会敵
戦艦はもとより魔導機関は一般的に無属性元素と燃素をエネルギー源としている。
このうち無属性元素は大気中に魔素という形で偏在しており、基本的に『風・地・火・水・光・雷・闇・空』の八大属性(主属性とも言う。付属属性に『雷』『氷』『金』などもあり)が混然一体となった形で世界中の空間に充満しており、これを濾過して純粋な無属性元素とすることで安全に取り扱うことができる。
ある意味エネルギーは無尽蔵であるものの濾過装置の限界や、場所によって魔素の濃淡があること。そして何より魔導機関のブラックボックスである概念機巧が安定しない事があるため、魔素が化石化した化石燃料である燃素を補助動力に用いている……というのがSDWの基本設定であった。
ということで本拠地が消失――というか、我々が行方知れずになったのかも知れないが――したとしても、早急に燃料切れで立ち往生ということはないにしても、その他の補給ができないのは非常に苦しい状況である。
「……魔素は(この世界でも)存在しているんだな?」
ただの人間である俺には感知できないが、隣で方々に確認と指示を飛ばしているカレンに聞くと、
「あ、はい。普通に……というかかなり濃度の高い魔素が充満していますが?」
そう何気なく口にしてから微妙に腑に落ちない表情で、華奢なおとがいに小さな拳を当てて小考するのだった。
「……変ですね。《聖域》や放置された《自立迷宮》周辺ならともかく、このような砂漠地帯にこれだけ濃密な魔素が偏在しているということは異常です。普通ならあり得ません」
「普通ではない状況……異世界のさらに異世界ってことか」
思わずこぼれたこの言葉に、いち早くカレンが反応する。
「なんですかそれは?」
「あ……いや、なんでもない。単なる思い付きだ」
慌てて否定するが、カレンの目付きが明らかに疑惑に染まっていた。
「なーーんか隠してませんか、司令? 先ほどから挙動が不審なのですけど……?」
「はっはっはっ、ナンノコトヤラ」
しらばっくれても猜疑に満ちた視線が付いてくる。
ついでにこの緊急事態に藁にも取りすがる気でいたのだろう。リリアンをはじめ艦橋に詰めていた五人の女騎士たちが振り返って、もの言いたげな眼差しを俺に向けるのだった。
う~~む、これは早い段階で俺の事情と推測を開陳したほうがいいかも知れないな。信じるか信じないかはともかく、最低限幹部クラスには……。
そう煩悶をしているところへ、突如として緊急を知らせる警報が鳴った。
「敵性対象がアラハバキの前方に発生! モニターに映します」
同時に正面モニターに巨大なメタリックの水滴型モンスターと、その気になれば重戦艦であるアラハバキを胴締めできそうな化け物ミミズが移った。
「第十階梯が四に、それを統率する第九階梯が一のようです」
即座にリリアンの千里眼による分析の結果を前にして、俺は思わず「はあっ!?」と間抜けな声を上げてしまった。
「第九って最下級の統率固体の天使だろう!? あの大きさからいって、どー見ても能天使(第六階梯)くらいあるんじゃないか?!」
「確かに内包しているエネルギー量は常識外れですが、特徴並びに魔力反応は間違いなく第十階梯のメタ・スライムと第九階梯のサンド・ワームに酷似しています」
普段の気弱な物腰とは打って変わって、妖精女騎士として自分の権能に絶対の自信を覗かせる彼女に対して、これ以上うだうだと疑問や文句を並べ立てても不毛だと理解した俺は現実を受け入れることにした。
それにしてもSDWならせいぜい人間サイズがいいところだったメタ・スライムと丸太サイズだったサンド・ワームが、またずいぶんと巨大化してものである。
こちらがミクロ化した可能性は――朽ち果てた遺跡のサイズからしてないな。
まあ天使程度なら捕食動物程度の知能しかないので小細工はなしに正面から攻撃してくるとは思うけれど、これまでのゲーム感覚でセオリーに従って行動するのはヤバいだろう。
「アラハバキ及び僚艦による対大型機偽神戦闘は可能か?」
「う~~ん、難しいですね。距離が近すぎて艦砲射撃の死角に入っていますし、大型といってもあくまで通常サイズに比較してなので、接近戦を挑むにも中途半端で逃げられる恐れが高いですねー」
砲術長である《竜種》白い髪に白い角と翼を持った清楚な乙女――白竜シャヴォンヌ(★★★★★)が肩をすくめて答えるのに合わせて、管制官である赤毛をツインテールにして中東の踊子風の衣装を着た美少女、《女妖霊種》のイフリータ(★★★★★)であるレイラが別なスクリーンを魔力で生成して表示した。
ちなみにアラハバキの艦橋に詰めているスタッフは、ゲームを始めた当初手に入れて、ビジュアルも含めてお気に入りとして当初使用していた古参である、何だかんだで第一線で戦える強さのインフレについていけなくなったとはいえ、思い入れもあるため目につく場所に配置している腹心と呼べる者たちばかりである。
「というか、すでに第一攻撃部隊が出撃しているので、下手な横槍は邪魔。下手をすれば味方撃ちになるわよ」
「――なっ……!?!」
あっさりと言い放たれたレイラの言葉と指さす方向をスクリーン越しに見て見ると、五人の見慣れた――俺の所持している妖精女騎士の中でも最強クラスの――面子が、アラハバキの最高速度に匹敵する健脚を発揮して、瞬く間に謎の大型機偽神を迎え撃つべく、恐れげもなく挑む姿が映っていた。