転移
頭に浮かんだのをそのまま書いてみました(;^ω^)
ガクンッ――と突き上げるような衝撃に、完全に寝落ちしていた俺は慌てて椅子にしがみついた。
やべーやべー、帰ってきてゲームをプレイしたまま眠っちまったのか。いま何時だ?
寝起きでボケた頭でそう考えた時、
「大丈夫ですか、指令? 岩礁地帯があったようで思いのほか衝撃があったようで失礼いたしました」
隣から心配するような耳に心地よい――何処かで聴いたことのあるような――若い女性の声がかけられた。
「は? 指令?」
二十六歳独身貴族――もとい独身底辺社畜――で家賃七万五千円のアパート住まいの俺の部屋に若い女性が訪ねてきたことなどない。せいぜい押し売りか宗教の勧誘くらいなもんである。
あれ? じゃあ自宅で寝落ちたというのは勘違いで、会社のデスクで眠っちまったのか???
やっちまった!
と思った瞬間、眠気が一気に吹っ飛んで俺は背中を伸ばして、寝ていませんよアピールをしながらおっかなびっくり周囲を見回して――愕然とするのだった。
「……な!? なんだこりゃ……!?!」
視界を埋め尽くすのは男やもめの殺風景な六畳間でも、全社員百人程度の中小企業の営業所が入った雑居ビルの一室でもなく、メカニカルな……そのくせ妙に中世ヨーロッパ趣味満載の艦橋と、特殊偏光金属製の窓から覗く一面の砂、砂、岩、砂、灌木、砂、岩、雑草、砂、建物の残骸、砂、砂という、どこからどう見ても見覚えのない光景――
「――いや、見覚えあるな。ありまくりだろう!」
最初の衝撃が過ぎ去ったところで、若干冷静になった頭の中の記憶と眼前の光景が一致した。
「【Spiritual・Dame・Wars】――SDWじゃん!?」
思わずそう口を突いて出た叫び声に、
「本当に大丈夫ですか、指令?」
先ほどの声の主が割と深刻な表情で俺の顔を覗く。
「げっ……カレンッ!!??」
親の顔より画面越しに見慣れた愛らしい表情が曇る。
「『げ』ですか……指令。可愛い副官相手にそれはないと思うのですが……」
どこか給仕服を思わせるデザインの白を基調としたドレス姿をした、年齢は十代中頃~後半と見て取れる、どこからどう見ても美少女様である金髪の副官にして、SDWのゲーム内ナビゲーターであるカレンが肩を落として嘆息した。
と同時にこれまで無意識に雑音として排除していた周囲の音――機関の駆動音やホバリングと併用しているキャタピラの轟音・振動が一斉に襲い掛かってきて、反射的に立ち上がりかけた俺は腰が抜けて改めて椅子……自宅のパソコンチェアでも、職場の事務椅子でもない、見た目だけならどこぞの玉座のような、それでありながら体全体をスッキリと包み込むような抱擁感と安定感のあるそこに埋まった。
「――司令?」
さすがに洒落にならない不調だと考えたのか、真顔になったカレンが周囲を見回して指示を飛ばす。
「司令がご不調です。すぐに医務室へ運んで、大至急ヒーリングができる女騎士に声をかけて!」
その声に応えて、意外とこじんまりした艦橋に控えていた五人の少女たち――いずれも十代前半~後半程度の見た目――のうち、水色の髪をポニーテールにした少女が躊躇いがちに手を上げて立ち上がった。
「あの……私、中級ヒールですが使えますので……」
彼女の方を振り返ったカレンがホッと息を吐いた。強張っていた肩の力が抜ける。
「リリアン……動転して失念していました。頼みます」
「はいっ」
立ち上がった十五、六歳ほどに思える若干控え目な容姿をした(それでも十分すぎるほど)美少女が、水色をした(軍服+ファンタジー衣装=萌え萌え)ワンピースを翻して立ち上がると、意外なほど機敏な動きで座り込んだままの俺のところにやってきて、細い手を母親が子供の熱を測るように額に当て小さく呟いた。
「“水の治癒”」
同時にリリアンを中心に水の泡が沸き立つように透明なシャボン玉が浮かび上がり、俺の体を包み込む。
「――っっっ!!!」
刹那、体の芯から活力が充足され腑抜けていた腰はもとより、小指の先まで力があふれてきた。
なんだったら連日の残業で子泣き爺のように全身に張り付いていた倦怠感まで、スッキリ爽やかに抜け切れた感じである。
「いかがですか……司令様?」
まるで魔法のような――いや誇張ではなく魔法、精霊魔法か――の効果に呆然としていると、リリアンがおずおずと気遣わし気に効果を確認してきた。
「あ、ああ。ちょっと気分が悪かったんだけど、お陰ですっかり治った。助かったよ、リリアン。ありがとう」
作り笑顔を浮かべて礼を言うと、リリアンはホッとした様子で一礼をして元の配置へ戻っていく。
そんな彼女の後姿を眺めながら、コレがいよいよもって夢でも幻覚でもなく、神様の悪戯か流行の異世界転移なのか……いずれにせよ意味も理由も理屈も説明もなしに、少なくとも俺の認識上では連日やり込んでいたPCブラウザゲーム【Spiritual・Dame・Wars】の世界へ、現実の記憶と肉体を持ったまま入り込んでいる……という、信じがたい事実を受け入れざるを得ないのだった。
【Spiritual・Dame・Wars】
流行のPCブラウザゲームであり(スマホからでも操作は可能)、妖精女騎士と呼ばれる妖精の化身である(実際は妖精、妖怪、天使、堕天使、怪物何でもあり)美少女ばっかりの女騎士を駆使して、この世界を不滅の荒野に変えようとする謎の魔物・機偽神を倒すというゲームである。
ちなみに先ほど俺の治癒をしてくれたリリアンは《妖精種》にして、泉の妖精である。能力は治癒と千里眼で、普段はここ艦橋で索敵をしてもらっている。ちなみに本来は無料ガチャで輩出される『★★』のキャラなので、能力値は全体的に低いが、ゲームの二年目に導入された成長イベントを経て『★★★★』となってかなり強化されている。
とはいえ、やはり第一線で戦わせるのは力不足なため、普段は後方支援要員としてこの重戦艦アラハバキに詰めているのだった。
なおSDWは様々なマキナ相手に、こちらが選抜した五人一組のチームが一個中隊として戦う(五人全員負けたら敗北)肉弾戦・魔法戦が主だが、それとは別にブラウザゲームとは思えないほどやり込み要素があり、その中のひとつに敵生産工場を破壊する艦隊戦も存在し、そのために部品を集めて戦闘用陸上軍艦(水上を進むことも可能)を入手するイベントもあり、揚陸艦からコツコツと航洋艦、駆逐艦と時間と経験値、何より課金という名の努力を重ねて、ようやくたどり着いた重戦艦であった。
その艦長椅子に座ったまま、どうにか現状を把握したところで今更ながらドッと全身に汗が噴き出してきて、俺はかぶっていた装飾過多の帽子を外して手に取って団扇代わりに扇ぐ。
「汗が凄いですけど、艦内温度をもっと下げますか? それとも何か冷たい飲み物でもお持ちしましょうか?」
俺の一挙手一投足を注目していたカレンが気をもんで甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
ちなみにカレンは《家妖精種》のシルキーであり、主人と決めた相手のお世話をすることに喜びを感じる副官にピッタリな妖精だが、これで意外と強いので怒らせると怖い。
「あー……じゃあ、なんか冷たいものを頼む」
その言葉でずいぶんと喉が渇いているのを自覚したのでそう頼むと、
「わかりました。すぐにご用意いたします」
優雅にカーテシーをしたカレンが踵を返したのをぼんやりと見送ってから、ふと気になって俺はその背中に声をかけた。
「カ、カレン(さん)……俺の名前って覚えてる?」
怪訝な表情で振り返ったカレンが小首を傾げる。
「勿論です。ナルミ・カナメ司令」
『成海 要』それが俺の名前であり、カレンが遅滞なく答えたことに安堵しながら、続けて核心に迫る質問を放った。
「その……俺の他にいる『司令』について知っているかな?」
そうこの重戦艦アラハバキ及び艦橋に詰めているスタッフは、俺の記憶にある限り俺がガチャで当てて配置した女騎士で間違いない。
だがナビゲーターたるカレンはすべてのプレーヤー(司令)に就いて説明や狂言回しをするキャラクターなのである。となるとこの艦内で唯一俺以外に“外部”の記憶を持っている可能性がある。
そう踏んでの質問だったのだが、カレンは困惑した表情で首を傾げるのだった。
「他の司令? 私は四年前にナルミ司令が着任されたと同時に副官に抜擢されましたので、他の方々と交流する機会はほとんどなかったのですけれど……?」
四年前というのは俺がSDWを始めた当時であり、チュートリアルでカレンが挨拶をしたのとほぼ同じ内容の台詞が返ってきた。
つまり純粋にゲームに沿って俺専用の副官として傍にいた記憶しかないということか……。
「――あの、司令?」
「いや、ちょっと確認したかっただけだ。悪い」
「いえ……?」
微妙に釈然としない表情でカレンが艦橋から出ていくのを眺めながら、俺はこれから先の事を思って艦長席に座ったまま頭を抱え込むのだった。
【参考】
Dameというのは、Knightの女性版です。基本的に近代につくられた名誉称号なので、中世ヨーロッパ世界には多分存在しませんw
2000文字程度の隔日更新を目指しています。
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