなら、どうぞそちらの裁量にお任せしますわ」


「ご配慮痛み入ります」


 ラウの手信号で、竜達が降りてきた。その一頭いっとうに騎士が着いている。制服を纏った人間達が紺色の竜の足元で、手際よく縄で狼藉者たちを縛っていく。


「お礼は後日改めて。俺は戻って捜索隊を止めなければなりません。失礼いたします」


 レアはお嬢さまの後ろに立って、一言かけるように助言した。


「ケルドセンさま、お気をつけて」


 竜騎士は竜の背の上から手を振った。



Feb 11th, 2023

誤字訂正しました。


Feb 20th, 2023

誤字指摘ありがとうございます!

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