孤立
「どうぞ司令、カフェ・イン・ギアッチョです」
ほどなく戻ってきたカレンがグラスに入ったアイスコーヒーをサーブしてくれた。
「カフェ・イン・ギアッチョ?」
見た目は氷の入ったアイスコーヒー以外のナニモノでもないのだが、何かこだわりがあるらしい。
「氷でいっぱいのカップにエスプレッソを注いでアーモンドミルクを加えたものです。氷が溶けて薄まる前にお飲みください」
促されて一口飲んでみれば、芳醇なエスプレッソとアーモンドの香りが何とも香ばしい。
ただし熱いエスプレッソを氷に注ぐためか、飲み慣れた自販機や冷蔵庫に常備してあった日本のアイスコーヒーに比べると、やや温い感じもする。
「へーっ、なかなか乙なアイスコーヒーだな。つーか、イギリス出身の妖精だけにてっきりアイスティーでも出てくるかと思ったんだけど」
カフェ・イン・ギアッチョという語感からしてラテン系の飲み物かな? と思いながら何とはなしにそう口にすると、カレンが銀のトレーを持ったまま愉快そうにコロコロを笑った。
「おほほほっ、そんな馬鹿な。そもそも紅茶を冷やして飲むなど邪道もいいところです。ホット以外の紅茶などシルキーの名において認めません。ええ、認めませんとも!」
口調は朗らかだが目が笑っていなかった。どうやら虎の尾を踏んだらしいと気づいた俺は、食べ物の話題はヤベー……今後は間違っても迂闊に口にしないようにしよう。そう心に誓って無言でカップを口にする。
「そういえば、アイテム――備蓄ってどのくらい残ってるんだ?」
「? 本艦の燃料である無属性元素と燃素、戦闘に必要な物資であればほぼ満杯ですし、その他の兵力、アイテムであれば――」
訊かれたカレンは慣れた様子で、俺の目の前の空中に半透明なホログラフ――魔力で表示するアイテム・ウィンドウを展開させた。
【保有戦力】
・重戦艦アラハバキ(旗艦)
全長389m。
最高時速300㎞。
装甲:ヒヒイロカネ・アダマンタイト合金(同型の戦艦の主砲に耐えられる)。エーテル複合結界(魔法攻撃を逸らす、弾くが、零距離から攻撃されると突破される)。
武装:4連装50口径精霊砲×7基,3連装45口径魔力砲×5基,40口径連装高角砲(実体弾)×18基,対空精霊機銃多数,多連装ミサイル・ランチャー×6基,エーテルプラズマキャノン(妖精女騎士たちの精霊力や魔力を合わせて放つ必殺技。欠点は女騎士たちの能力に応じて威力が変わることと、発射にタメが必要なこと),船首衝角パイルバンカー(基本アラハバキの推力に応じるため、条件によって威力が変動する)。
◎本艦所属:妖精女騎士
★★★★★★女騎士×38名
★★★★★女騎士×64名
★★★★女騎士×79名
★★★女騎士×63名
「これに随行艦の戦艦バルバロッサ、巡洋戦艦ポルックス並びに巡洋艦カストール、駆逐艦アガルタ、駆逐艦カノープス、駆逐艦ウシュマル、修復母艦ナーサティヤ、支援母艦ダスラ及び女騎士572名が司令旗下の戦力ですね」
ついでのように所持ゴールドが26,073,665G、それとゲーム内アイテムや女騎士の装備、召喚石、強化アイテムなどがずらりと表示された。
「まあ当たり前と言えば当たり前だけど、女騎士の装備や備品ばかりだな」
MMORPGあたりなら食べ物も相当な数ドロップするのだが、そこはブラウザゲーム。そういった雑多なアイテムはスッパリ削り込んで、ひたすらイベントをクリアしても女騎士とガチャ、そして陸上艦に関する装備しか報酬として得られない仕様である。
「まあ、実際のところ機偽神相手にまともに戦えるのは妖精女騎士だけですからね」
「……俺はオマケか」
異世界転移にあたって何かチートか、少なくとも女騎士と互角に渡り合える程度の肉体スペックを得たかと思って、試しにクリアガラス性のグラスを握って力を込めてみたのだがビクともしない。
どう見ても明らかに運動不足なもとの俺の体力です。本当にありがとうございました。
「まあまあ。司令の能力はこの重戦艦アラハバキの戦闘力であり、この艦隊と女騎士たちを統べることこそが、何よりも得難い能力でありこれまでの数々の武功と実績なのですから、司令は自信を持って超然と構えていてください。そうでないと部下である女騎士たちの士気に関わりますので」
気落ちする俺の気持ちを慮って、そうフォローを入れてくれるカレン。ゲーム中でも言いそうな台詞ではあるが、こんな風にレスポンスよく受け答えするNPCがいるわけがない。やはりどー考えても生身の人間(妖精)だよなぁ……と、改めて思いつつ、
「あとゴールドの価値がいまいちわからないんだけど、これって多いのかな?」
ゲーム中では女騎士の強化に金がかかる……だけで、町での買い物イベントとかで実際に金銭のやり取りをした覚えがないので、この辺りもカレンに聞いてみた。
「一個人が使う分には天文学的な数字ですけれど、この規模の艦隊と816名の女騎士+愛らしい副官1名を過不足なく運用させるには、状況にも応じますが一年がいいところですね」
「あ~、やっぱそうか。どこの国でも軍隊なんて金食い虫だからなぁ」
思わずぼやいた俺の愚痴を聞いて、苦笑いを浮かべるカレン。
「仕方がありませんよ。機偽神の脅威はどの国も最重要課題ですから、そのためにどの国も対機偽神のために万全の体制とバックアップを取ってくれているのですから」
「国ねえ……」
この世界にゲーム内の国家がそのまま残っているのかな~~?
そう懸念した瞬間、まさに伝令管から急を知らせる報告が届いた。
「戦闘指揮所の運命の女神・ロゼッタから緊急連絡です! 先ほどから本国アルカディアをはじめ、周辺国とまったく連絡が取れなくなったとのことです!!」
途端、ざわつく艦橋を見渡しながら、俺は最悪の予感を予想してに天井を仰ぎ見た。
軍資金や資材の調達などが真っ先に頭に思い浮かんだのは、生来の貧乏性だからなのは間違いないところである。